第11話 たまごスープ事件

 バスは山中さんちゅうの大きなコテージに到着した。

「わあ。別荘べっそうみたい」

「いいところだね。こんなとこで合宿がっしゅくができるなんて」

 ミチエとカンナ、他のオケ部員たちもはしゃいだ。

「はいはい。シープちゃんたち。合宿がっしゅくはきちんと仕事をしてこそエンジョイできるものよ。はしゃぐ前に楽器をお運びなさい」

「はーい」

 サトミの指示にしたがい、オケ部員たちはバスから楽器を運びこんだ。

 

 コテージの小ホールで、オケ部員たちがサトミの指揮にあわせて合奏がっそうした。

 

 オケ部員たちは数日間コテージですごした。

 早いもので、すぐに合宿がっしゅく最終日の前日の夕方になった。

 コテージのキッチンで、女子学生たちが野菜を切り、肉を用意し、いたものやスープを作っていた。

 女子学生たちはせかせか働きながら、

「切り終わったらテラスに持ってこ」

 と、話をしていた。

 キッチンからは、外のテラスが見えた。テラスからは、紅葉した山の景色けしき一望いちぼうできた。

 テラスでは、バーベキューのコンロやテーブルをセットした男子学生たちが、椅子に座って酒のかんをあけていた。

 ミチエはたまごスープのなべをかき回し、となりで野菜を盛り付けるカンナに声をかけた。

「何で女子だけで料理なんだろうね。朝ご飯も女子だけで準備したじゃん」

「料理は女子がするものだからじゃん?」

「なんかさあ、女子って大変じゃない?」

「え?なんで?」

「料理もして部屋の片付けもして、勉強も楽器もサークルの仕事もして、見た目もきれいになきゃいけないんだよ」

「カンナちゃん!野菜切ったなら早く運んで」

 ミチエのつぶやきは、バーベキュー担当の女子学生の大声でかき消された。

「あ、はーい!」

 カンナは野菜の盛られた皿を持ち行ってしまった。

 ミチエはなべをかき回しながら、ため息をついた。

「なんか疲れた」

 

