第13話

 描いた端から絵を模写してもらい、模写した方の絵を見て、職工達と離れのみんなに作ってもらった。

 なんでわざわざ僕が描いた絵をもう一度描き写すのか、みんな不思議に思ったが、言われた通りやってほしいとお願いして続けてもらった。

 出来上がった順から、使い方を女官や、身体の動く離れの住人に、僕が触らないようにして口頭で教えていった。

 椅子や高さのあるベッドはどうしても嫌がる人が多かったが、後でヒメコ様から直接使ってもいいと言ってもらうように、アスカにお願いした。

 多くの品が完成して、それぞれ必要な人に使い方を教え終わった時は、既に日が傾きかけていた。

 迎賓の間に戻り、アスカがヒメコ様のところから戻ってきた。

 ここからアスカに全部話をして、この世界を離れなければならない。

「リョウ、お疲れ様。リョウのおかげでみんなががんばってくれて、とてもたくさんの道具ができたわ。ここのみんなのために、本当にありがとう。みんなの分もお礼を言うわ」

「いや、そんなお礼を言われるほどのことではないよ。大学を出たらきっとこんな仕事に就いているから、練習にも勉強にもなったし。お礼を言うのは僕のほうだよ」

 ここに来たから、会えたんだし。

「今日は疲れたでしょう?少しご馳走を用意するから、それを食べてゆっくり休んでくれる?そして、明日また作ってよ」

 アスカ、もう僕はもう関わってはいけないんだ。僕が作ったものはなくなっちゃうから。明日の朝早く、この世界を離れるよ。

 どうやって伝えようか。

「今日は相手も攻めてこなかったし、このまま何事もなく、静かに暮らせたらいいのにね。リョウも、その、一緒に、ずっとここに居てもいいのよ」

 そう言って自分で顔を赤らめているんだから。デレの一人ノリツッコミだ。

 こんなにしんみりしているのは僕だけか。アスカの顔を見ていると、なんか落ち込んでいる自分がバカみたいに思えて、吹き出してしまった。

「ちょっと、何を笑っているのかな?イマミヤさん。私は恥ずかしいんですけど」

 マズイ、反撃の合図が出てる。

 ようし、今だな。

「アスカ、ちょっと話があるんだけど、いいかな?」

「え、人の話聞いてた?これからご馳走だって言ったでしょ」

「うん、それはとてもありがたい。お礼を言います。でも、その前に話さなきゃならないことなんだ」

 アスカが勘違いしなきゃいいけど。

「なあに?何の話?」

 勘違いなどではなく、これから何の話をするかわかっているというような、真面目な顔つきになっていた。

「僕は今夜ここを離れて、元の世界に戻ることにしました」

 アスカは俯いたまま、目も合わせず聞き返してきた。

「どうしてか、理由を聞かせてくれる?」

 一旦深呼吸をしてから、ゆっくりと説明した。

「車椅子や絵が消えたのは、僕が作ったものだからだと思う。」

 アスカは一言も言わない。全ての説明が終わるまでは、何も言わないだろう。

「前に来た時に、僕が包帯を布で作ってナガスネの肩に巻いたけど、僕はその次の日に向こうに戻ってしまった。ナガスネは次の日にその包帯を外して無くしてしまった」

「離れの女官が言うには、その後多くの人に包帯を作って巻いたが、それは問題なかった」

「向こうの世界から来た僕が、この世界に何かを持ち込んだり、何かを作ったりすると、あとの歴史が変わってしまうから、こんなことになっているんだと思う。だから、絵を描き直してもらってから作らせたんだ。きっと自分達で作ったものは残ると思う」

