第3話 5月13日嵐の後に見えるものは…
「嘘で自分を守って、嘘で自分をごまかしてた」
暗いものがひょっこりと顔を出したのを感じて私はあ、と声を出した。
「やめよう。これは今話しても仕方がないことだし、話す必要もない」
「そうだね」
ため息を吐くように音を吐く。
「嘘を吐くしか方法がなかったの?」
彼女の疑問はいつもまっすぐで、嫌になる。
「私ね思うの。嘘を吐くって、悪いことじゃないって。でもね、嘘を吐くと減るものがある」
なにかわかる?
そんなのわかってる。わかっていても、あるべき自分であるためには嘘を吐くことが必要だった。私は弱くて、その嘘が私を強くした。
「あなたにはまだわからないかもしれないけれど、」
「大人みたいなふりしないで」
真冬の空みたいに空気がピンと張りつめた。
「私にだって積み重ねてきたものがある。私が、感じてきたものがある。あなたは自分を守るために嘘を吐けといったけれど、私はそうは思わない。言いたくないなら言わなければいい。言いたくないことを嘘でごまかしても本当のことは何も変わらないよ。もしその嘘が根掘り葉掘り不躾に問い詰めてくるような奴に返すためのものだったらなおさらだよ」
「あなたは、面倒くさいと思わないの?」
どうしてかはわからない。怖いのか怒っているのか、私の声がぷつぷつと震えている。
「そのことを話さなければならない場面に出くわすたびに、私は私をすり減らす気持ちになる。」
「そう思ってるのはあなただけだよ。」
彼女の声は揺らいではいなかった。
「他人はもっと無関心で何とも思ってないよ。あなたがどこで生まれてどこで育って、どんな家庭環境にあってどんな親の元に生まれて、どんな人たちに巡り合ってきたのかなんてただの話題でしかないよ」
「もうやめよう」
「やめないよ。いつもそうやって逃げてきたんでしょう。逃げて逃げて逃げて、その先に何があった?そうやって何が残ったの?」
「どうして逃げたらだめなの?」
「何も解決しないからだよ」
「自分で解決できることなんてたかが知れてる。他人を変えることはできないし、自分が変わることだって簡単じゃない」
「私は変わったよ」
「…そうだろうね」
彼女の影は真夜中でもはっきりとわかるくらいに黒く思えた。
「ずっと思ってた、いつ死んでもいい早く死にたいって。長生きなんてしたくない、いつ死んでも後悔も未練もないってね」
私は今もそう思っている。
「でもちゃんと生きたいと思ったの。今死にそうになったとして、死にたくないって思えるように生きてみたいって」
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