 しばらくして、夜になった。

 テラスは山の空気につつまれ、コテージの外灯がいとうには暖色だんしょくのあかりがともった。

 オケ部員ぶいんたちは酒を飲みながら、テラスのバーベキューコンロで肉を焼いていた。

 カンナはいつものように、マサキや他の男子学生に囲まれていた。

「カンナちゃんほんとかわいいよな。ねえねえ、カンナちゃんはさあ……」

「え?あ、はい」

 離れた場所では、椅子に座ったミチエが、1人しゃくしゃくとキャベツをむさぼっていた。

水橋みずはしさん。ヴァンもいかが?パパの出張ビジネストリップのお土産スーベニア

 ミチエの元へサトミがやって来た。ワイングラスを3つ持ったヨシナガも連れていた。

 ミチエはキョトンとした。

「ヴァン?」

「おフランスの言葉でワインのことを指しますわ」

「あ、そうなんですか。どうも」

 ミチエは無表情のヨシナガからグラスを受け取った。

 ヨシナガはもう1つのグラスをサトミに渡した。

乾杯チアーズ

 サトミのかけ声で3人は乾杯し、グラスを傾けワインに口をつけた。

「ところで今のあなたのボーイフレンド、別れてもノー・プロブレム。何の問題もないとあたくしは思いますわ」

「聞いてたんですか?」

「おいやだった?」

「別にいいですよ。でも私はブスだから」

「はっきり言いますけどね。確かに入部したてのあなたは美しくありませんでしたわ」

「ですよね」

「ですけれど最近はなかなかよ。雰囲気ムードが出てますもの。努力してらっしゃるのでしょう?」

「なぐさめをありがとうございます。でもいくら努力したって元の顔がブスならいつまでもブスですよ」

「例えそうでもあなたは優しくて努力家よ。もっといい相手が見つかるに決まってますわ」

「絶対ないです。私ほんとブスなんで」

「あなたがそこまで言うなら何も言いませんわ。でももう一度はっきり言いますけどね、その男、がいよ。あなたにとって」

「はっきり言いますね」

がいになるえんはキッパリお捨てなさい。最優先トップ・プライオリティは自分を大事にすることよ。自分を愛しなさい」

「……そうかも。ですね」

 ミチエは目に涙がにじんできた。

「ああ、いいこと聞いた気がします。合宿から帰ったらとりあえず話し合いはしようかな」

「グッドラック。水橋みずはしさんの未来ネクストステージ乾杯チアーズ

 サトミがワイングラスを掲げ、乾杯のしぐさをした。

「……水橋みずはし、がんばれ」

 ぼそりと言ってから、ヨシナガも乾杯かんぱいのしぐさを真似まねした。

「話は変わるけれど、あたくしもうすぐ部長を引退する時期に来ているわ。そこであなたをこの場で次期じき主務しゅむ指名しめいしたいの」

「私を?主務しゅむ部長ぶちょう補佐ほさみたいなものじゃないですか。私なんか」

「あなたが1年生の中で一番いい働きをしてくれるわ。今の主務しゅむは2年生のリョウくんよ。引き継いでちょうだい。来年から部長はリョウくん、その補佐ほさ主務しゅむはあなた。その体制たいせいがベストだと思ってますの。頼めるかしら」

 ヨシナガもうなずいた。

「そんな風に言ってもらってうれしいです。でもサトミ先輩せんぱいがいなくなっちゃうのは寂しいな」

「あたくしは大学院だいがくいんに進学しますから、あと数年はオケ部にいますわ。相談コンサルテイションはいつでもどうぞ。どちらにせよリョウくんを助けるつもりでしたから」

「心強いです。お2人がいてくれたら私、なんでもできる気がします」

「ではよろしくね」

「……よろしく」

 サトミとヨシナガが同時に手を差し出した。

 ミチエは少し迷ってから自分の両手をクロスさせ、2人と握手あくしゅした。

「せっかくですからお肉も食べてらっしゃい。このヴァンとよく合う品をリョウくんが用意したの」

「……あっちにある」

 ヨシナガがあるテーブルを指差した。

「ほんとにありがとうございます。先輩せんぱい方」

 ミチエは2人に軽く頭を下げ、ヨシナガが指差したテーブルの方へ行った。

 オケ部員たちはみんなっぱらい、わいわい談笑していた。

 ミチエは彼らの横を通り過ぎ、肉の乗ったテーブルの前まで来た。

 暖色だんしょく外灯がいとうに照らされた肉は、真っ赤な赤味に、脂が白い雪のようにかかっていた。

「おいしそう」

 ミチエは近くのコンロの上で、ヨシナガの肉を数枚焼いた。

「お、水橋みずはし。うまそうなの焼いてんじゃん」

 へらへらしたマサキがやって来た。顔は真っ赤で酒くさい。足取りはふらつき、呂律ろれつは回ってない。

「ヨシナガ先輩せんぱいが用意してくれた肉だって」

「へえ。水橋みずはしの焼いた肉、俺も食っていい?」

「いいよ」

 さっきサトミたちと話し、ミチエは明るく優しい気持ちになっていたので、普段のマサキの言動げんどうを忘れ、笑顔で答えた。

 マサキとミチエは焼いた肉を、コテージの備品びひんの、小さな陶器とうきの皿に取り、同時に口に入れた。

「うん、おいしい」

 ミチエは肉を口の中で味わった。

 だがマサキはすぐに肉を吐きだした。

「おえ。まっじい。水橋みずはしが焼いたせいで超まずいぞこの肉」

「え?」

「知らねえのか?ブスが作った料理はまずくなるんだよ。たまごスープもお前が作ったんだってな。お前の顔みたいなゲロの味したぜ。ゲロスープだ」

 ミチエは皿を落とした。陶器とうきの皿は真っ二つに割れた。

 ミチエは立っていられなくなり、しゃがみこんでから肉をはきだし、おえ、おえと、嘔吐おうとするような声をしきりに出した。

 オケ部員が静まり返ったが、マサキは酔っぱらい笑っていた。

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