「そんなの」

 ここでアスカが口を開いた。

 僕の説明はまだ終わっていないが、結論が見えたのだろう。

「そんなの、正しいかどうかわからないじゃない。たまたま、そうなっただけかもしれないし」

 アスカは本当に聡明だ。

 確率として考えれば、僕の説明は、何の証明も成り立っていない。

「そもそも、リョウがここに来たこと自体、説明なんかできないじゃない。だったら、今の話だって説明なんかつかないわ」

 そうなんだけどさ。その通りなんだよ、アスカ。でも。

それでも僕は、できるだけアスカ達の役に立つ方を選びたいんだ。もう僕がここに残る意味は、ない。

「僕が、この時代にいること自体が、エラーなんだ」

 二人とも答えなんてわかってしまっている。そして、その答えは一つしかないことも。

「どうしても、行くの?」

 長い沈黙の後、アスカがポツリと言った。

 既に決まっている選択肢を選ぶのに、とても長い時間がかかった。

「うん」

「そうよね。初めからそうなんだものね」

 アスカが涙声になってきた。

「私が勝手に、思いを巡らせただけだものね」

 いいや、君だけじゃないよ。

「初めだけだったら、びっくりしただけで終わったのに、2回も来るんだもん、期待しちゃうじゃない」

 笑ってはいるが、目に涙が溜まっている。

「期待させておいていなくなるなんて、ひどいよ」

「うん」

 溜まった涙がこぼれ落ちるのを堪えきれず、アスカは手で目頭を抑えた。

「ひどいよ・・」

「うん」

「私のことも、忘れちゃうの?」

 僕は、何も答えられなかった。何か言おうとすれば、きっとアスカと同じようになってしまうから。

 もう何も言えなくなってしまった二人のいる迎賓の間も、日が落ちて暗くなっていくのがわかった。段々と、お互いの顔がはっきりと見えなくなってきている。

「明日でもいいのよね。朝早く、出かければいいんんでしょ?」

 アスカが先に沈黙を破った。

「まあ、そう言うことになるかな。またあの神社に行けば、元の世界に帰れると思う」

「じゃあ・・」

「今日はこのままここに居てもいい?」

 このセリフは、僕から言わなければいけないセリフだろうよ。後で将馬に知れたら、こっ酷く叱られるような気がする。

 そんなどうでもいいことを考えながら、返事をした。

「はい、お願いします」

「何よ、それ」

 僕の返事を聞いたアスカが、まだ涙は流しているけれど笑いながら言った。顔は見えにくくなってきたけれど、涙が時々反射して綺麗に光る。

「なんか、泣いたらお腹すいちゃった。リョウもでしょ?」

「うん、そうだね。なんか食べたくなってきた」

「では、料理をここに運んでもらうわね。リョウはこの部屋から出なくていいから」

「ありがとう。お言葉に甘えるよ」

 アスカが迎賓の間を出ていった。残された僕は、アスカに悟られないように、静かに涙を流した。

 しばらくしてから、アスカとユキが、二人分の料理を持って部屋にやって来た。

 アスカは少し表情が戻ったようだったが、ユキの顔が晴れないように見えた。だんだんと部屋が暗くなってきたから、そう見えたのかも知れない。

「ユキ、ありがとう。あとは私がやるから、下がっていいわ」

「はい」

 ユキは、アスカに言われて一旦返事をしたが、そのあと言葉を付け足した。

「リョウ様は、明日またここから離れられるのですか?」

「ユキ!さっき説明したでしょう」

「でも・・」

 ユキも悲しんでくれている。

「うん、そうだね。もう一度ここに来られるかは、もうわからないけど、あとは君がみんなの手当てをしてあげてください。ユキ、本当に今までありがとう」

「リョウ様。アスカ様」

 ユキはそう言ったきり、部屋を後にした。

「さあ、ご飯にしましょう!今日はヒメコ様のお気持ちでごちそうなのよ!」

 今夜は普段の穀類に、魚と鶏肉が付いている。古代はタンパク質があまり摂られていなかったと解剖学の授業で聞いたような気がする。だから皆、骨格が小柄なのだと教授が話していたのを思いだした。

「二人でご飯を食べるのは、初めてかもね」

 確かに、ここではみんなで食べることが一般的のようで、賑やかに食事をしていた。向こうの世界では、家族と一緒に食べることもめずらしく、一人で食べることの方が多かった。

