第3話
狭い二階の部屋は以外にも清潔だった。パイプ式のシングルベットが片隅にあるのと、小型の冷蔵庫とガラステーブルが中央に設置されてある。しかし、部屋の片隅には場違いな大きさのサンドバッグが吊るされているのと、床に転がる鉄アレイがあるので、これが小熊のねぐらだと誰でもなるほどなと思うだろう。
雪はガラステーブルの頑丈な椅子に座ると、袋を開け缶コーヒーを無造作に取り出した。飲む前に思い切り何度か振って、蓋を開ける。
「学校にはバレないようにするからさ。誰にも迷惑なんてかけるわけじゃないし。だから、俺がここにいることを誰にも言わないでほしいな。科島は本屋で仕事する人間って、どんな人だと思う?」
私もガラステーブルの座り心地の悪い椅子につくと、袋から缶コーヒーを取り出す。
「本好き?」
雪は頷き。
「なんだ。知っているんだ……」
それから、私は学校を抜け出しては毎日のように古書塔へ赴いた。
説得するためではなかった。
説得されるためだった。
「本はなんで好きな人がいるかというと……」
彼の目はくりくりとしている。
「時代にも強いんだ。本の内容の移り変わりは、文化が移り変わることだと思う……」
彼の背は私と同じだった。
「やっぱり、そうだろ。本は紙の束のようで、全然そうじゃないんだ……集中して読んでごらん。不思議な体験をするんだ」
彼が……。
雪の顔がドアップだった。
何度も何度も雪に会いに古書塔へ赴いては。説得をされていた。
後ろには古書塔の古びた壁がある。
嗅ぎなれた古本屋独特の本の匂いは、私の一部になっていた。
彼は、私の体を覆うように壁に両手をついていた。まるで、私を逃がすまいとしているかのようだ。
彼の目を見つめながら私は震えながら口を開ける。
「電子書籍はどうなの?」
「あまり知らないんだ。読んだときがなくて……」
私と雪はいつもこうだった。
お互いに共鳴しようとすると、必ず衝突をする。
弱い衝突のはずだ。
けれど、何かが決定的に違っている。
ただ、私たちは本当の電子書籍と本の魅力を、お互いに知らないだけではないだろうか?
「それじゃあ、賭けてみよう。この町の人たちに、どっちが魅力的か比べてもらうんだ。今でもここには、たくさんの人たちが本を売りに来てくれる。その半分でも電子書籍がいいっていう人がいるなんて、有り得ないかも知れないけどね」
お互い好きなはずなのに、何故かすれ違う。
時代と文化。
古きものと新しきもの。
これからとこれからも。
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