第8話 プライド

 夜もふけて、居酒屋いざかやの外は真っ暗だった。

 オケ部の学生たちが酔っぱらい、大騒おおさわぎしていた。

「二次会行く人ー!」

「はーい」

「カンナちゃんも来なよ」

「え?私はいいです」

「いいじゃん。俺おごるからさー」

 カンナはいやそうにするが、男子学生たちに囲まれ、強く反論できなかった。

 カンナの様子を尻目しりめに、ミチエはすっとその場を離れた。誰もミチエのことを呼びとめなかった。

 カンナちゃんは美人だから。

 私はブスだから。

 

 暗い住宅街じゅうたくがいの通りを、ミチエは孤独にてくてくと歩いていた。駅の方に向かっていた。

「ちょっと、水橋みずはしさん」

 後ろから聞き覚えのある声と、ぎこぎこと自転車をこぐ音がした。

 ミチエがふりむくと、ヨシナガがおもたげに、ゆっくりと、自転車をこいでいた。自転車の荷台には、横向きに座ったサトミが乗っていた。

「部長たち、自転車?家近いんですか?」

「リョウくんの住まいがすぐ近くなの」

 ヨシナガの自転車がミチエを追いした。

 サトミは腕を組み、荷台の後ろにちょこんとすわりミチエの方を向いた。ミニスカートの下の太く短い足を組んでいる。

 サトミは切長のメイクをした目で、ミチエをまっすぐ見すえた。

「それより今日のコンバスの演奏はなかなかだったわ。初心者ビギナーにしては上達インプルーブメントが早いようよ。すじがよろしいのじゃないかしら」

「ええ?」

「だからあなた、自分にもっとプライドをお持ちなさい」

「プライド?」

 ミチエはキョトンとした。

 と、同時に、ヨシナガがきれいな顔を上向け、ぜいぜい息をした。

「……サトミ、疲れた。やせて」

「レッツ・トレーニング・ユア・レッグ。足をおきたえなさい。あなたがね」

「……うん」

 太ったサトミを乗せたヨシナガの自転車は、すぐに遠くへ行ってしまった。

 ミチエはぽかんとして自転車を見送った。

 

 ある休日、ミチエはショッピングモールのアパレルショップに来ていた。

 色とりどりの服が並んでいる。

「いらっしゃいませー」

 叫んでいる店員をけながら、ミチエは1人で服を探しまわっていた。

「プライドなんて持てないよ。今のままじゃ。……う、足つった」

 

 試着室にいるミチエは、鏡の前で赤、青、黄、白、黒、その他色とりどりの服を次々着てみた。ポーズも雑誌のモデルをまねて、変えてみる。

 オレンジの服を着たミチエは、鏡の前で首をのばし、じっと自分の顔を見つめた。

「うわ。ブス」

 試着室の外からお店の人の声がした。

「お客様、大丈夫ですか?もう1時間になりますが」

「え?あ、はい、すいません。すぐ出ます」

  

 デパートの薬局のコスメカウンターの前に、ミチエは座っていた。

 女性の店員がミチエのまぶたにアイシャドウをぬる。

「今はブラウンのシャドウが流行っているんですよ。このマッドな口紅は当店の人気商品でして」

「はあ」

『お客さま、なにかお探しですか?よろしければ私コスメカウンセラーがお客さまに似合う商品をご案内いたします』

 自分に合うコスメがわからず、陳列棚ちんれつだなをうろうろしていたら、そう声をかけられた。

 だがお店の人はミチエに合うコスメではなく、流行はやりのコスメや売りたいコスメをすすめてくる。

 ミチエは押し売りにうんざりしながら鏡を見た。

 シャドウやチークや口紅なんかをぬった、自分の顔が映っていた。

 ブスだなあ。これじゃり絵だよ。

 

 日もれるころ、急に小雨こさめがふりだした。

 まちの、ビニールののきのあるカフェの、大きなウィンドウからは、中の様子がうかがえた。

 大量の服の入った袋を抱え、フルメイクのミチエが、そのカフェの軒下のきしたに入った。

「最悪。ふくれちゃったよ」

 ミチエはびしょれになっていた。抱えた袋の水滴すいてきをバシバシ払った。

 カフェのウィンドウを見ると、ミチエの顔が映った。メイクが崩れている。

 やっぱりブスだなあ。

 ウィンドウから何組ものカップルが見えた。

「あれ?」

 客の中に、カンナがいた。

 カンナの前の席には男性が座っていた。あれはオケ部のチューバの先輩だ。ミチエが少しだけいいなと思っていた人だった。

 そういえばあの人は、いつもカンナのことをかわいいと持ち上げていた。

 美人は得だな。

 ウィンドウの向こうで、カンナは美しい笑い顔を作っていた。

 そのウィンドウには今、メイクが崩れたミチエのみにくいい顔が映っている。

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