ブスと言われたあの日から

Meg

第1章 中学生〜大学入学まで

第1話 ブスと言われたあの日

◯学校・教室(朝)

   黒板に『日直 水橋ミチエ』と書いていた水橋ミチエ(15)を、男子集団が嘲笑う。

   

男子「ブス」

 

   ミチエが落としたチョークが、真っ二つに割れる。

   

男子「デブ。デブス」

 

   男子集団は、ゲラゲラ笑いながら逃げる。

   

   

◯同・女子トイレ

   チャイムの音。洗面台の前で歯を磨くミチエ。歯ブラシに映った歪んだ自分の顔を、しきりに覗きこむ。

   鏡を見る。顔を正面から見たり、斜めに傾けたりして、じっくり観察。

   自分の顔が歪んで、醜く見える。呆然としたミチエは、手にした歯ブラシを落としそうになる。

   すると女子3人が入ってくる。


女子1「アイツ佐藤くんと付き合ってるって」

女子2「キモ。あんなデブスが?」

女子3「男子から聞いたけど罰ゲームだって」

女子1「ウケる! ブスざまぁ」


   ミチエは急いでうがいする。 

   うつむいたミチエは、そそくさとトイレを出る。自分のスカートから生えた短い足を、まじまじと見下ろす。



◯ミチエの家・リビング(夜)

   ソファに寝そべった父親と母親が、ダラダラとテレビを眺めている。

   テレビの中の、関西弁の下卑た司会者が、大声で叫んでいる。

  

テレビの司会者「ブスのくせに男にほんまにそう言うたんか? ウケるわぁ」

 

   父親と母親もゲラゲラ笑う。

   ガラケーを凝視していたミチエは青ざめる。ガラケーの画面には、自分のアップの自撮りが何枚も映っている。

   

ミチエ「ねえ、私ってブス?」

母親「普通普通。あんたよりブスはいっぱいいる」

ミチエ「でも太ってるし」

父親「女の子は太ってた方がモテるぞ。ハハ」

ミチエ「でも」

母親「あ。いけない。明日早いから早く寝なきゃ」

父親「俺も」

 

   一人残されたミチエは、ガラケーの写真を凝視し続ける。

  


◯学校・職員室

   背を丸め、うつむいたミチエ。どでかいマスクを着け、スカート丈を長くしている。

   書類を見ている男の先生を待っている。

   先生のデスクの角は、金属製で丸みがある。

   ミチエが顔を近づけると、細長く歪んだ顔が映る。

   

ミチエ「(思わず)うわ。ブス」

   

   先生はびっくりして顔を上げる。

   ミチエは赤面し、うなだれる。


先生「風邪? つらかったら保健室に行くか帰れよ。俺から親御さんに連絡しようか?」

ミチエ「あ、鼻炎なんで。はい」

先生「なあ、志望校は本当に加尾梨かおなし第二?」

ミチエ「あ、はい」

先生「水橋ならもっと偏差値の高いとこ行けるぞ。第一にしろよ。前はそう書いていただろ」

ミチエ「でも、加尾一は共学だから……」

先生「え? 共学はいやなの?」

 

   ミチエは黙る。

   先生は気遣わしげに、


先生「話したくないなら話さなくてもいいけど、悩みがあるならいつでも聞くぞ」


   ミチエはワッと泣きだす。

   先生は温かい目をし、ティッシュを差し出す。

  

ミチエ「私ほんとは加尾一かおいちに行きたいんです。でも、でも……」


   先生はコクコク頷く。


ミチエ「実は男子に悪口言われて。男子の前に出るのが恥ずかしくて」

先生「(驚く)いじめじゃないか。何て言われた?」

ミチエ「ブスって言われたんです」

 

   先生は腕を組み、考えこむ。

   

先生「それは悪口じゃない。だって事実を言っただけだから」

 

   ミチエは目を点にする。 

 

