第12話 美少女戦士は夢を壊さない


「レイナちゃんには可愛さもあるんだよな」


 陽翔は湯船に浸かりかながら、スマートフォンでホーリーウイッチのレイナ登場回を見ていた。


 ホーリーウイッチは六人組の美少女戦士で、赤、桃、緑、黄、青、紫の色を基調とした服をそれぞれが着て戦う。

 赤、桃、緑の戦士たちが可愛い衣装を着て、黄、青、紫の戦士たちは美しい衣装を着ている。

 赤の美少女戦士が登場できない回で、謎の戦士レイナは出てきた。


(レイナちゃんが登場した時は驚いたなー)


 レイナが登場した時、彼女は黒と赤を基調とした鎧ドレスを着ていた。

 鎧ドレスとは戦闘のための鎧と戦闘には必要ないドレスを組み合わせた、戦闘の中に美しさと可愛さを見出だすための衣装。


(俺はそこに惹かれたんだ)


 ドレスを組み合わせた鎧は可愛らしく、全身に纏うべき鎧は太股までしかない。それでは脚が丸裸になってしまうので、鎧の脛当てで膝までを防御している。


(つまり、太股は裸のまま。所謂いわゆる、絶対領域。これが良いんだよ)


 レイナ登場回を三話も見てしまった。湯船に浸かっていた時間は約一時間半。

 アニメを湯船に浸かりながら見るために湯の温度はぬるめに設定してあるが、このままでは逆上せてしまう。

 体を拭いて、急いで風呂場から出る。


 ブレスレットを見て、ふと思う。


(どうせなら俺もレイナちゃんみたいな格好が良かったのに。美しいだけじゃなくて、やっぱり可愛さもないと……)


 この装身具ブレスレット、ヴァルキリーは普通の人には見えない。

 瑠樹が言うには、陽翔の体の一部となっている。だから、このブレスレットを手首から取ることはできない。


(不思議と違和感はないんだよな)


 青の夏用パジャマを着て、リビングに戻った。その瞬間、目の前が光って、瑠麒が現れる。もう何度も経験したので、陽翔は平然としていた。


「陽翔くん、魔物です」

「そうか、ちょっと待ってくれ。着替えるから」

「ま、待ってください。目を閉じますから」


 瑠麒は少し頬を染めて手で目を隠す。

 その間に、陽翔はパジャマから白いシャツとジーンズに着替えた。


「もう良いぞ。今度はどこだ?」

「不死崎駅の近くです」

「誰か捕まっているのか?」

「魔空間へ行かないと分かりません。魔物の気配しか感じないので。直ぐに行きましょう」


 陽翔は瑠麒の手を掴んで、魔空間へ移動した。



 瑠麒の力で陽翔が移動した先はビルの目の前だった。


「ミュウミュウか」


 陽翔の前にそびえ立つビルは天元町を代表するショッピングビルだ。地下一階から十二階まであり、有名ブランドから若者に人気の安価なブランドの服屋まで入っている。

 本当の名前は『MuzMuz』で、地元民はミュウミュウと呼んでいる。

 ミュウミュウのおかげで不死崎駅の近くは発展しており、天元町以外から遊びに来る若者も多い。


「瑠麒、魔物はどこなんだ?」


 瑠麒を見ると、目を閉じて魔物の気配を探っている。


「こっちです。ついて来てください」


 陽翔は瑠麒の背中を追って走る。


「陽翔くん、走りながら聞いて下さい」

「なんだ?」

「人がいるみたいなんです。覚悟はしておいて下さい」

「…… 分かった」


 最初の時以外、これまでの魔物との戦闘で巻き込まれた人達はいなかった。

 これまでは運が良かっただけ。

 死人が出るかもしれないと陽翔は覚悟した。


「誰も死なせない」


 陽翔は自分に言い聞かせるように小さく言った。


 魔空間なので当然だが、陽翔たちが走っていても誰とも会うことはない。

 人のいない駅前の街並みは異様だった。


 瑠麒が左の角を曲がる。


(この先は愛坂通りだったな)


