第7話 ラブコメの主人公


 カーテンの隙間から日の光が差して、ベットでぐっすりと寝ている陽翔の顔に当たった。

 ぼんやりと目を開けて、近くの時計を確認する。


(七時ちょうどか。二十分まで寝れるな)


 時計をセットして再び寝ようとする。

 玄関の方からガチャガチャと音が聞こえて、誰かの足音が聞こえた。


「陽翔、起きた? てか、まだ寝てるし」


 絆星姫の声を無視して、陽翔は背を向けてもう一度寝る。


「私、先に食べるよ。寝坊しても知らないから」


 絆星姫はリビングに戻り、朝食の準備を始めた。

 朝食を食べ終えて食器を洗っていると、陽翔の部屋から寝息が聞こえる。

 絆星姫は小さく溜め息をついて、陽翔の部屋に入って、陽翔を起こそうと体を揺する。


「起きないじゃん」


 絆星姫は陽翔の幼馴染だから、陽翔の弱点も当然のように知っている。

 絆星姫は陽翔の顔にそっと近づき、耳元に優しく息を吹き掛けた。


「ふー」


 生温かい風が耳から入ってきて気持ち悪さで身体中に鳥肌が立つ。

 眠気は吹き飛んで、陽翔はベットから起き上がった。


「それ止めろって言っただろ? 気持ち悪いんだよ。あー、朝から最悪だ」

「起きない陽翔が悪い。文句言うくらいなら、さっさと起きてよ。毎日、起こす私の身にもなって」

「じゃあ、別に起こさなくても良いって」

「起こさなかったから、陽翔、いつも始業ギリギリじゃん」

「分かった、起きるよ。ありがとう」

「そうやって言えば良いの。陽翔の朝食は用意してあるから。食べたら食器を水に浸けておいて。私、もう行くから」

「ああ……」


 絆星姫は足早に外へ出て行った。


(朝から元気だな)


 陽翔は大きく伸びをして、朝食を食べるために椅子へ座る。

 昨日の味噌汁、白米、ウィンナー、紙パックの納豆が用意されていた。

 机には陽翔の弁当も置いてある。絆星姫が自分の分と一緒に作ってくれた。

 殆んど朝昼晩の食事を絆星姫が用意してくれている。絆星姫に感謝して陽翔は朝食をいただいた。


 浸けておくだけで良いと言われたが、陽翔は朝食後に皿洗いをした。


 陽翔は身支度のために鏡の前に立つ。

 鏡で自分の髪色を見た。赤みが増していないか、いつも確認している。

 平凡な顔立ちで、特徴的なのはこの赤茶色の髪のみ。

 この髪も目立たないように努力はしていて、伸びたら直ぐに散髪へ行くことにしている。


 家の戸締まりをして、陽翔は学校に向かった。



 天元東高校は大学進学の実績が良い高校と知られているので、天元町の外から通学している人の方が地元生徒よりも多い。

 高校の近くまで来ると、生徒の集団が自然とできあがっていた。

 その中を陽翔は一人だけで歩いている。


 陽翔の友人は少ないが、気にしていない。元基のような仲の良い友人がいるし、軽く雑談ができるような友達もいる。

 赤茶色の髪のこともあるので、陽翔は学校で目立たないように過ごしている。


 一年二組のクラスに着いて、陽翔は席に座った。

 元基も直ぐに来て、話し掛けられる。


「おはよう。昨日の『君ない』は良かったね」

「…… 『君ない』?」


 陽翔は忘れていたことに気がついて項垂れる。

 昨日は疲れて直ぐに眠ってしまったから、深夜アニメの『君ない』を見ることはできなかった。


「もしかして、見てないの? ガチ勢の陽翔が『君ない』を見逃すなんて。どうしたのさ?」


 美少女戦士系のアニメが特別大好きな陽翔はラブコメやファンタジーなどのアニメやライトノベルも人並み以上に好きだ。

『君の好きな人が俺のわけがない』、通称『君ない』は今大人気のラブコメ作品だ。

 陽翔も好きで、リアルタイムで見ている。


「昨日は疲れたからさ、直ぐ寝たんだよ」

「珍しいこともあるんだね。今日は大丈夫?」

「ちょっと疲れてるけど、多分平気」

「そっか。でも、無理したら駄目だよ」


 いつもと変わらない会話をして時間は過ぎていく。そして、昼休みになった


「今日はどうすんだ?」

「ごめん。今日は漫研へ行かないと」

「そっか。頑張れよ」

「ありがとう」


 元基は漫画研究部で夏休みが明けてから、とても忙しくなった。十月末の文化祭に向けて今から準備を始めている。


(元基も大変だ)