ミチエ「あ、先生。私やっぱり加尾二に行きます。ていうか行きたいです」



加尾梨かおなし第二高校

   桜が満開。

   真新しい制服を着た新入生の女子生徒たちが、ぞくぞくと校舎に入る。

   

   

◯同・体育館

   入学式。新入生の女子生徒たちが並んで立っている。

   壇上の校長先生の長い話が延々続く。

   

校長「……で、あるからして……」

 

   長い丈のスカートに、どでかいマスクのミチエ(16)も、新入生の列の中にいる。

   周りの女子たちは、すでに楽しそうにひそひそ話をしている。

   マスクをしたミチエはうつむき、体育館の床に反射する自分の姿を凝視。

   隣の女子生徒(カンナ)(16)が、コソッと声をかけてくる。

 

カンナ「あ、校長先生の話長くないですか?」

 

   カンナは長い髪に長いスカート、少しむっちりしていて、分厚いメガネをかけている。歯にはゴツゴツした金具の矯正装置。

   

ミチエ「(びっくり)え? あ、はい」

カンナ「あ、風邪ですか?」

ミチエ「あ、いえ。ちがいます」

カンナ「あ、えっと、すいません。私、火野本ひのもと環奈です。何中ですか?」

 

   カンナは顔を赤くし、手を下で組んでそわそわ指を動かしている。

 

ミチエ「あ、東中です。水橋ミチエです」

 

   カンナの顔が明るくなる。

 

カンナ「私のいとこ、東中で先生やってて」

ミチエ「え? もしかして火野本先生?」

カンナ「知ってるの?」

ミチエ「一年の担任。漫画好きって言ってたからボリーンの話とかしたかな」

カンナ「私もボリーン好き!」

ミチエ「ほんと? アリヴァーで好きなキャラいる?」

 

   ひそひそ話に花が咲きだす。

   

校長「……で、あるからして、当校としては……」

 

   校長の話はそっちのけで、ミチエとカンナはおしゃべりを続ける。

 

 

◯高校・教室(夕)

   チャイム。

   談笑する女子生徒たちが、帰りの支度をする。マスクをしたミチエも。

   女子生徒は数人のグループに分かれている。

   ミチエはモジモジとうつむく。鞄からケータイを取り出し、家で撮影した自分の顔写真を見る。

   

ミチエ「(ボソッと)ブス」

   

   横から軽く腕を叩かれる。

   見れば、分厚い丸メガネに、太ったカンナがいる。

   

カンナ「(小声で)ミチエちゃん。部活いこ。今週のマタギン読んだ?」

ミチエ「(明るく)読んだ! 笑い止まんなかったんだけど」

   ミチエはケータイをかばんに戻す。

   二人は楽しそうに話をしながら、教室を出る。

 


◯同・美術室(夕)

   美術部員が油絵だの、水彩画だの、おのおの絵を描く。熱心でわき目も降らない。

   マスクを外しているミチエ、机の上で絵を描く。

   隣の席で、カンナは分厚い漫画を読んでいる。

   

ミチエ「カンナちゃん鳥の火読んでるの?」

カンナ「うん。図書室で一気借りしちゃった。古いけど結構面白いよ」


   カンナから鳥の火を受け取り、ミチエはパラパラとページをめくる。

   ヒロインの絵ばかりに注目する。

   

ミチエ「……鳥の火のヒロイン、みんな美人だよね」

カンナ「え?」

ミチエ「鳥の火に限ったことじゃないけど。漫画とかアニメとか、映画とかドラマも。みんな美人だよね、ヒロイン」

カンナ「(困って)ま、まあヒロインはかわいい方がいいじゃん?」

 

   ミチエは漫画を閉じる。

 

ミチエ「(悲しそうに小声で)ブスはヒロインになっちゃいけないよね」

カンナ「ごめん。今何て言った?」

ミチエ「何でもない。ごめん」

 