 愛坂通りは原宿竹下通りに触発されて開発された若い女性向けの商店街だ。竹下通りに比べて規模は小さいが、お洒落なカフェが数店舗あってカップルからも人気がある。


 陽翔たちは愛坂通りに入って、急に止まった。


「なんだこれ」


 両側に立ち並ぶ店が真っ白になっている。

 良く見ると、螺旋状の糸が店に張り付いていた。粘着性があってベトベトしているようにも見える。

 まるでクモの巣だ。


「助けてーーーー!!」


 愛坂通りの先で女の子の声が響いた。

 女の子が陽翔たちの方に走ってくる。その後ろから巨大なクモの魔物が女の子を追いかけていた。


 陽翔は女の子に向かって走り出す。


『希望の光よ、我に力を宿せ ヴァルキュリア!』


 ヴァルキュリアに変身した陽翔は颯爽と女の子を抱き抱えて、巨大なクモから距離を取る。


「瑠麒、この子を頼む」


 女の子を瑠麒に預けると、陽翔は巨大なクモの前に立った。

 ヴァルキリーを抜いて構える。


 十六個あるクモの赤い目が陽翔を睨んで、高速の糸を吐き出すした。

 陽翔は反応して躱す。

 高速に噴き出された糸は地面のコンクリートを破壊した。


(すごい威力だ)


 クモは糸を弾丸のように丸めて高速で噴き出す。

 陽翔が躱す度に、糸を噴き出す時間の間隔が短くなる。マシンガンのような速さになって、地面が破壊されていく。


(あの技を使おう)


 これまでの戦いで陽翔は自分が炎を操れることが分かった。しかも、その炎には特別な力があって魔物にとても有効だ。


『聖なる炎よ、我が剣に纏え』


 剣に炎が纏う。そして、一閃。


聖炎斬せいえんざん


 巨大なクモが真っ二つとなって、その切り口から発火する。

 発火したクモは直ぐに消滅した。


「ふぅー、倒した」


 陽翔は瑠麒の元に戻った。


「この子は何ともないか?」

「はい。陽翔くん、その姿――」


 女の子が陽翔を手を引っ張って言う。


「お姉ちゃんはレイナちゃん?」

「ん?」

「お姉ちゃんの服、レイナちゃんと一緒」


 陽翔は首を傾げて自分の姿を見る。

 白銀の鎧ではない、黒と赤を基調とした衣装になっていた。


「まさか……」


 陽翔は店の窓で自分の姿を確認した。


 白銀の鎧が赤と黒を基調とした鎧ドレスに変化している。

 しかも、ドレスの裾は短く、鎧の脛当てによって、美少女戦士になった陽翔の絶対領域が露になっている。


 陽翔はその場でくるっと回転した。


「やべぇ、可愛い」


(どうして変化したとか、マジどうでもいい)


 自分がレイナと同じ衣装を着ていることが嬉しくて、どんどん頬が緩む。


「陽翔くん」


 瑠麒に呼ばれて表情を戻した。


「それで?」

「それでじゃありません。陽翔くんが勝手にあっちへ行ったんです」

「あ、ごめん。つい……」


 もう一度女の子に質問をされる。


「ホーリーウイッチなの?」


 小さな女の子で、六歳くらい見える。

 青色のスカートに白いシャツを着ていた。白いシャツはアニメのキャラクターがプリントされていて、陽翔はそこに目が止まった。陽翔も持っているホーリーウイッチがプリントされたシャツだ。


 陽翔はしゃがんで女の子と同じ目線に合わせてから話し掛ける。


「バレちゃったか。私もホーリーウイッチだよ。でも、ごめんね、レイナちゃんじゃないの。私の名前はハルカ。あなたの名前も教えてくれる?」

「アキミヤ リリカです」

「リリカちゃんか、素敵な名前だね。リリカちゃんはホーリーウイッチが好き?」

「うん、好き! でも、レイナちゃんが一番大好き!」


 陽翔は感動で目を見開く。叫びたい衝動に駆られたが、グッと堪えた。


(俺と同じ最推し。リリカちゃんは俺の同志だ)


 陽翔はリリカの笑顔を初めて見たことに気がつく。

 さっきまでずっと泣きそうな顔をしていた。あんな怖い目に遭ったのだから当然だ。

 それなのに、リリカは一度も泣いていない。


(もしかして、怖すぎて泣けなかったのか?)