 絆星姫が作ってくれた弁当を開ける。

 見事に茶色の弁当だ。冷凍食品のオンパレードで肉系のおかずが詰まっている。

 いつも準備をしてくれているので、何も意見は言わない。陽翔は黙って食べている。


 弁当を食べながら絆星姫をちらっと見ると、いつものグループで楽しそうに食事をしていた。

 今日は男子も混ざっているようだ。


(青春だな)


 心の中で小さく笑うと、クラスの大和撫子と目が合った。

 陽翔は恐怖を感じて、直ぐに目線を外す。


 陽翔と目が合ったのは羽橋希、陽翔のことをとても嫌う少女だ。

 艶のある綺麗な黒髪に清楚で気品のある顔立ち、良く笑い、周りに気を配る、正に大和撫子。


 希の視線を感じる。

 陽翔は視線を外したが、睨むように見ている。

 嫌な感じはなくなった。

 希に気づかれないように見ると、松本心愛まつもとここあが話し掛けていた。


(ありがとう!! 松本!!)


 心愛は絆星姫たちと一緒にいる女子で、いつも元気で周りを明るくする。

 ツインテール女子で毛先を赤く染めているのが特徴的。小柄な体型で可愛らしく、周りからは心愛ちゃんと呼ばれている。


 陽翔は安心して食事を再開した。


 他の人達も各々のグループで食事をしている。一人で食事をしているのは陽翔くらいだ。元基がいないとクラスでは一人になってしまう。


 すると、肩をとんとんと叩かれた。

 陽翔は元基が戻ってきたのかと思った。


「元基、早かっ――」


 自分に笑顔を向けているのは昨日ぶりの美少女、早乙女瑠麒さおとめるきだった。



「陽翔くん、こんにちは。後の席、借りますね」

「ああ……」


 陽翔は周りの視線に気がついた。

 クラス中の視線がこちらに集まっている。

 当然、瑠麒がいるからだ。


「早乙女さん、どうしてここに?」


 陽翔が訊ねると、瑠麒は顔を膨らませて陽翔を見つめる。


「昨日言ったじゃありませんか。私のことは瑠麒と呼んで下さいって」


 周りがざわめき始めた。

 男子たちは口々に「どうしてあいつが」と文句を言って陽翔を睨んでいる。


(まさか学校で話し掛けられるなんて)


 瑠麒には早く退散してもらいたいと陽翔は思った。


「瑠麒、なんの用だ?」

「連絡先を聞くのを忘れていまして。教えていただけますか?」

「そうだな」


 と言って、陽翔は鞄からスマートフォンを取り出して瑠麒と連絡先を交換する。


「ありがとうございます。帰ったら電話しますね」

「ああ、分かった」

「はい! また来ますね」


 四組から出る時に瑠麒は笑顔で陽翔に大きく手を振った。周りの視線が痛くて、陽翔は小さく手を振り返した。


 瑠麒はいなくなったが、陽翔への視線とざわつきはなくならない。

 学年でトップクラスの人気を誇る美少女と赤茶色の髪以外、全く特徴のない平凡な少年モブの組み合わせ。

 周りが気になっても仕方ないのは当然である。


(無視だ、無視。いつか終わる)


 食事を再開しようと弁当に顔を向けると、陽翔は話し掛けられる。


「ねぇ、どういうこと? 早乙女さんと仲良しみたいだけど」

「ああ、それは――」


 話し掛けられた相手を見て、陽翔は口を閉じた。


「なに? 私にも分かるように教えてよ。幼馴染の私を無視するのに早乙女さんとは仲良く話すんだ。しかも、名前で呼び合う仲みたいだし」

「いや、それは違うくて……」

「何が違うの? 皆、見てたよ」


 絆星姫は怒っていた。絆星姫の怒る様子を見て、周りは唖然としている。

 その中には嫉妬の目を向けている男子もいた。


「へぇー、余裕じゃん。どうせいつもの私だと思ってんでしょ。私、本気で怒ってるからね」

「いや、悪かったって。機嫌直せよ。周りが見てるからさ」


 絆星姫が怒ると機嫌が戻るまでしばらく時間が必要なので、陽翔は必死に宥めた。


「もういい! 明日から弁当抜き! ご飯も自分でして!」


 絆星姫は怒って自分の席に戻ってしまった。


 大きく溜め息をつくと、陽翔は殺気を感じた。その方向を見ると、希が自分を睨んでいる。


 陽翔が頭を抱えていると、元基が戻ってきた。


「陽翔、どうしたの? クラスの皆、陽翔を見てざわついてるけど」

「なんでもない。元基には関係ない」

「ありゃ、ご機嫌斜めだ」


 元基に八つ当たりをして、陽翔は机に突っ伏した。

 色々と嫌なことを考えてしまう。


(あー、誰か助けてくれ)








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