   カンナは気まずそうにする。

   ミチエの手元の絵に気づき、助かったように、

 

カンナ「あ! ボリーン描いたの?」

ミチエ「下手だよね……」

カンナ「うまいよ! 私絵下手だからうらやましい」

ミチエ「そう?」

 

   ミチエはカンナとのおしゃべりに花を咲かせる。

 

 

◯加尾梨第二高校・校庭

   三年後。

   桜が咲いている。

 

 

◯同・体育館

   卒業式が行われている。

   壇上の校長がスピーチしている。

   

校長「……で、あるからして、卒業後もチミたちは勉学に励むべきであり……」

 

   生徒たちはあくびしたり、小声でおしゃべりしている。

   ミチエ(18)がソワソワしている。カンナがいない。

  ミチエはこっそり、制服のポケットの中のスマホを取り出す。メールボックスを開く。

  ふと、自分の指の太さに気づく。

  ミチエはまじまじ指を観察しながら、

  

ミチエ「ダイエットしよ」

  

   メールボックスには、カンナとのやりとりが。

 

カンナのメール「加尾良かおよし大学推薦合格オメデトウ! 私もミチエちゃんと加尾かお大行きたいけど偏差値足りない(T ^ T)」

ミチエの返信「カンナちゃんなら大丈夫! 一緒に加尾大行こうo(`ω´ )o」

カンナのメール「ありがと(^o^)がんばる(^q^)」

 

カンナのメール「ごめん…落ちた」

ミチエの返信「え? 後期受ける?」

カンナのメール「うん。私立はお金ないから(T_T)後期で考古学科受ける(´ω`)ホントはミチエちゃんと同じ文化学科に行きたかった(ノД`)しばらく勉強でメール返せないかも。ごめん」

ミチエの返信「がんばって(;o;)応援してる!」

 

カンナのメール「加尾大後期受けてきた。勉強のしすぎでインフルだよ〜_| ̄|○」

ミチエの返信「おつかれ! お見舞いに行くよ(´;Д;`)」

カンナ「うつしちゃやばいから来ないで(´;Д;`)卒業式も出られない。つらみ」

 

   ミチエは嘆息する。

 

ミチエ「(心配)カンナちゃん大丈夫かな」

 

   新着のメールが来る。

 

カンナのメール「加尾大受かったああああああああああ٩( 'ω' )و٩( 'ω' )و٩( 'ω' )و٩( 'ω' )و」

 

   ミチエは飛び跳ねる。

 

ミチエ「(叫ぶ)やったああぁぁ!!!」


   驚いた周りの生徒が、ミチエに注目する。

   ミチエは我に返り、赤面してうつむく。



◯加尾良大学・校門

   桜が散っている。

   おどおどした新入生を、私服の大学生が取り囲む。

   

大学生1「空手部に入らない?」

大学生2「テニス部楽しいよ」

  

   私服のミチエも校門を通る。マスクはしていない。

   

ミチエ「カンナちゃん入学式にも来なかった。大丈夫かな」

声「ミチエちゃん」

 

   ミチエは振り向く。

   細く華奢な女子学生(やせたカンナ)が立っている。明るい茶髪。小さな丸顔。キラキラした大きな目。

   ミチエは見惚れる。


カンナ「(笑う)私だよ。わかんない? コンタクトにしたの」

 

   カンナはきれいな歯を見せて笑う。


ミチエ「……カンナちゃん?!」

カンナ「会いたかったよぉ」

 

   カンナはミチエに抱きつく。

 


◯同・構内

   新歓活動をする大学生集団。

   

大学生3「文学部来ませんかー?」

大学生4「合唱部と歌いましょう!」

 

   さわがしい構内を、ミチエとカンナが歩く。

   

カンナ「私勉強のしすぎでメンタルと体調崩したの。ご飯も食べられなくて30キロ痩せた」

ミチエ「そんなに?……えっと、顔は何かしたの?」

カンナ「え? ううん。やせただけ」

 

