破邪の気炎 〜手遅れの世に、人ができる残されたこと〜

@OWL3

天登《あまと》立志編

第1話 プロローグ

天登あまとの母は身体が弱いため、いつも彼に気兼ねしている。


 「天登あまと、気をつけていってらっしゃい。ごはんはお母さんが作れるから、無理に早く帰らなくていいんだよ」

 「ありがとう母さん、無理なんかしてないから。でも今日はバイトだから、ちょっと遅くなるかも」


 部屋のドアを閉め、寝巻き姿の母の残像に後ろ髪を引かれながら、天登はアパートの階段を降りる。


 夏らしい真っ白な雲はすっかり姿を消し、溶き卵を落としたような霞がかった空。

 秋が近い。

 天登あまとは胸いっぱいに朝の空気を吸い込み、学校へ向かって駆け出した。


 「おはよう、天登あまと!」

 幼馴染のあかりだ。


 「おはよう、あかり」

 「今日もお母さん元気?」

 「あぁ、調子良さそうだよ、ありがとう」

 「そう、よかった。今年の夏も暑かったもんね」

 「あぁ、秋もすぐそこだ。一息つけそうだ」


 あかりはよく天登あまとのアパートへ、手伝いに来てくれる。

 家事なんてやる必要もない裕福な家庭ながら、料理も掃除もそつなくこなす。

 素直で柔軟な性格こそ、優秀というのではないだろうか。


 「よーし、席につけー」


 担任の教師が入ってきた。生徒たちはおしゃべりをやめ、一斉に席につく。


 「最近市内で通り魔が出てる話はみんな知ってるなー。学校周辺も警戒区域だから、警察官が巡回してくる。何か聞かれたら協力するように。そんで、暗くなる前にちゃんと帰れよー」


 学校終わりに、天登あまとはバイト先のハンバーガー店へ行く。近くで高校生を雇っているのはここだけだ。


 天登あまとの家は母子家庭なうえ、母が病弱なため、天登あまとは少しでも稼がねばならないと考えていた。天登あまとの学校は県一番の進学校で、バイトしてる生徒はごく一部だ。


 「じゃあ先に上がらせてもらいまーす」

 20時になったので、天登あまとは店長に声をかけた。


 「おぉ、天登あまと君、ちょっと待って、はい、これ」

 店長が名物の特製野菜バーガーを3つ包んでくれた。


 「お母さん、こういうの食べられないかな?」

 店長はよくこうやって、天登あまとにお土産を持たせてくれる。


 「いえ、喜ぶと思います!ありがとうございます!」


 店を出て家路を急ぎながら天登あまとは考えた。

 自分の周りは優しい人だらけだ。

 物心ついた時から父はいないが、母と2人で、なんとかやってこられた。

 これからもやっていける。

 天登あまとは、自分は幸せだと感じた。


 「ただいま!」

 玄関というにはあまりに小さい土間区切りには、きれいに揃えられたピンクのスニーカーがある。


 「おかえりー!」

 あかりだ。


 「あかり、来てたのか!」

 「あかりちゃん、掃除してくれて、夕ご飯も作ってくれたのよ。いつもありがとう、あかりちゃん。本当に助かります」

 「何言ってんのおばさん、もう17年越しの付き合いだよ、水臭い水臭い」

 「あかり、家は大丈夫なのか?もう遅いよ」

 「大丈夫、天登あまとの家に行ってるってちゃんと言ってるから。うちのお父さんもお母さんも、天登をすっごく気に入ってるもん。大丈夫大丈夫!」

 「ご両親にも、くれぐれもお礼言っておいてねあかりちゃん」

 「はいはーい!おばさん気兼ねしなくて大丈夫!わたしの目的には、天登あまとに勉強を教えてもらうことも入ってるんだから」


 あかりの底抜けの明るさは、暗くなりがちな母子の暮らしにとって、太陽のようだ。

 「じゃあ3人揃って、いただきまーす!」


 「あかりちゃんの野菜炒めおいしいね」

 「こればっかりですみません・・」

 「毎回味変えてるじゃん、どれもうまいよ」

 「えへへ」


 とりとめもない会話が途切れた時、あかりが言った。

 「おばさん、さっきの宅配の人、ちゃんとお届けできたかな」

 「そうだね。なんか全然違う住所の持ってきて、ここですか?って、ちょっと変だったね」

 「どういうこと?」

 「このお家じゃありませんよって言うと、この住所どこかわかりませんか?って聞いてきたの。それが字なのか記号なのかよくわからなくて、見てると、なんだか頭がクラクラしてきて‥‥」

 あかりが説明した。

 「そうそう、お母さんも見たけど、あれ本当に住所なのかな?みたあとしばらくぼーっとしちゃった」

 「新手の詐欺?催眠術使ってみたいな‥」

 「あらやだ、うちなんか狙っても何にもないのに」

 「何か騙そうとか盗ろうとか、そんな感じじゃなかったよね。わからないって言うとすぐ帰ったし」

 「でも物騒だな。母さんやあかりだけの時は、本当に気をつけてくれよ」

 「はーい」


 2人が声を揃えた。

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