第5話 天使の訪問
陽翔は驚いた。
目の前にいたのは同級生の少女だが、この少女と陽翔は全く関り合いがない。
廊下ですれ違うことはあったかもしれないが、挨拶すらもしたことがなかった。
少女の名前は
滑らかな白い肌にブロンドのボブヘアが良く映える。大きな瞳に少し赤い頬で愛らしく整った顔立ち。
一見、すらっとした体型に見えるが、胸の辺りは制服の半袖シャツの上からでも分かるほどの豊かな丸みを帯びている。
「はじめまして、早乙女瑠麒です。あなたが湊川陽翔くんでしょうか?」
「そうだけど。いきなり何の用だ?」
陽翔は不審な目で瑠麒を見た。
可愛い女の子が自分の部屋にいきなり現れる、そんな男子が憧れるようなシチュエーションでも、実際にされると不気味に思ってしまう。
陽翔の不審がる目に気がついて、瑠麒は伏し目がちになる。
「いきなりすみません。…… 私が天使なんです」
「は?」
一瞬困惑したが、陽翔は直ぐに女神が言っていたことを思い出す。
(俺に天使を付けるって言ってたな)
「早乙女さん、説明してもらえるか? 良かったら、入ってくれ」
「良かった。私、間違っていなかったんですね」
瑠麒は嬉しそうな笑顔になった。
リビングに上げて、瑠麒にお茶を出す。
「いただきます」
と言って、瑠麒は一口飲む。
陽翔は瑠麒の向かいに座って口を開く。
「どうして俺の家が分かったんだ?」
「あなたの気配を辿ってきたんです」
「俺の気配?」
「はい。今の私は天使なので」
「ごめん。俺、何にも分かってないんだ。早乙女さんのこともだけど、知ってることを全部教えて欲しい」
「もちろんです。そのために来ましたから」
瑠麒はもう一度お茶を飲んで喉を潤してから話を始める。
「今の私は天使メルキセデクの魂と一体化しているので、色んな奇跡の力が使えます」
「メルキセデク?」
天使には九つの階級があって、様々な天使がいることは陽翔も知っている。しかし、陽翔が知っている天使の名前は有名どころくらいだ。
陽翔は首を傾げた。
「
宗教に疎い陽翔でも聖十字教は知っていた。世界最大の宗教で色んな宗派に分かれており、西欧の国々では政治の中にも聖十字教の教えが混在している。
瑠麒は首に掛けていたロザリオをシャツの内側から出して陽翔に見せる。瑠麒の胸元がチラッと見えて、陽翔は思わず顔を背けた。
「どうしました?」
「な、なんでもない」
平然を装うとしたが、上ずった声になってしまった。
「友達と遊ぶ予定がない日は教会へ行くんです。今日はその予定がなかったので、近くの教会でお祈りをしていました。お祈りを始めた時に声が聞こえたんです」
「声?」
「はい。とても美しい声でした。声の主は女神様だと仰いました。女神様は私に人々を救うための天使になって欲しいと言われました」
「それで天使になったのか…… 早乙女さんは迷わなかったのか?」
「どうしてですか?」
「危険だって言われたはずだ」
迷いのない澄んだ瞳で瑠麒は陽翔を見つめる。
「誰かを助けることに自分の身を顧みる必要はあるでしょうか?」
噂通りの人だと陽翔は思った。
瑠麒は誰にも優しく平等に接する。困っている人がいれば必ず助けるし、自分よりも他人を優先する。いつも明るい笑顔で、その笑顔は周りを癒す。そして、いつの間にか瑠麒の周りは笑顔が溢れるようになる。
瑠麒には渾名が二つある。その一つは、物語に登場するヒロインのような尊さから『天使』と呼ばれている。
「流石、天使だ」
陽翔が軽くからかうと、瑠麒の頬はリンゴみたいに真っ赤になる。
瑠麒は真っ赤になっているのを感じているが気づいていないふりをする。
「その渾名は今まで畏れ多いと思っていましたが、今は天使となったので受け入れるしかありませんね」
「…… 赤くなるとリンゴみたいになるんだな」
「な!? 私、直ぐに赤くなるんです。皆に言われてて。気にしているので、言わないで欲しいです」
瑠麒は俯いてしまった。陽翔に顔を見せるのが恥ずかしいみたいだ。
初対面の女子に軽々しく言うことではなかったと思い、陽翔は素直に反省する。
「ごめん」
「もう大丈夫です。気にしないで下さい」
瑠麒と話していると、適切な距離感が分からなくなってしまう。どうやら自分も他の男子と同じ気持ちを瑠麒に抱いてしまっているようだ。
雑念を振り払おうと頬を叩いた。
「ど、どうしました!?」
瑠麒は驚いた声を出すが、陽翔は何でもない風に装って話を進める。
「なんでもない、説明を続けてくれ。闇の災い、魔物について教えて欲しい」
「分かりました。普通の生活をしていると分かりませんが、私たちの世界には光と闇の力が存在しています。光は善の事象、例えば、正の感情や生命の誕生などを表します。闇は善と真逆の事象で、負の感情や生命の死などのことです。この光と闇は世界の中でバランスを取り合って存在しています。ですが、今はそのバランスが崩れて闇の力が大きくなっています」
「闇が大きくなると、どうなるんだ?」
「死が蔓延し、人間はこの世界から消滅します」
「人間が消滅って…… ウソだろ?」
話があまりにも大きいので、陽翔は呆然とする。
まさか世界存亡の危機だなんて。
(俺が戦って防げるのか?)
