ブスと言われたあの日から

Meg

第1章 中学生〜大学入学まで

第1話 ブスと言われたあの日

「ブス」

 ある日の中学校のクラスでのことだった。

 ミチエは男子にいきなりそう言いはなたれた。

 朝日がさしこむ教室の黒板に、『日直 水橋みずはし美智恵みちえ』と、小さくて薄い字を書いているところだった。 

 ミチエは黒板の前でかたまり、手に持ったチョークを思わず落としたのだった。

 チョークは真っ二つに折れた。

「デブ。デブス」

 別の男子がゲラゲラ笑いながらミチエを指さし、そのまま逃げていった。

 

 女子トイレで、外のチャイムの音が聞こえた。昼休みになり、生徒たちが廊下や教室を行ったり来たりしはじめた。

 大人しくオタクなミチエは学校に友だちがおらず、明るく元気な同級生が苦手だったので、いつもひと足早くトイレに行っては、人が来る前にさっさと洗面台の前で歯を磨くことにしていた。

 今日、ミチエは歯磨きをしながら、鏡の前で自分をまじまじ見つめていた。

 視線は鏡に合わせたまま、ななめに顔をむけたり、洗面台に手をかけ、鏡の前に顔を突きだし、目や鼻を凝視ぎょうししたりした。

 鏡に映った自分の顔はみにくかった。

 はれぼったい一重まぶた、たいらな鼻は横に大きく広がり、膨れた唇に、四角く大きな顔。おまけに歯は出っ歯で、鼻の真下には気持ちの悪い黒く大きなホクロが。

 ミチエの思うブス顔そのものだった。

 ふと、歯ブラシを口から出した。

 半透明のプラスチック製の歯ブラシのに、トイレの蛍光灯の光が少し反射していた。丸みをびたに、細長く伸びた自分の顔が映っていた。ミチエは柄を目の前に近づけ、歯ブラシに映る自分の顔の影をじっと見つめた。

 トイレのドアの近くから女子の大きな笑い声がしたので、ミチエはいそいで口をゆすいだ。

 トイレのドアから女子3人が入ってきた。

 足を見せびらかすようにスカートを短くしている。ミチエには女子3人の足が細長く、まるでモデルのように思えた。

 同じクラスの女子グループだったが、ミチエは話したことがないかった。

「それマジ?」

「マジ。あいつ佐藤くんと付き合ってるって」

「キモ。イケメンの佐藤くんがあんなブス好きになるわけないじゃん。しかもデブだよ」

「当たり前じゃん。男子から聞いたけど罰ゲームだって」

「やっぱり!ウケる。ブスざまあ」

 ミチエはうつむきそそくさとトイレから出た。彼女たちと同じ丈のミチエのスカートからは、太く短い大根のような足が生えていた。

    

 ミチエの家のリビングでは、父親がソファに寝そべり、大きな画面のテレビに体をむけ、ぼおっとお笑い番組を見ていた。

 キッチンではチエミの母親が皿を洗っていた。

『お前ブスのくせに男にほんまにそう言うたんか?身の程知らずもええとこやなあ』

 テレビの中で、関西弁の男の司会者が大声でそう言うと、液晶えきしょうの中からゲラゲラ笑い声があがった。父親も一緒にゲラゲラ笑った。

 ミチエはローテーブルの前でひざをかかえ、じっと折りたたみ式のケータイで撮った、自分の顔写真を見ていた。自分の顔を自分で撮影さつえいしたのだ。

 母親が皿洗いを終え、ローテーブルの前に足をくずして座った。ひじをついてテレビを見始めた。

『ブス!ブス!』

 母親も、テレビの司会者が連呼すると、鼻でかすかに笑った。

 ミチエはつぶやいた。

「私ってブスだよね。目細いし鼻でかいし」

「普通普通。あんたよりブスはいっぱいいるって」

「でも太ってるし」

「女の子は太ってた方がモテるぞ。ハハ」

 横から父親がのどから出したような声で言った。

「でも」

「あ。いけない。明日早いから早く寝なきゃ」

「俺も」

 両親はさっさと寝室に行ってしまった。

 ミチエは一人リビングに取り残され、そのままずっと携帯けいたいの写真を凝視ぎょうしし続けた。

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