 ごはんは、みんなで食べた方が楽しい。ここに来て、初めてそのことを知った。

「アスカは、料理は得意なの?」

 唐突に聞いたせいか、アスカがキョトンとしていたが、急に得意げな顔になった。

「何言ってるの!この料理は私が作ったのよ!昨日から下ごしらえしてたんだから!」

「えー、そうなの?」

 意外な事実に、僕は本当に驚いた。

 これだけ強くて、優しくて、料理もできて、何でもやっちゃうんだから、いいお嫁さんになるよね。

 僕はそれを見届けることもできないし、僕がその相手になるなんてことも、あってはならないことだし。

 誰が相手であれ、君は幸せになってほしい。アスカ。

「何してるの?さあ食べましょう!いただきます!」

 アスカに促されて、僕はアスカが作ったと言う料理を食べた。こんな世界でもなければ、女子が作ったご飯を食べる機会なんて、無かったんじゃないかな。

「おいしい!」

 どこかで食べたことのあるような味がした。どこだったかは思い出せないが、微かに懐かしさを感じる味だった。素朴な素材でシンプルな味付けだったが、ヒメコ様からいただいた食材だと言っていたから、こちらではかなり奮発したものなんだろう。

「本当?」

 料理をほめられてしおらしくしている様子は、きっと向こうの世界でも共通なんだろうな。彼女なんてものがいたら、こんなやり取りができただろう。

 僕にはもう縁のない世界だけれど。

「うん、おいしい」

 これ以上、あまり深入りしない方がいいんだろうな。

 朝早く出発したら、それで終わりだから。

「ねえ、もっと食べて食べて!」

 ほめられたことに気を良くしたのか、アスカは僕におかわりを迫ってくる。僕は食が細い方なので、普段からあまり量を食べられない。夕飯なんて、何ならなくても良いくらいだ。

 それでも、アスカがあんなにニコニコして勧めてくると、無理して引き受けざるを得なくなる。

「わあ、リョウってたくさん食べる人なのね!それなら作りがいがあるわ」

 いや、これ結構無理してるんですよ・・。

「描き写してもらった絵は、あのまま残ると思う。一度作ってるから、次はそんなに手間じゃないはずだ。あの職工さん達なら」

 急に話を変えたので、アスカも真剣な顔つきになった。

「わかったわ。写した絵の通りに作ればいいのね?」

「うん、長さの合わせ方も一通り教えたから、大丈夫だと思う」

「また消えたりしないかしら」

「写した絵は、もう僕の絵じゃないから大丈夫だと思うよ。みんなが記憶しているのは問題ないみたいだから」

「私の記憶の中には、残るのね。リョウのことは」

 アスカの言葉に、僕は返事ができなかった。

「もう夕餉はいい?下げてもらおうか」

「うん」

 アスカはユキを呼び、下膳するように指示した。

 ユキの作業が終わり部屋を出ていくと、そこにはまた沈黙が訪れた。

夜も更けて来た様子で、庭の篝火のわずかな光だけが部屋に差し込んでいた。

「リョウ」

 アスカが細い声で僕を呼んだ。

「そっちに行ってもいい?」

「うん」

 またアスカから言わせてしまった。でも今回は、僕から言おうとしていたんだ。ホントに。

 アスカが僕の横に来て、肩をくっつけて壁にもたれかかって座る。

「なんか、夢のような話だったね」

「そうだね。僕はどうしてこっちの世界に来たんだろう。僕の時代の技術でも、説明できないんだよ」

「そうなのね。みんなができるわけじゃないのね」

「うん。こんな話、誰も信じてくれないよ」

「そうなんだ。じゃあ、私は当たりかな」

「なんで?」

「リョウに会えたから。来てくれた人がリョウで良かったから。リョウじゃなきゃ」

「リョウじゃなきゃ、嫌だったから」

 そう言うと、アスカは僕の胸に顔を埋めた。

「アスカ」

 今度ははっきりと声に出して伝えることにしよう。

「僕も、アスカに会えてよかった。アスカがよかった。好きです」

「リョウ」

 その姿勢のまま、ゆっくりと時間が過ぎていった。

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