第3話 始まりの変身


 噴水にキマイラが落ちた。噴水は破壊され、水飛沫が激しく舞う。


 陽翔は先程までのことを思い出す。

 右手首を見ると、装身具ブレスレットのヴァルキリーがつけられていた。

 それに、まだ誰も死んでいない。あの女神は少し前の時間に自分を戻してくれた。


 (今なら全員の命を救える)


 キマイラが動き始めた。この後、近くの男性を襲う気だ。そうはさせない。

 陽翔はキマイラの前に立ち塞がった。


 突然現れた陽翔にキマイラは少し怯んだように見える。


「誰も死なせない。必ず守ってみせる」


 右手を頭上に上げて、高らかに変身の言葉を叫ぶ。


『希望の光よ、我に力を宿せ! ヴァルキュリア!』


 装身具ブレスレットが輝かしい光を放ち、陽翔を中心にして円柱の光が天まで伸びる。

 聖なる光は誰も寄せ付けない。キマイラは光に恐怖して後退った。

 その光の中で陽翔はヴァルキュリアに変身する。


 光が消えて現れたのは、白銀の鎧を纏った美しい少女。

 汚れのない真紅の長髪は聖なる雰囲気を漂わせる。金色の瞳は強い眼差しで、整った綺麗な顔立ちからは凛々しさを感じた。

 鎧に包まれて外からは見えないが、体には無駄な筋肉と脂肪はついていない。機能美を備えた戦うための完璧な体型。

 正に戦乙女の姿だった。


 陽翔は腰に差した剣を抜く。

 この剣は装身具ブレスレットヴァルキリーの本当の姿だ。柄には赤い宝玉が填め込まれており、剣身は淡い光が覆っている。

 ヴァルキュリアの聖なる剣だ。


 陽翔は剣を構えた。一度も戦闘経験がないのに、全く隙のない構え。


(なぜだろう? 今の俺は戦い方を知っている)


 地面を蹴って、陽翔はキマイラに突撃する。キマイラは陽翔を振り払うように鋭い爪で迎え撃つ。

 その刹那、剣が煌めくとキマイラの腕は宙を舞っていた。陽翔が斬り裂いたのだ。


 切断面からは赤い血ではなく、黒い煙のようなものが勢い良く吹き出した。


 キマイラは怒り狂ったように唸り声を上げる。


「グガガアァァァーーー!!」


 その声で空気が震えた。


 キマイラは黒い翼をはためかせて鳥のように宙に浮くと、黒いオーラがキマイラの体を覆う。そのまま陽翔に突進してきた。


 黒いオーラで強化されたキマイラの突進を真面に受けたら、今の陽翔でもかなりのダメージを負う。

 躱してしまえば、自分の後ろで倒れている人達にキマイラが直撃する。生身の人間がキマイラの攻撃を少しでも受けてしまったら、人間の体なんて木っ端微塵になってしまう。

 そんなことはできないし、させない。


 陽翔は剣を構えた。


(倒すしかない)


 柄に填め込まれた赤い宝玉が光を放ち、青い炎が剣に纏う。

 そして、一閃。

 火焔が舞い上がると、キマイラの体は真っ二つになった。キマイラの体は燃えて消滅する。


(終わった……)


 陽翔は剣を納めて、絆星姫の元へふらつきながら向かう。


 考えるべきことは山のようにあるかもしれない。しかし、陽翔が興奮を我慢し続けるのは限界だった。


「マジか、マジか!? 俺、美少女戦士になっちゃったぞ。どうしよう? 夢じゃないよな。女神様、ありがとうございます!」


 鬼気迫る顔で戦っていた戦乙女の姿はもうなかった。陽翔の頬は緩み、完全に気が抜けている。

 憧れの美少女戦士になったのだから仕方ないのかもしれない。


 すると、変身が解けて、元の陽翔に戻ってしまう。


「…… あれ? 急に眠気が……」


 初めての変身で力を使い果たした陽翔はその場に倒れて眠ってしまった。
















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