第5話 僕の家族は世界一
それは僕がまだ僅か8歳の時のことだ。僕は生まれた頃からあまり体が強い方ではなく家で本ばかり読んでいた。父からはよく「外で自転車でも乗るか?」なんてことをよく言われたが僕は断っていた。父はそれに露骨に残念がるが母はそんな僕を何も残念がることはなかった。僕は母に似ているとよく言われていた、見た目も好きな事も。そんな三人家族はあまりお金に裕福ではなかった。むしろ貧乏でそれでもそんなこの家族を僕は一ミリだって嫌なんて思った事はなかった。でも人生は何が起こるかわからない、それは唐突にやってきた。僕はその日体調が急に悪くなり病院に行った。でもこんなのはよくある事だった。いつも通りの先生といつも通りの検査で薬をもらう…その流れは今回は少し違った。目の前には大きな機械だった。その頃の僕の2倍はあって今でも怖いと思う。そしてその機械は僕の周りを赤いセンサーを放ちながら音を出し、動き出す。そして数分後、音がなり終わり1人だけだった、部屋の一室にいつもの先生が入ってくる。そんな先生の名前は梅澤先生といい『梅ちゃん先生』なんて地元では呼ばれているくらい、優しい感じの30代半ばくらいの短髪が似合う笑顔が爽やかな先生だ。「…お母さんのとこ行こっか」そういう梅ちゃん先生はいつもの爽やかな笑顔はなく苦笑ぎみだった。「うん」僕はそう一瞥し先生の後ろをついていく。それから母のいる診察部屋に先生の後に続けるように入った。そして母と先生がいつも通り喋っている間、聞いてもわからないのでただただ話し終えるのを待っていた。今日の話は長く、母が手に力を込めるのが見えた。「…えぇですので、10年持てば言い方かと…」その言葉に僕はというと。
「え!10年経ったら梅ちゃん先生やめちゃうの?」
その時その場に沈黙が走り、慌てて、
「え、ちがった?ごめんなさい…おはなし聞いてなかったの」
それでも沈黙が走っていて僕は慌てて尋ねた。
「…お母さん、どうしちゃったの?」
そしてお母さんを見ると大粒に涙を目に溜めながら歯を食いしばっていて
「ごめんなさい!人のおはなしはちゃんと聞くっていつも言われてるのにごめんなさい」
僕はひたすらに謝ってそれに先生は無言のままで
「いいのよ。秋は悪くないわ。ほら!今日も飴もらって帰りましょ」
そういう母はカバンからハンカチを取り出し、涙を拭う。それから母は僕と口をあまり聞かなかった。すごく辛そうで僕を避けているようで…。それは僕にとって初めてで全てを否定されているような気持ちになった。それでも父は変わらなかった。
「秋、外でサッカーするか」
動きたくない 普段はそう言う僕だったがその時は父も離れてしまったらという恐怖が全身に走る。
「…いく」
そう答えたのが意外だったのか父は返事に困ったがすぐに表情を変え
「そうか!じゃあ行こう」
案外、楽しいものだった。それからというもの僕は父とよく公園で遊ぶようになり逆に本を読んだりをしなくなった。それにより母とを結ぶ厚いものが少しだけ剥がれるような気がした。
そしてそれは唐突に起きた。母が倒れたという知らせが梅ちゃん先生から電話がきた。その日僕は小学校を早退することになり父の迎えで病院に向かった。
「梅ちゃん先生。ママどうなっちゃうの…?」
「実は前々から病院の方には通ってたんですけど…簡単に言えば乳がんですね…」
すると普段は優しく笑顔を絶やさない父の表情が固くなっていた。僕はそんな父の表情は本当に初めてで胸が苦しくなった。
「…そんな…。真由美はなんでそういうのをいつも1人で抱え込むんだ。大体秋のことも…くそっ!!!!!!」
僕はびくりとした。それと同時に聞いてしまったのだ。それが家族の厚いもの全てを溶かす熱になるなんて…この時の僕にはわかるはずもなく…。
「パパ…どういうこと?秋もにゅーがんなの?」
「っ…!違う。お前はな…いや何でもない」
その時の父は隠すようにそれ以上口を開かなかった。
でも僕は薄々気づいていた。10年もてば良い方…そんな梅ちゃん先生の言葉。母が何かしらの病気になって秋だって…という父の言葉。ここまで揃えば誰だってわかるのに僕は何度も避けているのだ。ある日は母から「大事な話がある」と言われても好きでもない公園に走って行ったり僕はその事から逃げてきた。でもそれは唯の時間稼ぎに過ぎないのだ。僕はその日母が目を覚まし父と3人の病室で全てを聞いた。僕が不治の病という名のハズレくじを引き10年持てば良い方だということ…。そして母のがんは転移していて治療しても厳しいということ‥。
そして母はその時真剣で言葉を一つ一つ丁寧に紡ぐように放った。
「私の治療…代より…秋の治療‥を優先…させ…ごほっ!」
その時の母は苦しそうで見てられなかった。泣きながらそれでもそれでも…真剣に唯、言葉を。
「ごめんね‥秋。あなたもあまり迷惑かけたくなくて」
「真由美!もういい!俺が借金してでも」
「…や、やめてよ‥せめて最後くらい心残りを作りたくないわ。それに秋には酷いことをしてしまったのよ。母親失格だね。あれ?何だろなんか泣けてきたな…アハハ」
ようやくそこで僕は泣き出した。最後 という母からの言葉は僕は恐ろしかったのだろう今でも震えが止まらないし夢にだって何度も出てきた。
それから1年もしない内に母は笑顔で僕らを空から見守った。
そして父は酒に溺れ廃人のようになった。あの日母を守れなかった自分の不甲斐なさ…それは親、子供関係なしに辛いものだろう。
そして母に使うためのお金は全て僕に使われている。あれから8年が立ち16歳の高校生。僕は今母に生かされた時間を生きている。だからそれはいつ終わりが来るのかもわからなくて…。
早くそっちに行きたいな…母ちゃん。それは心の叫びだった。母ちゃん‥ごめん。貰った命…すごい怖い…怖いよ…僕もう無理だよ、こんなの怖くて終わりたいよ。僕はいつの間にか学校の屋上に来ていて。もう一歩踏み込めば文字通り死への一歩で。父さんいーっぱい楽しかったよ。特にサッカーなんて無縁だと思ってたのにありがとう、これを直接言いたかったな‥。
これが物語なら最終回のストーリーってやつなのだろう。
「あのね神様最終回のストーリーが決まっているのなら僕は何て幸せ者なの?だってね、あんなにも元気なパパと優しい優しいママに会えたのだから!」
母が言った心残りそれはちょっぴりだけあるけどこの家族に生まれたことがそんなちっちゃな心残り何て消しちゃっていて。
ばいばい…パパ
ただいま…ママ
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