第2話 女神との邂逅
絆星姫の悲鳴が聞こえたのは不死崎公園の方だ。
公園に着くと、陽翔は愕然した。
大勢の人が公園で倒れている。意識を失っているようだ。
(絆星姫はどこだ? いた!)
絆星姫の横に希も倒れていた。
絆星姫の元に駆け出そうとしたが、陽翔は足を止める。
陽翔は空を見上げる。
「なんだあれは?」
上空から大きな塊が落ちてくる。
公園の中央にある噴水にそれは落ちた。
その衝撃で噴水は破壊され、辺りに水が弾け飛ぶ。
「ウソだろ」
陽翔は震えた声で言った。
陽翔が目にしたのは化物だ。
体長は五メートルほどある。頭部は二つあって、片方は獅子、もう片方は山羊。胴体は緑の毛に覆われた筋肉の塊で直立した化物の体を支える両脚は巨木のようだ。両手には人の体を簡単に突き刺せるような鋭い爪が生えており、背中には黒い翼があった。
陽翔は化物を見て呟く。
「…… キマイラだ」
キマイラは空想上の化物で、現実には存在しない。
すると、キマイラは近くに倒れている大人の男性を掴み、獅子の口を開けた。人なんか簡単に噛み潰せる巨大な牙がずらっと並ぶ。
( まさか……)
キマイラは男性を口の中に放り込んだ。
一気に口を閉じると、グシャグシャ、バキバキという残酷な音が辺りに響く。閉じた口の隙間から血が溢れ出し、もう一度口を開く。
陽翔は吐き気を催してその場に吐いた。
(ヤバい、死ぬ。早く逃げないと!)
しかし、陽翔は逃げるわけにはいかなかった。
絆星姫と希を助けなければならない。
陽翔は絆星姫の元へ走った。
横目で見ると、キマイラは周りの人たちを食べることに夢中だ。
キマイラの足下には真っ赤な池ができていた。何もできない自分に腹が立って、唇を噛み締める。
最初に絆星姫を背負った。
二人を一緒には運べない。絆星姫を公園の外に運んだら、次は希を運ぶ。
(よし! 外に出れる)
と思った瞬間、陽翔は後退った。
目の前にキマイラが現れたからだ。
キマイラは容赦なく鋭い爪で陽翔を襲う。このままだと陽翔が背負っている絆星姫まで――
陽翔は咄嗟に絆星姫を突き飛ばした。
そして、グシュッという音が自分の体の真ん中から聞こえ、今までにない痛みと体がバラバラになるような衝撃を受けて、陽翔の視界は真っ暗になった。
◇◇◇
八歳になったばかりの陽翔は自分の部屋に閉じ籠っていた。目は真っ赤に腫れていて、膝を抱えて座っている。父親が話し掛けても外に出ようとしない。
陽翔は失意の底にいた。
母親の
陽翔の部屋に女の子が入ってきた。
女の子は赤いマスクを付けて顔の上半分を隠している。しかし、陽翔にはその女の子が誰なのか直ぐに分かった。
女の子は陽翔の前に立って、力強く叫ぶ。
「美少女戦士マジカルクイーン参上!!」
美少女戦士マジカルクイーンは女の子に大人気の変身ヒロインだ。正体は普通の女の子で大好きな人たちを守るために戦う。
「お前、絆星姫だろ?」
「絆星姫って誰? 私はマジカルクイーンよ」
「マジカルクイーンでもなんでも良いから、俺の部屋から出てけよ」
「いや! 陽翔が外に出るまで出ない。私は陽翔の傍にずっといる」
絆星姫は陽翔とくっつくように座る。
陽翔は鬱陶しくて絆星姫を無視していた。邪魔者扱いもした。それでも、絆星姫はいつも黙って陽翔の傍にいた。
そんな日が毎日続いた。
いつからだろう?