   楽器の音がする。すぐ近くの教室に、オーケストラ部の看板がある。

   大学生が叫んでいる。

 

大学生5「今夜オケ部の新歓来ませんかー?」


   ミチエとカンナは教室を覗く。

   

   

◯同・同・教室

   オーケストラ部が演奏をしている。

   新入生の女子学生が、弦楽器グループを見てはしゃいでいる。

 

女子学生1「あの人すごいイケメン!」

 

   鼻筋のシュッとした足の長い男子学生(ヨシナガ)(19)が、華麗なチェロの演奏をしている。

   横では、ずんぐり体型の女子学生(サレン)(20)が、バイオリンを美しい音で奏でている。

   ミチエもカンナも聴き惚れる。

   

ミチエ「カンナちゃん、サークル何入るか決めた?」

カンナ「うん!」

 

   二人は顔を見合わせて笑う。



◯焼肉屋(夜)

   大学生が肉を焼きながら談笑。酒を呑む。

   並んだミチエとカンナは、おとなしくストローでウーロン茶を啜っている。

   二人の前で、新入生の男子(マサキ)(18)が肉を焼く。目は小さく、鼻は大きく、日焼けもして顔がくすみ、身長が低い。

 

マサキ「カンナちゃん考古学部かぁ〜」

カンナ「(面倒そうに)あ、うん」

マサキ「頭よさそー。めっちゃかわいいし」

カンナ「え? ああ」

マサキ「てか女優の××と似てるって言われない?」

カンナ「え? うーん」

 

   マサキはニッと笑い、

 

マサキ「俺マサキ。正木マサキ昌平。情報学部ね。みんなからズバズバキャラって言われてるんだわ。ライン交換しようよ」


   カンナは困っている。

   ミチエは黙ってウーロン茶を啜り続ける。ウーロン茶がなくなり、氷だけになる。

   酔って顔を赤くしたオケ部の男女が、割り込んでくる。

 

大学生5「(カンナに)めっちゃかわいい子いるじゃん」

大学生6「名前は?」

 

   カンナがぺこりと、

 

カンナ「ひ、火野本環奈です……」

 

   大学生たちは盛り上がる。

 

大学生7「超礼儀正しくない?」

大学生8「しかも美人〜」

   

   ミチエは出来るだけ音を立てないよう、気配を出さないよう、ストローで氷の液体を啜る。

   

マサキ「カンナちゃんほらほら。牛肉だけじゃなくて豚肉も食べて」

 

   マサキが焼いた肉をカンナの皿に盛る。

   笑う大学生5がミチエに目配せし、

   

大学生5「おいおい。そっちの子にも肉渡せよ」

マサキ「いやブタがブタ食ったらマジのブタになっちゃうじゃないっすか。顔まで似てんだから」

 

   ミチエはウーロン茶を啜るのをやめる。

   

カンナ「ちょっと……」

 

   カンナが言いかけた言葉は、大学生の笑い声でかき消される。

   

大学生6「ならしょうがないな」

マサキ「そっすよね。ブスはせめて痩せないと」

 

   マサキが口いっぱいに肉を放りこむ。

   笑い声はますます大きくなる。

   カンナがミチエに、

   

カンナ「(心配)帰る?」

ミチエ「ううん。私気にしてないから。……てか、マサキくんありがたかったんだよね。私これ以上ブタになれないから」

 

   カンナはオロオロする。

   マサキはニンマリする。

 

マサキ「お前結構いいブタだな」

カンナ「でも……」

大学生7「ねえ、カンナちゃんってさぁ」

カンナ「え? はい」

 

   カンナは質問ぜめにされる。

   ミチエはニコニコして黙っている。

   ゲラゲラした笑い声が響く中、ミチエはジョッキの中に残ったウーロン茶に視線を落とす。

   ウーロン茶の表面に、歪んだミチエの醜い顔が映っている。

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