第14話 文芸部部長
「失礼します。あれ? 誰もいない」
陽翔は保健室に入ったが、誰もいなかった。
(自分で消毒してバンドエイド貼ろう)
いきなり保健室のベッドスペースのカーテンが開く。
「その声は陽翔やな。…… ん? 陽翔、怪我したん?」
現れたのは陽翔の先輩で文芸部部長の
目鼻立ちがはっきりとした顔の小柄な美少女。いつもポニーテールだが、今は髪を下ろしている。
すると、慣れた手つきで下ろした髪をゴムでポニーテールにした。髪を纏める時にうなじが見えて色っぽい。
陽翔は思わず目を逸らした。
「どうしたん? もしかして、ウチのうなじを見て、ムラッとしたんか? ええで、
「そういうの止めてくださいって、いつも言ってるじゃないですか」
「なんで!? ウチと陽翔の付き合いやん。私はカレーと納豆ぐらいの付き合いやと思っとるで」
「何ですか? その分かりにくい言い回し。カレーと納豆ってそこまで良い付き合いじゃないですよね」
「何言っとん? ウチの家族は皆、カレーに納豆や。まぁ、ウチだけソースやけど。納豆嫌いやし」
「嫌いなのかよ。じゃあ、どうしてカレーと納豆ぐらいの付き合いって言ったんですか?」
「そんなん知らんやん。その場のノリってやつや。もちろん食べる海苔とは違うで」
「分かってるよ、バカ」
陽翔は頭を抱えた。
面倒臭い先輩に出会ったと思った。
陽翔と雫は同じ中学校の出身で、同じ部活だった。
陽翔が通っていた中学は部活への入部が強制だったので、人数の少なかった文芸部に入学した。
活動成績もなかったので、幽霊部員の集まる幽霊部だと陽翔は思っていたのに。
(この先輩がいたんだよな……)
「だから、しゃーない。ウチがバンドエイド貼ったるわ。そこに座り」
「いいです。自分でしますから」
消毒液を手に取ると、陽翔は軽く頭を叩かれた。
「アホ、何しとん?」
「消毒ですけど。それと、叩かないでください」
「陽翔はアホやな。今は
「湿潤療法?」
「そうや。こういう傷は消毒せんと洗って、バンドエイドを貼れば治るんや。消毒したら、治す力のある体液の邪魔をすることになるからな。もちろん痛みが続くことがあれば、病院に行かんとあかんで」
「へぇー。流石、先輩ですね」
「せやろ。もっと褒めて」
「はいはい」
陽翔が雫の指示通りにバンドエイドを貼ろうとすると、また止められる。
「今度は何ですか?」
「ウチが貼ったるわ。そこ座り」
陽翔が迷っていると。
「座って」
「…… はい」
有無を言わさぬ感じだ。
陽翔は雫に従う。
「じっとするんやで」
雫が陽翔の傷にバンドエイドを貼ろうと近づく。
顔が直ぐ近くにあって陽翔は顔を背けた。だが、シャンプーの甘い香りがして顔が熱くなる。
(先輩、顔だけは美人なんだよ)
「終わったで」
「ありがとうございました。じゃあ、帰ります」
「待て待て。どうして怪我したんか教えてってよ」
「言わないと駄目ですか?」
「分かってるやろ? ウチは知識欲の塊やで。何でも知りたいし、何でも答えを言いたいんや」
雫は分からないことがあれば、分かるまで追求する。追い求めたことに対して、答えが分かるまで一切諦めることはない。
答えを見つけるために雫は度々暴走する。中学時代はその暴走を止めるために、陽翔が雫の手綱を握っていた。
今は誰も握っていないので、常に暴走状態で、色んな人に迷惑を掛けている。『暴走天才少女』という不名誉な渾名がついているぐらいだ。
(逃げるのは無理か)
「体育の授業中にバスケをしていて、男子とぶつかりました」
「それが理由なん?」
「はい」
「でも、こんな大きな傷できる? ぶつかっただけやろ? なんでぶつかったん?」
「パスを受けた時に」
「ふーん。ぶつかった相手の名前は?」
「
(調子に乗るなって言ってたからな。理由もなんとなく想像できる。中学の時も似たようなことがあったから)
「じゃあ、その海城悠太に会いに行こう」
「は!?」
「は!? やあらへんよ。陽翔が分からんのやったら、本人に聞かな分からんやん」
「俺は知りたくないですし」
「陽翔は関係ない。ウチが知りたいんや」
「勝手すぎるだろ」
「いやー、それほどでもあるかなー」
陽翔が困った顔をしていると、雫は保健室から出てこうとした。