絆星姫の優しい温かさを感じるようになったのは――
(俺は絆星姫に救われた)
◇◇◇
陽翔は目を覚まして起き上がる。どうやら昔の夢を見ていたようだ。
白い砂地の上に立っていた。白い砂地はどこまでも広がり先が見えない。上を見上げると、満天の星がきらきらと輝いていた。
不思議な場所だ。
「どこだここは」
「目を覚ましましたね」
いつの間に現れたのか、白いドレスを着た金髪の女性が自分の目の前に立っていた。
優しく笑って陽翔を見ている。とても綺麗な人で神秘的な雰囲気があった。どこか懐かしい感じもする。
「はじめまして、陽翔。人間から私は女神と呼ばれています」
「は? なに言ってんだ?」
「そして、ここは私の神界ウルド。あらゆる世界の時が集まる場所です。陽翔、私があなたを呼びました」
「俺を呼んだ? 待ってくれ、俺は……」
混乱していた頭が落ち着いてきて、さっきまでのことをはっきりと思い出す。
陽翔はキマイラに貫かれた自分のお腹を触った。
(傷がない? 俺は死んでいないのか?)
「あなたはまだ死んでいません。私があなたの死を止めています」
「じゃあ、あなたは本当に女神…… どうして俺をここに呼んだんですか?」
「闇の災いから人々を守ってもらいたいからです」
「闇の災い?」
陽翔は知らない単語に首を傾げた。
「あなたを襲った化物のことです。あれも闇の災いの一種です。陽翔には魔物と言えば分かりやすいでしょうか」
「つまり、あの魔物と戦えってことですか?」
「…… そうですね。これを受け取って下さい」
女神は陽翔に手を向けると、陽翔の右手首に光の輪がはまる。
やがて光は消えて、光の輪は美しい白色のブレスレットになった。良く見ると、ブレスレットには剣の模様が刻まれている。
「これはヴァルキリーと呼ばれる
「じゃあ、これを使えば、絆星姫たちを守れるんですね?」
「キマイラ程度の魔物でしたら、あなたが使えば問題なく倒せます。…… ですが、陽翔、良く考えてください。今なら私の力であなただけ救うことができます。この力を一度でも使えば、これから先、闇の災いと戦い続ける宿命を背負うことになります。それでも戦いますか?」
陽翔は大切な人を失う悲しみと絶望を知っている。その両方から自分を救ってくれたのは絆星姫で、陽翔にとって絆星姫は大切な存在だ。絶対に失いたくない。
それに、誰かの命が無惨に失われていくのも我慢できない。何もできずに大勢の命が失われていくあの瞬間だけは嫌だ。
二度と見たくない。
だから、迷う理由がなかった。
「俺は絆星姫や他の人たちを守るために戦う」
女神は驚いたように目を大きく見開く。
「本当に良いのですね?」
「はい。俺は誰かの命が失われていくのを黙って見ていることはできない」
「そうですか。あなたも――」
「あなたも?」
「いえ、なんでもありません。それと、ヴァルキリーの力を使う時、陽翔は変身することになります。その姿ですが……」
女神は言いにくそうな顔をしている。
魔物と戦うんだ、自分も魔物ような姿になってもおかしくはない。
それぐらい我慢できる。
「陽翔、あなたはヴァルキュリアに変身することになります」
「…… あの神話に出てくる?」
「そうです。半神半人の美しい女騎士です」
「やる!」
「え?」
「むしろ、変身したいです!」
「したいのですか!?」
美少女戦士を愛する陽翔にとっては夢のような話。
人々を守るために美少女戦士になれるなんて。どうして迷う必要があるのだろうか。
「分かりました。変身する時はこの言葉を忘れないで下さい」
『希望の光よ、我に力を宿せ ヴァルキュリア』
「この言葉を言えば、一瞬で変身することができます。ただ、変身後も大きな攻撃を受ければ傷つきます。当然、体力も減ります。命懸けということは決して忘れないで下さい」
「分かりました。他にも聞きたいことが――」
陽翔の言葉が途中で聞こえなくなった。
何度も口を動かすが、自分の声が全く聞こえない。女神にも聞こえていないようだ。
そして、自分の体が強い光を放つ。
「陽翔、どうやら時間のようです。神である私が人間界に直接影響を及ぼすことはできません。今回のことは人間界において闇の勢力がとても強くなっているための例外です。今後、私が陽翔を助けるのは難しくなるので、あなたを手助けする天使を付けます。私に代わってあなたの力になるはずでしょう。…… 陽翔、後は頼みます」
陽翔の体は光となって、この場から消えた。
「どうか人間界をよろしくお願いします」
女神は祈るように呟いた。
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