第9話

「全軍、身を挺して本殿を守れ!敵の攻撃は強くなって来ている!動けるものは我に続け!」

 気がつくと、そこは戦場だった。敵味方が入り混じり、刀で斬り合うというよりは叩き合っているように戦っていた。

 時々、矢が飛び交い、気をつけていないと流れ矢に当たってしまう。ゆっくりと周りに気を遣いながら進んでいった。

 近くには、見覚えのある建物があった。

 本殿だ!戻って来たんだ!

「何をしている、そこをどけ!敵が来るぞ!」

 側を通る兵士に大声で怒鳴られながら、道を譲った。

「ん?お前は・・」

 しまった、兵士全員は僕のことをわからないはずだ。敵と思われて、切られたらどうしよう。

「おお、王子ではありませんか?今までどちらへ行っていたのですか?」

 よかった、僕の顔を知っている兵士だった。

 僕はどこに行ったことになっているんだろう?わからないうちは迂闊に話せないな。

「アスカ様はどちらへ?」

「アスカ様はヒメコ様のお側におります」

「わかりました、ありがとう。離れの方に行ってみるね」

 離れなら場所はわかる。

「今は全軍で守りに入っております。本殿内といえどもいつ危険が差し迫るかわかりませんので、お気をつけて」

「はい、わかりました」

 なんか一番悪いタイミングの時に戻って来たようだ。だから夢でアスカが泣いていたのかな。

 でも、今の会話で、まだアスカやヒメコ様が生きていることが分かった。

 とりあえず戻ってこられたうれしさは置いておいて、みんなを探そう。


 離れのあった場所を思い出して、走って向かう。そうか、ここに橘の白い花が咲いていたんだ。

 そのまま離れに入ると、前と同じように多くの人が息を潜めて、横たわったり座ったりしていた。

 入り口に入ると、部屋付きの女官が僕に気が付いた。

「まあ、王子ではありませんか!」

 その声にみんなが振り向いて、僕に気が付いた。

「おお、また来てくれましたか!」

「はい、来ました!皆さんにお土産を持って・・、え?」

 今まで気がつかなかったが、リュックがない。

 あわててポケットを探るが、またスマホもない。でも服だけは以前のように向こうの世界のものだ。

「あー、何てことだ!」

 やっぱり、こっちの世界に、モノは持ち込めないようになっているようだ。

 確かに、この時代に流行した感染症とかを、持ち込んだ薬で治しちゃったら、その後の歴史が変わるもんな。これがタイムパラドックスというやつか。

 くそー、戦う時のケガとかに有効だと思ったんだけどな。

「リョウがいるの?本当にリョウなの?」

 聞き覚えのある、張りがあって少しキツく聞こえる声がする。

 走りながら、僕を呼んでいる。

「リョウ!本当に戻ってきたの?」

 入り口に現れたアスカは、神社で最後に見た姿そのままだった。

 会いたかったよ。今ならハッキリとそう言える。

 僕みたいな情けない男に言われても、うれしくないだろうけど。

「嘘、本当にリョウなのね」

「うん、なんか戻って来られたよ」

「うん」

 今にも泣き出しそうな顔をしていたけど、みんなが見ている前だから、こらえているみたいだ。

「よかった。アスカにケガはないの?」

「私もヒメコ様もナガスネも大丈夫よ」

「ナガスネの肩はどうなってるの?」

「あの後動く練習をして、今は大体動かせるようになったわ。あの時、リョウが痛みを和らげてくれたから、とても楽になったみたい」

 そうか、ほんの少しは役に立ったんだ。僕みたいな者でも。

「でも、本当は痛み止めの薬とかを持ってくるつもりだったんだけど、こっちには持ち込めなかったみたい」

「そんな薬があるの?リョウの世界のモノなら、かなり効くんでしょうね」

 少しは頼られているのかな。向こうでは、いつも柳本さんに心配ばかりされていたから、頼られるのって、こんなにうれしいんだ。

「ちょっと、待ってて!リョウが来たならみんな元気いっぱい戦えるわ。ナガスネにも伝えてくるから、リョウはここで身を守っていてね」

 アスカは、前のように軽く身を翻して離れを出て行った。この部屋に来た時よりも表情が良かった。

 でも、よく同じ場所、同じ時代に戻って来られたもんだ。何がどうなっているのかは全くわからないけど、今ここにいるという事実だけを信じよう。

 しかし、リュック、惜しかったな。アレがあれば、ここにいる多くの人が楽になったのに。さすがに、薬を作る知識は持っていないし。

 でも、記憶だけは全部残っているから、向こうでいろんなことを勉強して覚えてくればいいんじゃないか?