 陽翔はリリカを抱き締めた。


「ごめんね、気づかなくて。とっても頑張ったね。我慢しなくていいから」


 すると、リリカは堰を切ったように泣き出した。


「わぁあああああん、怖かったよぉおおおおお」


 陽翔はリリカの背中を優しくさすってあげる。

 しばらく大きな声で泣いたら、リリカは落ち着き始めた。


「リリカちゃん、自分のお家は分かる?」

「リリカ、帰りたくない!」

「どうして?」

「ママと喧嘩したから」

「それでママから離れたの?」

「…… うん」

「リリカちゃんのママ、きっと心配してるね」

「そんなことない。ママはリリカのことが嫌いだから」

「リリカちゃんはママと一緒にいたくないの?」


 リリカは陽翔の質問に黙って首を横に振る。


「ママは優しい?」

「…… 優しい」

「じゃあ、リリカちゃんがいなくなって心配してるね」

「…… うん」


 首を縦に振ったリリカの頭を陽翔は優しく撫でる。

 リリカは陽翔とホーリーウイッチの話を始めて、陽翔にとても懐いた。


「私もハルカちゃんと一緒にホーリーウイッチになりたい!」

「リリカちゃんと一緒にホーリーウイッチになれたら、私も嬉しいよ」


 最初はリリカの話に付き合っているつもりだったが、いつの間にか陽翔はリリカとホーリーウイッチの話で夢中になっていた。


(やべぇ、めちゃくちゃ楽しい)


 瑠麒にとんとんと肩を叩かれて、陽翔は不満げな表情になって立ち上がる。


「なんだよ?」

「すいません、陽翔くんですよね」

「当たり前だろ。言いたいことは分かるけど、その顔は驚き過ぎだ」


 瑠麒は口をぽかーんと開けて呆けた顔をしている。


「ホーリーウイッチを好きなリリカちゃんの夢は壊せねぇだろ。そのためなら、女子っぽい話し方ぐらいはするさ」

「リリカちゃんのためなんですね」

「で、どうする? 交番に連れていくのが良いよな」

「そうですね。ですが、その前にリリカちゃんの記憶を消さないと」

「駄目だ」

「どうしてですか?」

「リリカちゃんは俺のことをホーリーウイッチだと思ってる。偽物でもホーリーウイッチに会えたんだ。できれば、記憶は残してあげたい」

「周りに話されるのは良くないことかと……」

「秘密にすれば良いんだろ?」


 陽翔はもう一度しゃがんで、リリカの顔を見つめて話す。


「リリカちゃん、今日のことは秘密にできる?」

「えー、どうして?」

「秘密にしないと、私たちホーリーウイッチが困るの。お願い。でも、その代わり、リリカちゃんが危険な目に遭った時には必ず私が助けに来るから」

「ホント?」

「ホーリウィッチは嘘をつかないよ。約束する」


 陽翔は小指を出して、リリカの小さな小指に引っ掛ける。


「「指きりげんまん、嘘ついたら針千本飲ます、指きった」」


 指切りしている間に、リリカの背後にいる瑠麒と目が合った。

 口パクで合図をされたので、陽翔は頷く。


 リリカの背中に瑠麒の手が触れると、リリカは意識を失うように眠ってしまう。

 

「俺も行こうか?」

「いえ、陽翔くんは疲れています。私に任せてください」


 陽翔は頷いて、眠ったリリカを瑠麒に預けた。


「頼めるか?」

「もちろんです」


 と言うと、瑠麒は小さく笑う。

 陽翔は怪訝な顔で瑠麒を見つめた。


「なにか面白かったか?」

「いえ、陽翔くんは優しいなと」


 瑠麒は優しく微笑んだ。

 面と向かって優しいと言われることはあまりないから、陽翔は気恥ずかしかった。


「うるさい。俺はもう疲れた。早く帰らせてくれ」

「分かりました。後の報告はRINEでしますね」

「分かった。…… 瑠麒」

「はい?」

「リリカちゃんのことよろしく頼む」


 陽翔は瞬間移動の光に包まれる中で瑠樹が微笑みながら頷くのが見えた。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る