第8話 その日少女に翼が生えた

 七瀬ことりが水城秋に出会うまで。




私は昔から自分の声がコンプレックスだった。それはか弱くて小さく相手に聞きづらい声で…私は強い女の子に憧れていたのもあってそんな私にはこの声は要らないに等しいもので小さい頃からあまり積極的に話せなかった。それは中一の頃。

「パパ、ママなんでことりはこんなに声が小さいの?」

 パパもママも2人して言う。「良いじゃないか声くらい」

 声くらいそんな親からの言葉は子供の私には強く聞こえそれからは今までよりは気にしなくなっていった。それは中学2年バスケの県大会。私は2年生ながらレギュラーに選ばれていて試合終盤のことだ。それは県大会の2回戦で今までの実績は最高で2回戦止まりと今までの結果を塗り替える大きな試合だった。

55対57の後半残り1分。私たちはどうしても逆転の3ポイントが欲しかった。

残り時間が少なく相手の攻めが続く、オフェンスだった私も下がりボールに食らいついている。そんな時3年生の先輩がボールを奪うことに成功。多分これがラストチャンス!私は走りすぎて血の味がする口を精一杯我慢する。私はスリーポイントギリギリの位置まで走りパスを要求。

「先輩っ!!!こっち!!!」

 でもその声は届かなくて先輩はゴール下でパスを要求している先輩にパスをした。そして受けた先輩はきちんと決め試合が終了。57対57の引き分けだった。

 その後の試合終わりずっとそのことで頭がいっぱいだった。あの時もし私の声がもっと張れていたら…でもその時はキツかったから声も出なかっただけだろうと片付けられる。しかし帰りのバスで最後パスを出した先輩は私にこう言った。

「なっちゃん。最後きつくて呼ばなかったでしょ、いやー最後なっちゃんに出しとけばなー」

 そう言う先輩は悪気はない。私もとても尊敬してて大好きな先輩だったから余計に傷ついてしまう。

 そしてその日また七瀬ことりは自分の声が嫌いになった。そのことはいつも1人で抱え込むばかりで。

高校入学式当日私は彼に出会った。水城秋くんこの子の声はどこか自信がなく凄く私に近いものを感じた。その日私がバスケ部の雰囲気を見にいって帰ろうとした時水城くんと知らない女子生徒しかも先輩と図書室に入るのを見てしまう。私は何故かムカついた。そして私は盗み聞きしてしまう彼らの約束をこっそりと。



 私は全貌は秘密にして声がコンプレックスでそこから水城くんを気になり2人のひみつを聞いてしまった経緯だけを話した。

 目の前に座る2人はもちろん驚いているそれは紛れもなく聞いてしまったことに…と思っていた。でも彼は違ったのだ。

「七瀬さんが声にコンプレックスか…意外だな」

「え?それは…どういう」

 私は戸惑うまさかそっちを先に話すとは思わなくて

「いや…声くらいって僕は思ってたから」

 でもその言葉を聞きまたそれかと裏切られた様な気持ちになる。

「でもさ…僕は七瀬さんの声いいと思うよ」

 声はいいそんな同情はもう聞き飽きた。

「だってさ…ことりっていう名前に似合ったいい声だと思わない?」

「そんなこと…な‥」

「いやあるよ!七瀬さん知ってると思うけど最近田中元気って名前の友達ができてさ。そいつなんて自分が名前通りすぎて悩んでたんだぜ?」

「あいつが…そんな事で」

 そんな事。ふとした時に飛び出したその言葉は裏を返せば自分の悩みもそんな小さな事と捉えることができる。そう気付かされた時一気に肩の力が抜けていくのを感じたと同時に小さい頃の思い出がフラッシュバックした。

 それはあの日父と母に声の悩みを相談した時のこと。

「良いじゃないか声くらい」この言葉には続きがあった。

 それは笑顔の母から。

「あのね?ことりが生まれる時名前を全然決められなくてね。私もパパもず〜っと悩んでたの。でもね生まれた時にパパが叫んだのよ?ことりだ!ことりだー!って後で理由聞いたらことりの鳴き声が小鳥みたいだったって。おかしいと思わない?でもねパパもママもことりがことりでいる限りこの名前が大好きだしこの声だって大好きなの。いやそれ以上にことりの全部を愛してるの。だからね嫌いだなんて言わないで?」

 私はいつの間にか大粒の涙を浮かべていた。何故あの日あんなにも嫌いだった声を気にしなくなったのかそれは諦めたんじゃなかった。その理由を知り納得できたからだったのだ。私はそれを気づかせてくれたこの子に感謝しなきゃと思った。私だけの声で私らしく。

「ありがとう!私やっぱり今日は帰るね!それと絶対に2人のことは言わないからこのことも誰にも言わないでね!3人の秘密だからね!」



 私はそれから勢いよく家に帰って母と父に伝えた。

「私。ことりで良かった!」と。

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