第6話 オケ部

 夕方の大学の音楽室。

 広い音楽室では、オケ部の学生たちが各々楽器を練習していた。

 カンナはフルートのグループで、フルートをぴーぴー吹いていた。

 そこへマサキが近づいてきた。

「カンナちゃんフルートにしたんだ」

「え。ああ。本当はミチエちゃんと一緒に弦楽げんがくがよかったけどジャンケンで負けたから……」

「俺パーカスなの。遊びに来てよ」

「え?あ、うん」

 

 弦楽げんがくのグループでは、バイオリンやチェロを弾いている学生たちが集まっていた。他の楽器のグループよりあきらかに学生が多く、ほとんど女子だった。

 ミチエは自分の背丈より大きいコントラバスにゆみを当て、左右に動かしていた。

 げんがギーギーうなった。あきらかに初心者の音といった感じである。

 ミチエのとなりでは、白のワイシャツに黒のスーツのズボンを着た、長身でりの深い端麗たんれいな顔立ちの男子学生が、華麗かれいにチェロを弾いていた。曲と音色は哀愁あいしゅうがありじーんとくる。

 オケ部の新歓しんかんで目立っていた学生だ。

 眉根まゆねをよせ、真剣しんけんな表情で演奏をしていた。

 周りの女子学生たちがうっとり見惚みほれていた。

「2年の佳永よしなが先輩せんぱい数学科すうがくかの人なのにプロみたい」

「小さい頃からチェロやってたんだって」 

 ヨシナガが演奏を終えると、女子学生たちはやんややんやと拍手した。

 ミチエも拍手をしながら、こんな風に演奏ができたらと思った。そしたら今のブスな自分も、少しはマシになれるかも。

「あ、あの!ヨシナガ先輩」

 思いきって言ってしまった。

「……ん?」

 ヨシナガは表情を動かさず、ゆっくりときれいな顔をミチエの方に向けた。

 こんなイケメン見たことない。

 私みたいなドブスはキモいって思うよね。

 ミチエは顔が赤くなりしどろもどろになった。

「あ、えっと、私、水橋みずはしって言うんですけど、ほんとは好きなアニメでチェロうまいキャラがいて、チェロやりたかったんですけど、ジャンケンでコンバスになったんですけど……」

「?」

 ヨシナガは不思議そうな様子で黙っていた。ミチエが何を言いたいのかわからないらしい。

 周りの女子たちも顔を見合わせ怪訝けげんそうな表情をした。

 ミチエはひたい脂汗あぶらあせがうき、さらに気が動転どうてんした。

「えと、だから、ど、どうやったらそんなにうまく弾けるようになるのかなって」

「……時間」

 ぼそりとヨシナガが言った。

「え?今は18時すぎですけど」

「……違う。正しい」

「え?え?」

 ミチエは何と答えたらいいかわからない。

 すると急にバイオリンの美しい演奏が聞こえた。弾いているのはショートボブの小太りの女子学生だった。

 うわ。ブス。

 ミチエはついそう思ってしまった。

 バイオリンを弾く女子学生の顔は、丸々とした肉饅にくまん鉄板てっぱんつぶしたようだった。目もほとんど潰れていると言っていいほど小さいし、鼻の穴が全部見える。そのくせ真っ赤な唇に、アイラインをくっきり引いた、海外のタレントのようなメイクをしていた。

 服装はミチエのと似た花柄はながらのワンピースをきちきちに着ているが、ミチエのより十万円は高そうだった。お金持ちなのだろうか。

 だが外見とは裏腹うらはらに、その女子学生の演奏はどこまでもきれいだった。学生たちも練習しながら男女関係なくれた。

 あの女子学生もミチエは新歓しんかんで見た気がした。女子学生のバイオリンの演奏が終わり、学生たちが拍手した。

「……サトミ」

 ヨシナガが口角こうかくをあげた。

 ミチエは常に無表情のヨシナガが笑ったのにびっくりした。

「あなた、新入生の水橋みずはしさんと言ったかしら」

 太った女子学生は胸をはり、自信たっぷり、色気たっぷりにミチエに話しかけた。

「あ、はい」

「あたくしは金前院きんぜんいん沙都美さとみ教育学科きょういくがっかの3年、オーケストラ部部長よ。バイオリンと指揮者をしているの。部長の仕事が忙しくてきちんとあいさつができなかったわね」

「あ、はい。どうも」

「うまくなるには練習時間を正しい方法で重ねることよ」

「え?あ、はい」

「さっきリョウくんが時間、正しいと言ったのはそういうこと」

「リョ、リョウくん?」

「……サトミだけ。俺をわかってくれるの」

 ヨシナガはいきなりサトミにキスした。

 うわあ。

 みんな無言なのに、ミチエには周りからそんな声が聞こえた気がした。

「あらやだ。いくらあたくしたちがオーケストラ部公認のアベェックでも恥ずかしいわ。みなさんが見ていらっしゃるじゃない」

「ええ?2人は付き合っているんですか?」

 女子たちが騒然そうぜんとした。

「Oui(ウィ)。イズ・ゼア・エニィ・プロブレム?」

 サトミは堂々どうどうと笑っている。

 恥ずかしいと言っていたのに、ミチエのように顔も赤らめていない。余裕綽々よゆうしゃくしゃくでヨシナガの唇についた真っ赤な口紅までふき取ってやっていた。

 女子学生たちが顔をひきつらせ、ヨシナガたちから離れた。

「あっちで練習してくる」

「私オケ部やめようかな」

「私も」

「お幸せにー」

 女子学生たちがすごすごどこかへ去った。

 残ったのは、2人だけの世界で演奏するヨシナガとサトミ、それから1人ギコギココントラバスの弓を弾くミチエだけだった。

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