第2話 催魔《さいま》
アパートに近づくと、敷地前の路上に人だかりができている。
(なんだ?)
急ぎ足で近づいてみると、
「か、母さん!」
手には出刃包丁。目は虚だ。
警官が拳銃を構えている。パトカーの傍でもう1人の警官が無線を使っている。
野次馬は警官から少し離れ、遠巻きにみている。
「う、動くな! 動くと打つぞ!」
明らかにうろたえている警官。
「やめてくれ! 俺の母さんなんだ! 撃たないでくれ!」
「君! どきなさい! 刃物を持っているんだぞ!」
「俺がなんとかします!」
「母さん、母さん、俺だよ、
「ア、アマト‥?」
「そうだよ、
母さんは身体は弱いが、精神はとても強い人だ。
こんな白目を剥いた錯乱状態なんかに、今までなったことがない。
「ア、アマト、
「えっ?」
「こ、ころす、
その時、
「
はっとして
母の顔に正気が戻っている。
「母さん!」
近づこうとした時、
「離れなさい
振り上げた母の右手が、プルプルと震えている。
「逃げるなんて無理だよ母さん! 母さんを元に戻さないと! 一緒に家に帰ろう!」
「できないの! もう、もたない‥‥」
「母さん!」
「へっへっへっ、ここまで粘るやつは初めてだ」
その声はアパートの屋根の上から聞こえた。
髪で顔は隠れているが、長い舌が顔の外まで出ている。
「それっ!」
男が両手を突き出し、指先に力を込めた。
すると
「あぁぁぁ!」
母が苦しみ出し、包丁が振り下ろされそうになる。
「母さん! くそっお前は誰だ! お前が母さんを操っているのか?」
「俺は
「なんで俺を狙う! なんで母さんを使う! 直接俺に来ればいいだろうが!」
「へっへっへっ、念には念を入れてな、それっ!」
再び
「うああっ!」
母がうめく。包丁が振り下ろされそうになったその時、母の左手が
「うっ!」
後ろにふっとんだが、おかげで
しかしすごい力だ。
母にこんな常人離れした力があるはずがない。
「
後ろからの声に振り返る。
「あかり! 来ちゃだめだ!」
「お、もう一匹来たな、それっ!」
その瞬間、あかりは「うっ」と叫び、金縛りにあったように直立し、動かなくなった。
やがて震え出し、口からは涎がしたたり落ちる。
目はゆっくりと焦点が外れてゆく。
「うううううううううーー!」
あかりが奇声を上げる。
「あかりまで! やめろ!!」
「お前が死んだらやめてやるよ」
なんだこいつは? なぜ俺を狙う? なぜ俺の大切な人達を巻き込む? 訳がわからない!
(母親はえげつない意思の力だ。それに催眠に入ってから時間が経ち過ぎて、少し慣れてきてやがる。操りきれねぇ。若い女の方で殺るか……)
するとあかりがものすごいスピードで母の方へ突進し、母から包丁を奪った。
そして包丁を両手に構えた。
しかしその時、あかりの顔にも正気が戻った。
「ダメ!
「ちぃ、意思が戻ったか、どいつもこいつもありえねぇ奴らだ。しかし身体の自由はいただいている。このまま殺す!」
その瞬間、一気に加速したあかりは、包丁を構えて
警官が発砲したが、信じ難いことにあかりは弾を跳ね返した。
しかし、と、
どうやら
自分が死ねば母さんもあかりも解放される。
次の瞬間、
背中を打った痛みで目を開ける。
どこに刺さった?
身体をみても、刺し傷はどこにもない。
顔を上げると、目を疑う光景が飛び込んできた。
「母さん!!」
腹部からおびただしく出血する母。
血まみれの包丁を手に、茫然と立ち尽くすあかり……。
「きゃあああああああ!! わたし、わたし、なんてことを! あぁぁぁぁ!」
泣き叫ぶあかり。
あかりが
母は傷口を押さえながら、
「あかりちゃん、あかりちゃん、私は大丈夫だから、あなたも、
「いやぁぁ! おばさん……、わたし、わたし、いやぁぁ!」
泣き崩れるあかり。
催眠術は解けているようだ。
(なんでこんなことになる! なんで俺の大切な人たちがこんな目に遭わなくちゃいけない? みんな何をしたって言うんだ。許せない! 絶対に許せない!)
みると、絵の具の原色のような、濃い、真っ白な光が
「ハァ、ハァ、君! それを、
誰だかわからない、遠くから届く声。
なんだかわからないけど、なんだってやってやる!
「いけぇぇ!!」
ドンっという音と共に、光は球体になって
まるで大砲のように一瞬だけ軌道が見えたかと思うと、次の瞬間には
「うぎゃああぁぁ!」
苦しむ
そこに長身の男が到着し、
「ハァ、ハァ、怪我人が出ちゃったじゃない、ハァ、ハァ、許せないわ、あんた。今殺す」
「ま、待ってくれ、ま、ま!」
長身の男は光り輝く鎖鎌のような武器を一閃した。
「うぐ! ああああ……」
その身体は急速に腐り、蒸発してゆく。
あたりに一瞬悪臭が立ち込めたが、すぐに消えた。
長身の男がアパートの屋根の上から叫んだ。
「警察! 何してるの! 怪我人がいるんだ! 救急車を呼ばないか!」
「は、はい!」
長身の男は地面に降り立ち、母さんのそばに屈み、手から白い光を出して傷口に当てがった。
「ひどい出血。気休めにしかならないけど、出血のスピードは落ちる。
「は、はい!」
救急車が来るまでの時間が、永遠のように感じられた。
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