第3話 妖魔と心気
手術中のランプが消え、担当医が出てきた。
「一命は取り止めました。しかし予断を許さない状況です」
「おばさんは治るんですか?いつ目覚めるんですか?」
衣服まで血に染まったあかりが、医師に詰め寄る。
「いつ目覚めるかというのも、お答えできる段階ではありません。最悪の場合ずっとこのままという可能性もあります。そもそも……」
「そもそも、何ですか??」
「生きておられるのが不思議なぐらいの失血量でした。致死量の倍は失血されていました。今は輸血で落ち着かれましたが……。医師としてあまり使わないようにしている言葉ですが……、奇跡としか言いようがありません」
医学では説明できない力のようだ。
「とにかく絶対安静です。集中治療室に移します」
ストレッチャーに付き添い歩きながら、
そうだ、まだ母さんが目覚めたわけじゃない。
安心できない。
病室でさまざな医療機器の装着が完了し、母への処置が一段落した医師と看護師は退室した。
状態は安定したが、今後目覚めるかどうかは医師にもわからないと言う。
「あかり、間違っても自分を責めるなよ」
「うん、わかってる。でも……」
「手に残ってる。おばさんを刺した時の感触。私の、この手に……、この手に……!」
「大丈夫だ。母さんは絶対目覚める。それで元の生活に戻れるよ。だから、頼むから自分を責めないでくれ」
2人は、母の病室で一夜を明かした。
いつの間にかうたた寝していた
看護師かと思い
それは、ここまで付き添ってくれた、あの長身の男だった。
「ごめんね。お邪魔していいかしら?」
あかりも目を覚ました。
「お母さん、どう?」
「はい、一命はとりとめました。でもいつ目覚めるかわからないって……」
「そう……。私がもう少し早く着いていれば、こんなことにはならなかった。無念です」
「あ、あの、あなたは、一体……?」
「申し遅れたわね。私は
「破邪士・・?」
「そう。そして、私たちの敵が、さっきの
「敵が妖魔?すみません、何をおっしゃっているのか……」
「そりゃそうよね。順を追って話すわね。これは、お母さんが目覚めるかどうかにも関わることだから、しっかりと聞いて欲しいの」
母さんの傷の治癒と、この
しかし、これまでの常識では説明できない一部始終を体験した2人は、思わずうなずいていた。
「まず、この人間社会には、妖魔という超常の生物が存在する。生物といっても、人間にごく近い存在。古代から、この地上の覇権を人間と争ってきた種族です」
「彼らは見た目は人間と変わらない。そして心も、妖魔の多くは自分を人間と信じて疑っておらず、人間社会で生活している。というか、九分九厘の人間には普通、妖魔の血が混ざっている。要はその血の濃さが、妖魔と人間を分ける基準」
「例えば、昨日の
「うぅぅ・・・」
思い出したのか、あかりが顔を伏せる。
「妖魔の血が混ざっていること自体は、いたって普通のことなの。妖魔は古来人間社会への浸透を企て、人間との混血を進めてきた。今では純血の人間なんて100万人に1人しかいない。99%以上の人間が、濃度にして5%以内の妖魔の血を待つと言われています」
「そして私たちが“妖魔”と呼んで敵としているのは、その血が濃い者たちのこと。妖魔は人間を憎み、殺し、根絶やしにし、人間社会を転覆させ、妖魔社会を築こうとしている。血が濃い者ほどその目的を自覚し、人間を攻撃する。その基準は個体差があるものの、概ね濃度30〜40%以上の血を持つ者」
あまりに信じ難い話だが、
「妖魔は一般に、血が濃くなるほど、目的意識、残虐性、身体能力が高くなり、妖力も上がって、特殊な力を操る者もいる。たまにこの法則から外れる個体がいたり、濃度が極限までくると、血の濃さだけで妖魔の強さは説明できなくなるけど、基本的には当てはまる」
「私たち破邪士は、そんな妖魔から人を守り、社会の維持安全を担う組織。その武器となるのが、
「はい」
「あれが
「心気は強いエネルギーで、使い方によって様々な効果がある。
一連の説明を受け、初めは信じられない気持ちだったが、現に自分が光の弾を発し催魔を攻撃した記憶が生々しく、意外にすんなりと理解できた。
あかりもうなづきながら聞いている。
「ここまでで、何か質問はある?」
あかりが尋ねた。
「おばさんの傷は、常人では助からない状態だと医師が言っていました。あなたが使ってくれたその、“心気”と、何か関係があるのですか?」
「いい質問だね、あかりちゃん。今説明しようとしていたところよ。お母さんには確かに、私が心気で応急処置しました。但しこれは外的な処置で、止血に過ぎない。お母さんを保たせたのは、妖魔の血と思われます」
「!!!」
「といっても、お母さんは妖魔じゃない。血があるといっても微量で、至って平均的、むしろ少ない方。しかし、
「じゃ、じゃあ母さんは、治るんですね?目覚めるんですね?」
「おそらく。ただ目覚めさせ方については、私にはわからない。というのも、どうやらお母さんは今もまだ、妖魔の血が活性化している状態と思われる。だから傷はこのまま、というよりすごい早さで回復していくと思う。ただその状態で昏睡した人間が目覚められるかについては、私は事例を知らない。言わば人間としては一度生を終えているとも言える状況だから……」
「ということは、目覚めたとしても、母さんは妖魔に?!」
「それはない。お母さんの妖魔の血の濃度は、おそらく2〜3%。そんな微量で常から妖魔の状態でいることは、絶対にない。だから、目覚めさせるためには、何かきっかけが必要なんだろうということなのよ。きっかけがないと、このままずっと眠ったままなんじゃないかということ」
「あぁ……!」
あかりが顔を覆い、再び号泣しはじめた。
「おばさんが目覚めないなんて嫌よ! おばさん、おばさん!」
「きっかけがないと目覚めない? きっかけ?」
「そう、私が言いたかったのは、そこよ」
「妖魔自身なら、お母さんを目覚めさせる方法を知っているかもしれない」
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