第8話 大和撫子なヤンデレ少女と文芸部の王子様


 放課後、好奇の視線を感じながら陽翔はクラスを出た。

 昼休みの出来事で、四組の話題は自分になっていた。明日には他のクラスにも広まっているだろう。


(まるで人気者だな)


 陽翔は文芸部の部室に向かっていた。

 文芸部には純文学からライトノベルまで色んな本があって自由に読める。

 何か嫌なことがあると、陽翔はひたすら読書をする癖があった。


 陽翔は文芸部がある西側の三番棟へ向かう。

 三番棟は運動場の近くにあり、外でスポーツしている人達の掛け声が聞こえてくる。

 文芸部の部室は階段を上って左奥にあるので、階段を上ろうしたら、陽翔は背中を強く叩かれた。


 良い音がして、背中がジーンとする。


「誰だよ、痛ぇな」


 苛つきながら答えると、冷たい声が返ってくる。


「私だけど」


 相手を確認すると、陽翔は壁の方に後退った。声の主は羽橋希はねはしのぞみだった。


 なんとなく理由は分かっているが、陽翔は希が来た理由をとぼける。


「ど、どうした? 俺に何か用か?」

「湊川くん、私が来た理由、本当に分からないの?」

「絆星姫のこと?」


 すると、希は黙って陽翔の方に近づく。どんどん近づいてくるので、陽翔は更に下がってしまう。

 もう一歩下がろうと思ったら、陽翔の踵が階段横の壁にぶつかった。これ以上は下がれない。


 ふわっと柑橘系の香りがしたと思ったら、希の大きな瞳が陽翔の顔の間近にあった。

 陽翔の開いた股の下に希の右膝が勢い良く入り込み、希の左手は壁にドンと置かれ、右手は陽翔の胸ぐらを掴んでいた。


「そう、きーちゃんのことだよ。昼間のあれは何かな? どうしてきーちゃんを悲しませたの?」

「いや、俺は別に」

「俺は別に? 何かな、言ってみて」


 一切まばたきをしない希の瞳が陽翔をずっと睨んでいる。その瞳を見て、陽翔の背筋は凍った。


 中学二年生の時くらいから、陽翔と絆星姫が喧嘩すると、希がいつも介入してきた。陽翔が必ず悪いと決めつけて、陽翔が謝るまで希は責め立てるのだ。


「なんでもないです。俺から絆星姫に謝ります」

「そう」


 納得したようで、希は陽翔から離れた。

 陽翔は終わったと思い、ほっとする。


「湊川くん?」

「う、うん?」


 希は頬を緩ませて言う。


「今度、私の大好きなきーちゃんを悲しませたら、、潰すよ」


 瞳は全く笑っていなかった。


 陽翔の股がヒュンとすると、冷たい足音を立てながら希は去っていた。


(ちびりそうだった……)



 ようやく気持ちが落ち着いて、陽翔は文芸部の部室に向かった。


 羽橋希は絆星姫のことになると本性を表す。

 いつもおしとやかで誰にも優しい美少女という印象だが、それは外面だ。

 絆星姫のことが大好きで絆星姫にいつもベッタリな、外面だけ大和撫子なヤンデレだと陽翔は思っている。


 部室の前に着いて部室のドアを開けようとしたが、陽翔の手が止まる。

 部室から色んな黄色い声が聞こえてきたからだ。


なぎさくん、これから私達とお茶に行こうよ」

「んー、そうだね。私も君たちと――」

「どうしたの?」

「お茶は今度の機会でも良いかな? 必ず行くよ。私も君たちと一緒に時間を過ごしたいから」

「キャー! や、約束だからね」


 ドアが開いて、数人の少女が出てくる。

 陽翔の方は全く見ないで、もう一度黄色い声を上げながら去って行った。


 陽翔が部室に入ると、カップを片手に読書をしている人がいる。


「やぁ、陽翔」

「どうも」


 陽翔が軽く会釈をしたのは文芸部の先輩だ。

 耳元までの長さの栗色の髪に中性的な甘い顔立ち。スタイルはとても良く、モデルと間違えられることもある。

 運動神経は体育会系の部活動をしている男子にも負けない。女子からだけではなく、男子からも人気がある。

 は『文芸部の王子様』と呼ばれている。


「親しみのない返事だね。私は陽翔に会いたかったのに」

天王寺てんのうじ先輩、それ誰にでも言うじゃないですか」

「名字で呼ぶだなんて。私と陽翔の仲なのに。いつもみたいに渚って呼んでくれないか?」

「一度も呼んだことはありませんけど。天王寺先輩と俺、そこまで親しくないでしょ」

「そうかな? 私は男子の中で一番仲良しなのは陽翔だと思っているよ」

「…… そうですか」

「陽翔、お茶は飲むかい? 私が作ったお菓子もある。本を読みながら食べると良い」

「それは是非」


 陽翔がお願いすると、渚は満足そうな笑みを浮かべた。 その笑顔がとても美しくて目を奪われてしまう。


「用意しておくから、本を取ってきたら?」

「あ、はい」


『君ない』の本を手に取って椅子に座る。

 昨日観ていなかった分の復習だ。もちろん動画が配信されたら観る。


 渚の作ったクッキーを陽翔は食べる。

 ちょうど良い甘さでとても美味しい。


「美味しいかい?」

「はい、美味しいです」

「それは良かった。陽翔に褒められて、私はとても嬉しいよ」


 今度の渚の笑みはとても可愛らしかった。その笑みを見た陽翔は自分の頬が赤くなるのを感じた。


(この人は格好良くて可愛くて。美少女戦士ホーリーウイッチのシリウスみたいだな)


 美少女戦士ホーリーウイッチは元々五人の戦士で、最近六人目の戦士が登場した。その六人目がホーリーシリウスで渚に良く似ていると陽翔は思った。


 テンションが上がってきた陽翔はそれを誤魔化すように興味のないことを渚に質問する。


「そう言えば、来月は文化祭ですね。文芸部は何をするんですか?」

「例年通りなら、部誌だろうね。だけど、しずくがなんて言うかは分からないよ」

「雫先輩は来ないんですか?」

「今日は用事があるって聞いたよ」

「そうですか。ちなみに俺は楽な方が良いです」

「それは私も願ってるよ」


 時計を見ると、十七時を過ぎていた。

 陽翔は『君ない』を本棚に戻す。


「俺、帰ります。先輩は?」

「もしかして一緒に帰りたいのかい?」

「違います。帰らないのかなと思って」

「すまない。私は陽翔と帰りたいんだが、この後、用事があってね」

「分かりました。お先に失礼します」


 渚が微笑みながら手を振っていたので、陽翔は小さく会釈をして部室を出た。


 陽翔が帰ってから十分ほとが経って、渚のスマートフォンがブーブーと音を立てる。

 渚は着信の相手を見て、直ぐに電話を出た。


「はい、渚です」

「渚、仕事だ。新宿公園に今すぐ来い」

「分かりました。直ぐに行きます」


 電話を切ると、渚は足早に部室から出て行った。













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