第12話
僕に揺り起こされたアスカは、パッと目を覚ました。さすが目覚めが早い。
「え、消えちゃったの?」
「うん。あった場所からは無くなっている。」
「私は・・、私も眠っていたのね。ごめんなさい、リョウ。話をしていたらとっても気持ち良くなって、本当にごめんなさい!」
「いいや、アスカのせいじゃないよ。僕が寝ずに見ていなきゃいけなかったんだから」
「でも・・」
「もう少し明るくなったら、本殿の中や庭を探してみよう。眠っている間に誰かが移動させたかもしれない」
「そんな・・、うん、わかったわ」
やはりこの世界に存在しないものは、消えてしまうんだろうか。二人とも眠ってしまって、認識する人がいなくなったから消えたんだろうか。
今となっては、どちらが理由かわからない。本殿内を探してみるのが先だ。
「リョウ、昨日描いた絵が残っているなら、もう一度作れないかなあ?」
そうだ!絵のことを忘れていた!
絵は残っている?本当か?あの絵だって僕が書いたものだから、この世界にはなかったものだ。
「アスカ、僕が書いた絵はどこに置いた?」
「うん?あの絵なら、離れに置いたままなんじゃない?」
「そうか、わかった。離れに行ってみよう!」
「どうしたの?」
「あの絵がどうなっているか確かめるんだ。それできっと理由がわかる」
「ふーん、私にはよくわからないけど、リョウが言うなら確かめに行ってみましょう」
部屋を出て、急いで二人で離れに向かった。
離れに着いた頃にはすでに周りも明るくなっていて、部屋の中を見渡せていた。多くの人も起きている。
ミカシキを見つけたので、あの絵がどうなっているかアスカが尋ねる。
「ミカシキ、こんな朝早くに済まないけど、リョウが描いたあの車椅子というものの絵は、今どこにあるかわかる?」
「これはアスカ様。今朝も早くからお二人お揃いで」
ミカシキがニヤニヤしながら言うのを見てアスカが少し照れかかったが、今はそれどころではない。
「どこにあるの!早く言いなさい!」
照れ隠しのように、アスカがキツい声を出した。
「はい!それは奥の棚に厳重にしまってあります!」
「ありがとう」
僕はミカシキにそそくさと礼を言って、奥の棚へと急いだ。
奥の棚は、敷居のある部屋の中にあった。もちろんドアはないので、誰でも入っていける。
絵を描いた板はすぐに見つかった。
「あった!」
「本当?よかった!」
アスカが隣で喜んでいる。
「でも」
「うん?どうしたの?」
「絵が消えている」
「ええー!」
そう言って、アスカが僕から板を奪って絵を見た。
「本当だ・・」
絵も消えてしまった。これは参ったな・・。
「こっちで作ったものも、ダメっていうことかな?」
「うん、待って。考えてみるから」
何とか、いい方法がないだろうか・・。
モノは持ち込めない。スマホもダメだから写真も持ち込めない。
反対に、記憶は残っている。アスカは僕が前に来たことも覚えている。アスカだけでなく、ヒメコ様やナガスネたちもみんな覚えてくれている。だから、記憶として残せばいいのかもしれない。
今回、ここで車椅子の作り方を教えて完成して、翌日には僕の目の前から消えていた。それと、絵も残らない。僕が作ったものや描いたものは、消えてしまった。
今わかっているのは、これくらいか。何か見落としていることがあるような気がする。
前回も、何かしたような気がするのだけれど・・。
「私は何をしたらいいの?」
「アスカ、僕が最初に来た時に、ここの人達に何かしてあげたことってなかったかな?」
「え?前の時?ナガスネのケガをの手当てをしてくれたじゃない」
「あー、それは覚えているんだ。どうやって手当てしたか覚えてる?」
「布を切って、お湯につけてからケガしたところをぐるぐる巻きにしたでしょ。それが何か?」
そうか、その手当てをした日に僕はそのまま向こうに戻ったんだ。手当てのことなんかすっかり忘れていた。
「その後、僕がいなくなってから、その布はどうなった?」
「布?あー、あれはリョウが戻った日に、ナガスネが外してどこかに無くしてしまったのよ。それで、次の日にもう一度作り直して巻いたの。2、3日巻いていたわよ。その後も、ケガ人が出たら同じことをしていたもの。みんな痛みが和らぐって喜んでいたわ。離れの女官もすぐに覚えて上手になったわよ」
これだ。
僕が直接やったことは残らないんだ。
少なくとも、この世界の人が自分たちでやったことは、残るんじゃないだろうか。
車椅子も、軸受の部分は僕が直接触って調整した。絵は僕が描いた。だけど、絵を描いた板は僕が作ったものではない。包帯も、僕がやったものはナガスネが無くしてしまった。
タイムパラドックスが起きないように、厳重に守られているんだ。
ははは、これじゃあ、僕はこの世界では何もできない。だったら、僕がここにいる意味がない。
「どうしたの、リョウ?何か様子が変よ」
何かを作って残そうと思ったら、自分では触らないで、やり方だけ教えて、それ以外は何をしてもいけない・・。
と言うことは、僕はこの世界には、いられないということじゃないか。
そうだよな。そんな虫のいい話なんてあるわけないもんな。みんなから頼られて、アスカともこの先一緒にいられるなんて。
都合が良すぎるよ。
でも。
それなら、何で僕はこの世界に来たんだろう?
