第7話 ブスいじり

 土曜日だったので、大学は閑散かんさんとしていた。

 音楽室からは、オーケストラ部の流麗りゅうれいな演奏が流れていた。

 今日は全体の合奏がっそうの日だった。サトミが指揮を取り、ミチエやカンナも演奏していた。

 サトミがふっていた手をグッとにぎり、ふつりと演奏が終わった。

「今日はここまでにしましょ。夏の定期公演ていきこうえんに向け、なお一層練習にはげんでください。自主練習セルフ・プラクティスはどうぞご自由フリーに」

 サトミが色気たっぷりにいい、すぐチェロを片付けたヨシナガと音楽室から出ていった。

「この後焼肉行く人ー」

「はーい」

 飲み会が好きな学生たちがすぐにさわぎだした。

水橋みずはし、コンバスの演奏いい感じだった」

 チューバの先輩が気さくにミチエに声をかけた。ヨシナガほどではないが、背が高く精悍せいかんな印象の男子学生だった。

「ほんとですか?ありがとうございます」

 ミチエは嬉しくなった。

 なんだかこのチューバの先輩がよく見えてきた。

「あ、先輩、この後は残って練習しますか?」

「うん。そうするつもり」

「じゃあよかったら一緒に……」

 突然わっとマサキの大声がした。

「やったー!カンナちゃん今日はのみに来てくれるって」

 その声を聞いた途端、男子学生たちがわいわいと盛り上がった。男子に囲まれたカンナは、困ったようにしていた。

 チューバの先輩がおおっと言った。

「俺やっぱのみ行って来るわ」

「え?」

 女子学生たちは、カンナたちを取り巻く男子たちを冷たい目でながめながら、帰り支度じたくをしていた。

「女子で他に行く人ー?」

「私はいいや」

「私も。ウチらだけで飲むから」

 女子学生たちは冷めた目のまま、さっさと音楽室から出て行ってしまった。

 カンナがミチエの方へかけよった。

「ミチエちゃんミチエちゃん。一緒に来て。マサキくんがしつこいから行くって言っちゃった」

 マサキがミチエの方に言葉を投げた。

水橋みずはしは来なくていいからな。ブタの前でブタ食ったら何か罪悪感すごそうじゃん。顔までそっくりなんだぜ」

 男子学生が大笑いした。

 チューバの先輩もくすっと笑う。

 ミチエの心にひびが入ったことには、誰も気づかなかった。

 カンナは心配そうにミチエの手を握った。

「ミチエちゃん。気にしなくていいから」

「いいよ。私この後も練習するから。ブスがいたらみんなのお酒がまずくなるでしょ」

「カンナちゃん早く行こうよ」

「カンナちゃん話すと面白いよなー。面白くてかわいいとか最強じゃん」

 カンナはすぐに男子学生たちに取り囲まれた。カンナは流されるまま、男子学生たちに連れていかれた。

 ミチエはすみで黙々と練習を始めた。

 前を男子たちが次々通り過ぎていった。

 ミチエは涙ぐんだ。

 私はブスだから。だからせめて楽器くらいはもっとがんばらなきゃ。

 

 市民ホール。オーケストラ部の定期演奏会ていきえんそうかいの看板がかかっている。

 夏の暑い日だったので、舞台の上で演奏しているオケ部員も、座席にいる観客も、みんな半袖はんそでだった。

 舞台ぶたい壇上だんじょうでは、サトミが指揮をとっていた。

 楽団の前でカンナがフルートを、後ろでミチエがコントラバスを弾いていた。春より上達した。

 演奏が終わると、拍手がなりひびいた。

 サトミが堂々と観客におじぎをした。海外の指揮者がやるしぐさのようだった。

 ミチエには拍手がいたたまれなった。自分は緊張して大した演奏ができなかったのに、何か観客にもオケ部員たちにも申し訳ない。

 

 居酒屋の広い席。

 オケ部の学生たちが座っていた。

「オケ部の定期演奏会ていきえんそうかいの成功を祝してかんぱーい!」

 学生たちがわっと盛り上がり乾杯した。

 ミチエとカンナがとなり同士で座わり、食事をしながら話していた。

「カンナちゃん最近さいきん進撃しんげきのティタン読んだ?」

「読んだ。続きが気になるんだけど……、あれ?ミチエちゃんご飯食べないの?」

「うん。炭水化物たんすいかぶつ抜きたくて」

「え?何で?てかミチエちゃん最近やせた?」

 そこへマサキとその他の男子学生が割って入った。

「カンナちゃん進撃しんげきのティタン読むの?」

「え?うん」

「俺も1巻読んだ。あれ面白いよなー」

 ミチエは黙ってやってきた男子にサラダを取りわけた。

 男子たちは何も言わずミチエの取ったサラダを食べた。

 急にマサキがミチエに、

「てかあの漫画のティタンの顔水橋みずはしに似てね?体型も似てね?ぶよっとしたところとか」

 男子学生たちがゲラゲラ大笑いした。

 カンナが何か言おうとしたが、その前にミチエが大笑いした。

「だよね!私もそう思ってた。1巻の3話に出てたティタンだよね」

「そーそー。よく覚えてんなあ」

「自分に似てたから」

「ちょっとあのポーズやってみてよ」

 ミチエは白目をむいてうめいてみせた。

 男子学生たちは大笑いした。女子も失笑している。

 カンナは心配そうにすることしかできなかった。

 少し離れた席に座ったサトミが、ヨシナガのとなりでミチエをじっとながめていた。

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