陽翔は咄嗟に雫の腕を掴む。
「なんや、強引やん?」
「止めてください」
「陽翔は分からんのやろ? 誰が教えてくれるん? 本人に聞くしかないやん」
「分かりました。海城の気持ちは俺も分かんないですけど、何となくは俺も分かってますから。それでは駄目ですか?」
「ええよ、教えて」
雫は再び椅子に座ると、目をキラキラさせて楽しそうな表情になる。
雫の表情を見て、陽翔は溜め息をついた。
(俺の気も知らないで。先輩はいつも勝手だ)
「多分、嫉妬です」
「嫉妬? どうして?」
「海城が言ってました、調子に乗るなって。最近、俺が絆星姫と仲良くしたりして、目立ってるからだと思います」
「あー、確か陽翔の幼馴染で、陽翔の家の隣に住んでて、一緒にご飯を食べてて、いつも陽翔が起こしてもらう美少女のことやろ」
「そうです、そうです。…… ん? どうしてそんな細かい情報まで知ってるんですか!?」
「ウチは何でも知ってるで。知らんことはまだ知らんことだけや」
「カッコいいこと言っても駄目ですからね。先輩じゃなきゃ、通報してます」
「先輩じゃなきゃってええな。なんか、ウチ、陽翔の特別やん」
「…… 話、続けますか?」
「ごめんやで。話が脱線するのはウチのあかんとこや。あ、ウチは電車ちゃうで」
ツッコむ気が失せた陽翔は無視して話を続ける。
「海城は絆星姫のことが好きみたいで、俺が絆星姫と仲良くしてくるのが気に入らないんだと思います」
「なるほどねー。確かにいつも目立たない男子と美少女が仲良くしてたら、気に入らんよな。でも、ホンマにそれだけなん? 他にもあるやろ? ウチに言うてみ」
「他は――」
「あー、それは急に目立ち過ぎや。海城悠太は怖くなったんやろうな」
「怖くなった?」
陽翔は意味が分からなくて首を傾げた。
「海城悠太は四組の中心、カーストトップの中におる男子なんやろ? 陽翔は気にしてへんけど、陽翔の立ち位置って、カーストの真ん中の下、殆ど下位層に近いやん」
断言されたように言われて少しムッとするが、間違っていないので陽翔は否定できない。
「ムッとせんといて。カーストとかウチもしょーもないって思ってるから。でも、学校ってそういうもんやん? 人の容姿、成績、運動能力、そういったもんで人の立ち位置が決まる。で、その立ち位置に変化があることを極端に恐れるんや。今回のことはカッコ良く言うたら、下克上やな」
「下克上?」
「そうや。下のものが上のものに成り代わる。で、元々おったものはその場所に我慢しておるか、逃げてくか。つまり、海城悠太は陽翔に負けると思ったんや」
「でも、俺はそんなこと」
「言うたやろ? 学校ってそんな場所や。楽しい青春もあるけど、良いことばっかりとはちゃう。嫌なことも沢山ある。で、陽翔はどうするんや?」
「どうするとは?」
「海城悠太に何かやり返すんかなと思って」
「何もしませんよ。何もしなければ、相手も何かする気は失せますよ」
「つまらんなー。でも、陽翔らしいと思うわ」
時計を見ると、授業がもう直ぐ終わってしまう。
話し込んでしまった。
「傷の手当て、ありがとうございました。俺、行きます」
「もう行くの? ウチ、一人になるやん」
「そもそも、どうして先輩は保健室にいるんですか?」
「保健室のドキドキを知りたくって」
「は?」
「高校の恋愛って言えば、保健室のドキドキやん。それを体験したいと思って。でも、ウチ、彼氏おらんやん。それをさっきまで忘れとってな。それで、帰ろうって思った時に陽翔が来たんや。ラッキーと思って、一緒におったんやけど、ウチはドキドキせんだわ」
「良く分かんないですけど……」
「でも、陽翔はドキドキしてたやろ?」
「してませんけど?」
「うなじを見た瞬間とウチのシャンプーの匂いを嗅いだ瞬間、瞳孔めっちゃ開いてたで」
陽翔は恥ずかしくなって顔が急激に熱くなる。
(…… やっぱり嫌な先輩だ)
「俺、帰ります! 先輩、ホントに嫌いです!」
「ウチは大好きやでー。陽翔、また部活でなー」
陽翔は顔をしかめて保健室を勢い良く出て行った。
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