「リョウ、リョウってば!」
アスカに身体を揺らされて、我に返った。
「あ、うん、ごめん。ちょっとボーッとしてた」
「どこか具合が悪いの?まだ疲れが取れないの?少し休んだ方がいいかな。何でもして欲しいことを言って」
「何でも?本当に?」
僕が聞き返すと、アスカが突然、炎を吐き出したかのように真っ赤になった。
「何でもって、そういう意味じゃないわよ!」
そう言って、バチーンと僕の頬を平手打ちした。
「あ・・、ごめんなさい、リョウ。そんなつもりじゃないの・・」
オロオロしたアスカの顔を見て、僕は迷いが無くなった。
「ありがとう、アスカ。今ので自分がどうしなきゃいけないかわかったよ」
「ありがとうって・・、リョウ、頭も打ったかな・・?」
「いやいや大丈夫。それより、暗くなるまでに急いで絵を描くから」
「よかった、正気になったのね!」
そうだよ、君が僕を正気にさせてくれたんだよ。
「まずは、僕が描いた絵を、誰かに命じて別の板に写させて。その後、絵に描いたものを作ってもらってください。出来上がったら僕のところに持ってきて。使い方を教えるから、覚えて」
やるべきことが見えた。
「アスカ、木の板をたくさん用意してくれるかな。」
「うん、わかった。この間のような大きさの板でいいのね?」
「そう。よろしく頼むね」
さて、問題は、何の絵を残すかだ。離れにいる人たちがもう少し楽に暮らせるように、道具のようなものを作ってあげたい。
杖なんかはたくさんあった方がいいのだけれど。あと、手すりとか?椅子とベッドもあった方が楽だよね。
僕は、今まで見せたことのない真剣な顔で、アスカに向き合った。
「わかった。中身はわからないけど、リョウが真剣なのはわかるわ。じゃあ私は職工たちに話をつけてくるわ」
ありがとう、アスカ。でも、これでお別れだね。
アスカや、ヒメコ様や、みんなの役に立てるんだから、こんなうれしいことはないよ。誰かの役に立てるって、本当にうれしいことなんだ。
以前の僕のように、勝手に何も役に立っていないと決めつけることに意味なんてない。解剖学の単位を落として、留年したって、誰かの役に立つことができるんだ。
それを僕にわからせるために、神様はこんなことを仕組んだのかな。
自分の存在意義を理解できたことはありがたい。でもそれと引き換えに、もう存在できなくなるなんて。
違う、いられなくなるんじゃなくて、いてはダメになるんだ。
「リョウ!みんな連れてきたわよ!どんどん描いてね!」
アスカが楽しそうに笑って、僕を手伝ってくれている。
ああ、そうか。まだ話していなかったな。こんなに優しく笑ってくれるのを見られるのも、あと少し、今夜までだ。
「アスカ、ありがとう。じゃあ、急いで描くね」
「そんなに急がなくていいんじゃない?消えたらまた描けばいいんだし」
そんな言い方しないでよ。決心が鈍っちゃうじゃないか。
「いいや、今日中に描いちゃおう!」
僕は迷いを忘れるように、リハビリテーションで役に立つ道具の絵を集中して何枚も描いた。
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