第4話 ブスいじりと悲哀

 『加尾良大学かおよしだいがく』と書かれた校門こうもんは、満開まんかいの桜でいろどられていた。

 新入生らしきものなれない学生たちが通りかかると、私服の大学生たちが、

「そこのキミ!空手部からてぶに入らない?」

「テニス部の方が楽しいよ」

 と、さかんにサークルに誘ってきた。

 新歓活動しんかんかつどうが活発だ。

 私服しふくのミチエも校門こうもんを通った。

「結局カンナちゃん大学の入学式にも来なかった。今日は来るらしいけど大丈夫かな」

「ミチエちゃん」

 急にミチエは肩をたたかれたので、後ろを振りむいた。

 細く華奢きゃしゃな女子学生が立っていた。

 明るい茶髪ちゃぱつに、小さな丸顔まるがお、キラキラした大きな目でミチエを見つめている。

 うわ。かわいい子。

 ミチエはついみとれてしまった。

 女子学生はミチエがぽかんとしているので大笑いした。

「私だよ。わかんない?コンタクトにしたの」

 女子生徒はきれいな歯を見せて笑った。

 声に聞き覚えが、笑顔に見覚えがある。

「……カンナちゃん?うそ!」

「会いたかったよお」

 女子学生、カンナはミチエに抱きついた。

 

 大学の構内こうないでも、大学生が新歓活動しんかんかつどうをしていた。

文学部ぶんがくぶ来ませんかー?」

合唱部がっしょうぶと歌いましょう!」

 さわがしい構内こうないをミチエとカンナが歩いていた。

「私勉強のしすぎでメンタルと体調崩したの。ご飯も食べられなくて30kgやせたよ」

「そんなに?その、顔はなにかしたの?」

「え?ううん。やせただけだけど」

 歩きつづけていると、楽器の音がした。

 オーケストラ部の看板があった。

「今夜オケ部の新歓しんかんやるから来ませんかー?」

 大学生がさけんでいた。

 オーケストラ部の周りでは、

「わ。あの人すごいイケメンじゃない?」

 女子学生たちが弦楽器げんがっきのグループの演奏を見てはしゃいでいた。

 鼻筋はなすじのシュッとした足の長い男子学生が、華麗かれいなチェロとの演奏をしていた。

 その横では、ずんぐり体型たいけいの女子学生が、美しい音でバイオリンを弾いていた。

 2人は特に演奏がすぐれていたので、オーケストラ部の楽団がくだんの中でも目立っていた。

 その2人は楽譜がくふを見ながら、ほほえみを浮かべ時々目配せをしあっていた。

 ミチエもカンナもききほれた。

「カンナちゃんサークル何入るか決めた?」

「うん。オーケストラ部入りたい。高校のときずっと部室ぶしつとなりから吹奏楽部すいそうがくぶの音が聞こえてたじゃん?それでやってみたいなーって。インフルで休んでたときカンタービレめだの一気読みして、オーケストラ面白そうって思ったし」

 ミチエはうれしくなる。

 外見が変わっても、やっぱりカンナちゃんはカンナちゃんだ。

「私もめだのでオケ部気になってた!新歓しんかん行こう」


 夜の焼肉屋やきにくやでは、大学生が肉を焼きながら談笑だんしょうしていた。

 酒が出ていた。未成年みせいねんのはずの新入生も、上級生におだてられ、ぐいぐい酒を飲んでいた。

 ミチエとカンナもいた。2人ともおとなしくストローでウーロン茶をすすっていた。

 2人の前では、新入生の男子が肉を焼いていた。

 男子は細目ほそめで鼻は大きく、日焼けもして顔がくすんでいた。身長も低い。

 お世辞せじにも普通以上の外見とは言えないな。

 ミチエはついそう思ってしまい、自己嫌悪じこけんおにおちいった。自分も人のことは言えないのに。

「へえ。カンナちゃん考古学部こうこがくぶなんだ」

「あ、うん」

「頭よさそー。めっちゃかわいいし」

「え?うん。でもミチエちゃんの方が……」

「てか女優っぽいってよく言われない?」

「え?うーん」

「俺マサキ。正木まさき章平しょうへいがフルネームね。情報学部じょうほうがくぶ。みんなからズバズバキャラって言われてるんだわ。ライン交換こうかんしようよ」

「えー……」

 マサキはカンナにばかり話しかけるので、ミチエは黙ってウーロン茶をストローですすりつづけた。

 そこへオケ部の学生の男女がやってきた。

 みんなっているのか顔が赤い。

「わ。めっちゃかわいい子いるじゃん」

「名前なんて言うの?」

 学生たちはにこにこしながらカンナにたずねた。

「あ、火野本ひのもと環奈かんなです。お願いします」

 カンナがぺこりとおじぎした。

ちょう礼儀れいぎ正しくない?」

「しかも美人だぜ」

 学生たちはカンナを取りかこみ、酒を飲みながらりあがった。

 カンナは戸惑とまどっていた。

 ミチエはできるだけ音を立てないよう、気配けはいを出さないよう、ウーロン茶をすすった。

「カンナちゃんほらほら。牛肉だけじゃなくて豚肉も食べて」

 マサキがまめに焼いた肉をカンナの皿に盛った。ある学生が笑いながらミチエに目配めくばせした。

「おいおい。そっちの子にも肉渡せよ」

「いやブタがブタ食ったらマジのブタになっちゃうじゃないっすか。顔まで似てんだから」

 その瞬間、ミチエはウーロン茶をすするのをやめた。

「ちょっと……」

 カンナが何か言おうとしたが、学生たちの笑い声でかき消された。

「ならしょうがないな」

「そっすよね。ブスはせめてやせないと」

 マサキが口いっぱいに肉を放りこむと、笑い声はますます大きくなった。

 カンナが心配そうに、ミチエに、

「帰る?」

「ううん。私気にしてないから。……てか、マサキくんありがたかったんだよね。私これ以上ブタになれないから」

「だろ。お前結構いいブタだな」

 ミチエは笑うと、マサキや学生たちが大笑した。

「でも……」

「ねえ、カンナちゃんってさあ」

「え?はい」

 カンナは質問ぜめにされた。

 ミチエはカンナの横でにこにこして黙っていた。

 私のせいでこの場の空気をこわしちゃ悪いよね。カンナちゃんはオケ部に入りたいのに。

 私がデブでブスなのは事実だし。

 ゲラゲラした笑い声がひびく中、ミチエはジョッキの中に残ったウーロン茶に目を落とした。ウーロン茶の表面に、ゆがんだミチエのみにくい顔が映っていた。

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