 いやいや、そんなに多くのことを覚えられる頭じゃないし、そもそもまたここに来られるとは限らないし。

 今できることがないか、探すだけだ。


 戦の空気が弱くなってきたように感じられ、やはり敵が退去したという知らせが離れにも届いた。部屋にいるみんなも安堵の表情を見せた。

 少しすると、また今回のケガ人が運ばれてきた。看護師役の女官が前に教えたようにお湯を沸かし、傷口を丁寧に拭いてから包帯状の布をきつく縛って止血していた。

 前に教えた知識を実践してくれている。あんな初歩的なものでも信じてやってくれていたなんて、なんかうれしい。

「王子、前に聞いたやり方をやっているつもりなのですが、これで確かでしょうか?」

 女官の一人が僕に確認のため聞いてきた。

「はい!何の問題もありません!今回は皆さん傷が浅くもう止血しているようなので、布で縛らなくても、傷口を水で洗う程度でいいと思います」

「そうでしたら良かったです。今までも、こうされるとみんな気持ちよく休めるようで、傷の治りも早い気がします。今までのケガ人も、昨日までに全員布が取れました。今回のケガ人もまた新たにやりますね」

 何か薬を塗っているわけではないので、治しているわけではないんだけど、早めに止血したことと雑菌が入りにくくなったからかな・・。

 それとみんな、がまん強いよね。

 一通りのケガ人の処置が終わったあたりで、ナガスネがやってきた。

「リョウと言ったか。先日は世話になった。まだ礼を述べていなかったな。感謝する」

 お礼を言っているくせに、偉そうな態度だ。でも、心なしか前のような厳しい態度ではないようだ。

「こんにちは、またお世話になります」

「ふん、仕方あるまい。あれで楽になった兵士も多い」

 えっと、これってツンデレですか?男の?

「リョウよ。ここに戻って来られたのか?また会えてうれしいのう」

 気がつくと、ヒメコ様とアスカが一緒に離れに入って来ていた。

「ヒメコ様、また会えてうれしいです」

「うむ、私も同様じゃ。でも一番喜んでいるのは・・、アスカではないかな。リョウが去った後、落ち込んで帰ってくるわ、急に泣き出すやらで、収めるのに大変だったからのう」

「ヒメコ様!何を言ってるんですか!」

 横にいるアスカが、真っ赤になって怒り出した。

「まあまあ、本当のことだからいいではないか。こうやってまた会えたのだから、縁を大事にしなさい」

「だって・・」

 アスカはまだ顔を真っ赤にして、涙目になってこっちを見ないでプルプル震えている。

 そう思ってくれたんだ。うれしいな。

 あの時、泣いていたのは本当だったんだね。僕はさよならも言えなくて、向こうに戻っちゃったけど。

「ところでリョウよ。お前が教えてくれたケガの手当てで、皆が大層楽になっておる。私からも礼を言うぞ」

 あんなの、手当でも何でもないのに。

「いえいえ、あの程度でお礼を言われるなんて・・」

「それで、このままここにいて、皆の手助けをしてはくれまいか?リョウがいると、なんだか皆が励まされるようなのじゃ」

 僕なんかが誰かの役に立つなんて、あっちの世界じゃあり得ないことだよ。

「もう一度ここに来られたのは奇跡であろう。だったら、一緒にこの世界で暮らせば良い」

「いや、でも・・」

「きっとアスカもそう思っているであろう。なあ、アスカ?」

 そう言われて横をみると、予想と違って真面目な顔をしていた。

「ヒメコ様、それはなりませぬ」

 ヒメコ様も、アスカの答えに意外そうに尋ねる。

「なぜじゃ?もう無理をして帰ることもないであろうし、もし帰っても三度ここに戻る保証など全くない。このままここで、リョウと夫婦になれば良いではないか」

 夫婦?めおとって・・、えー!