「ウソではありません。そして、それはこの東京から始まっています。魔物が現れたのもそれが原因です」
「魔物って、あのキマイラのことか」
「そうです。魔物は闇の力が具現化した姿です。闇が多ければ、多いほど魔物は発生しますが、魔物を倒せば闇は減っていきます」
「ん? つまり、闇
「その通りです。ですが、魔物は人間を襲い、闇の力を吸収します。私たち人間には光と闇の力が混在しています。どんな人でも光があれば必ず闇があります。だから、人々を魔物から守らなくてはいけません」
「俺、一人でできることなのか?」
魔物を倒して人々を守るという強い意志はあるが、本当にできるのかと陽翔は不安だった。
不安そうな陽翔の表情を見て、瑠麒は力強く言う。
「私も手伝います! そのために私は天使になったのですから。色んな力が使えますし、魔物が現れたら、直ぐに察知できます」
「それはずこいな」
「はい、私は陽翔くんだけのサポート役ですから」
陽翔はドキッとしてしまった。くん付けで呼ばれると、どうもむず痒い。それに、他意がないことは分かっているが、自分だけのと言われてしまうと、どうも心が落ち着かない。
「どうしました?」
「俺を呼ぶ時に、くんは付けなくて良いぞ」
「呼び捨ては少し恥ずかしいです」
「なら、名字で良いよ」
「名字ですか? それだと希薄な関係に見えます」
「…… 親しい関係でもないだろ、俺たちは初対面だ」
「これから仲良くなるんです! 私は名前で呼びたいです。駄目ですか、 陽翔くん?」
瑠麒は目をうるうるさせて上目遣いで陽翔を見つめてくる。陽翔は困ったように目線を外しながら、これかと思った。
瑠麒が特に男子から人気なのはこの可愛い仕草だ。どうやらこれは計算ではなく自然にやっていることらしい。
男子が夢中になるのも当然だ。
だから、瑠麒は『小悪魔』とも呼ばれている。その渾名と合わせて、『小悪魔な天使』と呼ぶ人もいるようだ。
「別に良いけど……」
「良かったです。じゃあ、これから陽翔くんて呼びますね。陽翔くんのサポート役、頑張るので。よろしくお願いしますね、陽翔くん!」
「あ、ああ。お、お茶を入れ直すよ」
このままでは瑠麒の術中に填まりそうな気がしたので、席を立ってお茶を入れ直す。
席に戻ると、瑠麒が集中するように目を閉じていた。
「どうした?」
「魔物の気配を感じました」
「どこにいるんだ?」
「ちょっと待ってください」
瑠麒は更に集中する。
「新宿公園に魔物がいます」
「新宿!?」
天元町から新宿までは電車で三十分くらいかかる。三十分もかかったら、魔物によって大勢の人が殺されてしまう。
「急ぐぞ!」
陽翔は家から出ようとするが、瑠麒に玄関で呼び止められる。
「待ってください!」
「なんだよ!? 早乙女さんも急げ!」
「電車に乗る必要はありません。天使の奇跡を使います」
「は?」
「大丈夫です。信じてください」
瑠麒が陽翔の手を握ると、瑠麒の背中から白い翼が生えて陽翔を包む。
「私は天使メルキセデク、力天使です。戦う力はありませんが、力天使はこの世界の奇跡を使えます」
瑠麒は魔法を使う時みたいに呪文を唱え始める。
『我、奇跡を司る者なり 断裁の時はあらず 刹那の如く時は流転す 界を超越し、奇跡よ来たれ エンジェリック・ロード !!』
二人は目の眩むような強烈な光に包まれると一瞬で姿を消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます