第2話 事実と友だち

 学校の職員室しょくいんしつでは、背を丸め、うつむいたミチエが、教員きょういんのデスクの前で、横向きに座っていた。

 ミチエは顔にどでかいマスクを着け、スカートたけをおもいきり長くしていた。

 ミチエの横の、先生用のくすんだ銀色の大きな机は、角が削られ、丸みがあった。

 ミチエが顔を近づけると、細長くゆがんだミチエの顔がうつった。

 うわ。ブス。

 目を近づけ、首を上下させながら、ミチエはまじまじ自分の顔を観察した。

 いかに自分がブスなのか、確認したかった。

 そこへジャージ姿の教師がやってきた。

 中年の男性で顔にはシワがきざまれ、額が後退していた。

「ごめん水橋みずはし、待たせたな。大事な進路希望面談なのに。ん?どうした?マスクなんかつけて」

「あ、いえ……」

風邪かぜか?つらかったら保健室に行くか帰れよ。何だったら俺から親御おやごさんに連絡するが」

 教師はミチエのマスクと長いスカートを交互に見比べ、心配そうにミチエに声をかけた。

 ミチエは優しくされてのどがかたくなった。

 じんとして泣きそうだった。

「あ、鼻炎びえんなんで。はい」

「そうか。なあ、進路希望見たけど本当に加尾梨第二高校かおなしだいにこうこうを受験するのか?水橋みずはしならもっと偏差値の高いとこ行けるぞ。例えば加尾梨第一かおなしだいいちとか。前はそう書いていただろ」

「でも、加尾一かおいちは共学だから」

「え?共学はいやなの?」

「はい」

「何かあったのか?」

「……」

「話したくないなら話さなくてもいいけど、悩みがあるならいつでも聞くぞ」

 ミチエはついにたえられず、わっと泣きだした。教師は温かい目で、ミチエが話し出すまで見守った。

「……ぐす。先生、私ほんとは加尾一かおいちに行きたいんです」

「うんうん」

「でも、でも」

「うん」

「実は、私男子に悪口言われて。男子の前に出るのが恥ずかしくて」

「ええ?いじめじゃないか。何て言われた?」

「ブスって言われました。いじめですよね」

 ミチエは悩みをはきだし、ほっと心の重荷おもにが消えた気分になった。

 だが担任は腕を組み考えこんだ。

「うーん。それは悪口とは言わないな。いじめでもない」

「……え?」

「だって事実を言っただけだから」

 ミチエはガンと頭を殴られた気がした。

 涙がすっとかわいた。

「あ、先生。私やっぱり加尾二かおにに行きます。ていうか行きたいです」

「ええ?何でだよ」


 しばらくして、桜が満開になる季節になった。

 加尾梨第二高校かおなしだいにこうこうには、真新しい制服を着た、新入生の女子生徒たちが、ぞくぞくと校舎に入っていった。

 

 体育館で入学式が行われ、新入生の女子生徒たちが並んで立っていた。

「……で、あるからして……」

 壇上だんじょうでは、校長先生の長い話が延々えんえんとつづいていた。

 長いたけのスカートに、どでかいマスクをしたミチエも、新入生の列の中にいた。

 周りの女子たちはすでに顔見知りになり、楽しそうにひそひそ話をしていた。

 その様子を見て、マスクをしたミチエはうつむき、体育館の床に反射する自分の姿を凝視ぎょうしした。

 私はブスだから、話しかけてもきらわれるだけだろうな。

「あ、校長先生の話長くないですか?」

 急に、ミチエは隣の女子生徒に小さな声をかけられた。

 彼女は長い髪に長いスカート、少しむっちりしていて、大きな分厚いメガネをかけていた。歯にはゴツゴツした金具の矯正装置きょうせいそうちをつけていた。ごく普通の大人しそうな子だった。

「え?あ、はい」

「あ、風邪ですか?」

「あ、いえ。ちがいます」

「あ、えっと、すいません。私、火野本環奈ひのもとかんなです。何中なにちゅうですか?」

 女子生徒、カンナは顔を赤くし、手を下で組んでそわそわ指を動かしていた。

 緊張してるのかな。勇気を出して話しかけてくれたんだろうな。

「あ、東中ひがしちゅうです。水橋美智恵みずはしみちえです」

東中ひがしちゅう?へえ。私のいとこ、東中で先生やってて」

「え?もしかして火野本先生ひのもとせんせい?」

「知ってるの?」

「うん。1年の時の担任。漫画好きって言ってたからボリーンの話とかしたかな。あ、ボリーンっていうのは漫画のタイトルで……」

「え!私もボリーン好き」

「ほんと?アリヴァーで好きなキャラいる?」

 ひそひそ話に花が咲きだした。

「……で、あるからして、当校としては……」

 校長先生の話はそっちのけで、ミチエとカンナはその後もひたすらおしゃべりを続けた。

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