「いやそんなこと!何を言うのですか!ヒメコ様!」

 僕が慌ててヒメコ様の話を否定すると、アスカが冷静に言った。

「リョウは、この方は、向こうの世界に戻らねばなりません」

「うん?どういうことじゃ?」

 アスカは空を見上げて、深く呼吸をしてから話し始めた。

「リョウはこの時代に生まれ育った人間ではありません。なので、この世界にうまく合わせて生きていけるかわかりません。最初はもの珍しくいろんなことが楽しくても、最後にはきっと向こうの世界が恋しくなります」

 みんな、黙ってアスカの言葉を聞いている。

「その時に、もう帰ることができないなどとなれば、心ここに在らず生きていくことになります。そんなの可哀想です」

 小さい頃読んだ昔話にそんな話があったっけな。ああ、かぐや姫だ。あの話、結末はどうなったんだっけ?

「それに、リョウには既に向こうの世界に大切な人もいるでしょう。リョウがこちらにいる間、向こうにリョウがいないのであれば、その者どももきっと悲しむことでしょう」

 僕が不在の間は、僕のような存在がいたみたいだから、それは大丈夫のような気がするけど。

 でも僕がやらないことをやっていたみたいだし、それでいつまでごまかせるかは分からないな。

「私なら、急にリョウがいなくなって、別の世界で幸せに暮らしているなんて、そんなの」

 アスカが、僕がいなくなった寂しさを伝えてくれる。

 でも、僕には向こうの世界に大事な人がいるかな?

 将馬は、結構大事かもしれない。あと家族もそれなりに。

 柳本さんは、きっと将馬が守ってくれるだろう。だから、大丈夫だよね。

 そんなに人と関わって来なかったから、数えるほどしかいないな。

 でも、こっちの世界には、アスカがいる。ヒメコ様もいる。ナガスネもいる。ミカシキも、他のみんなもいる。

 こんなにたくさん、いる。

「リョウは、どうしたいの?」

 アスカが真剣な眼差しで僕に質問する。周りのみんなも僕に注目して、僕の返事を待っている。

「僕は」

 アスカは何と言って欲しいんだろう。

 いや、また自分で決めないで人の気持ちを伺っている。悪い癖だ。

 自信はないけど、勇気を持って言葉にしなきゃ。そうでなきゃ、何も伝わらない。

「僕は、もう少しこの世界を見ていたい、と思います。それから、もしまた向こうの世界に帰れるのなら、ここに必要な知識を持って、またここに来たいです」

 おお、という声が小さく響き渡った。

 ヒメコ様も、笑みを浮かべて喜んでくれているようだ。

 でも、アスカは後ろを向いてしまった。肩が、わずかだが震えているのがわかった。

 残っても、残らなくても、悲しむんだろうな。

 僕は、どうしたらいいんだろう。どうしたら、彼女を悲しませなくて済むんだろう。

「王子、またいろいろ教えてください!」

 ミカシキが僕に声をかけてくる。

「あまり期待されると困っちゃうけど、まずはできることを見つけますね。あと、王子と呼ぶのはやめてください。僕はどこの王子でもありません。リョウと呼んでくれればうれしいです」

「そうか、ではリョウと呼ばせていただこう」

 話が一段落したところで、女官のユキが寄ってきた。

「リョウ様を迎賓の間にご案内します。当面はそこにご滞在くださいとのことです」

 アスカは、もうヒメコ様とここを離れてしまっている。

「ありがとう。じゃあ一度案内してもらうね。よろしく、ユキ」

 疲労感が強く、一度横になりたかったから、ユキの言葉はありがたかった。それに、話を整理したい。僕はここに何のために来たのか。何をすべきか。

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