人生攻略サイト

きぬもめん

1、正解が選べればノーミスクリア

「えーっと、次の道は」

 右と左、枝のように別れた道を前に目の前の薄緑のモニターをタップしてページを探す。視線を動かして画像をスクロールしながらサイトにたどり着いた。

「右ね、了解了解」

 思考から直接検索欄に右か左かの疑問を打ち込めば、ぴこんという音と共に正解が返ってくる。その通りに僕は右へと曲がった。


 同時に左から激しいスリップ音。少し立ち止まって左の道を見れば、赤い自動車がぎゅるると空回りするタイヤむなしく電柱へと突っ込んでいくところだった。

 フロントガラスの割れる音と全面がひしゃげる衝突音。もうもうと上がり始めた煙を横目に、僕は行き先へ視線を戻す。


 左をもしも選んでいたらと思うと寒気がする。これだから人生はやってられない。攻略サイトなしの、分からない未来なんて。


 騒がしくなり始めた大人たちを見ながら行き先へと急ぐ。こういうことがあるからみんなあのサイトを使えばいいのに。


※※※


 思考経路と視線動作を繋ぐコードは必需品だ。首の裏についた、二つ縦に並んだくぼみに、ぱちりとお気に入りのカスタマイズコードのプラグをさし込む。最近の流行りは青地に銀の紐を絡めたやつ。女子はよく白っぽいのを使って自分でお洒落にカラーストーンを散らしていて、通学コースでよくピカピカ光っているのを見る。


 道行く大人たちは僕らに眉を顰めるが、今じゃこれがスタンダードだ。昔はなかったとかなんだか知らないが、僕らの間じゃこれなしなんて考えられない。首につないだ先のコードを左耳に掛けた灰色の小型出力機へとつなげる。それだけで左目の前に薄緑の電子モニターが表示された。


 思考モニターシステムは僕らの思考とネットの世界を直につなげてくれる。今や片目でネットサーフィンができる時代なのだ。昔は歩きスマホとかが問題になったらしいが、それも関係ない。左目を使いながら右目で歩けばいいのだから。


 それになにより、最近じゃ最高なサイトができたのだ。


 学校につけば皆がカラフルな紐を垂らしていた。学校じゃ禁止なんて言っているけど理解のある先生も多いし、授業が始まる前にコードを抜けば平気平気。今僕らの年齢じゃ手術をしていない方が珍しいくらいだし。


「おはよ、なに見てんの?」

「ん。二限のやつあたるかどうか」

 教室の窓側から二列目、椅子に腰かける女子はそう言ってぱちぱちと二度瞬きして両目を閉じる。そしてうんざりしたようにこう言った。

「………あたるっぽい。ノート見して!」




 人生攻略サイトはその名の通りの人生の「攻略」を簡単にしてくれた。このサイトはここ数年でできたもので、使い方簡単。今迷っている思考を検索欄にペーストするだけ。それだけで「正解」か「不正解」で答えが返ってくるのだ。


 例えば僕が右か左どっちの道を使えばいいのか迷った時、右の道を行くと入れれば「正解」と出て、左の道と入れれば「不正解」が出る。後は正解と出た方を選ぶだけだ。さっきの女子は恐らく「二限の課題を今やった方がいいか」で聞いて「正解」が出たのだろう。

 

 難しいことは分からないがこの攻略サイトのおかげで僕ら学生の生活は大きく変わった。何をすればよくて何をすれば不正解なのか一発で分かるのだから。恐る恐る未知の世界に怯えなくてもいいし、迷ったら攻略サイトが完璧な道を教えてくれる。


 今までは「当たって砕けろ」とか「やらないよりやる後悔」なんて言葉があったらしいがそんなのはもう古い。当たれば成功、やって成功なんだから。


 二限、いやみったらしい先生が二列目の女子に課題の答えを言うように指摘する。女子生徒が澄ました顔ですらすらと正解を言うのを聞きながら僕はぼうっと黒板を眺めていた。


 今日は帰ったら何をしよう。まあとりあえず攻略サイト見てから考えればいっか。 


 放課後のチャイムが流れるころ、僕はコードをさしこんで攻略サイトに早速質問した。

「不正解」

「今日は家で読書をすべきか」

「不正解」

「……今日は放課後買い物に行くべきか」

「不正解」


 なんかおかしい。どれを選んでも不正解ばかりだ。いつもならこんなことないはずなのに。もしかして放課後どこかに行くのが駄目と言うことだろうか。


「じゃあ、今は学校に残るべきか」

「正解」


 途端に出てくる正解の文字。学校に残んなきゃいけないことなんてあったっけ。なにか委員の仕事を忘れているとか。


 前に似たように何度も「不正解」を出されたクラスメイトが実は先生に任された仕事を忘れて帰るところだった、というのも聞いたことがあるし。僕も何か忘れているのかも。


 けど僕が任されてる仕事で忘れてるようなこともないし、ひょっとして忘れ物でもあるんだろうか。そう思って机に手を突っ込めばかさりと丸まった紙が手にあたった。引っ張り出して夕日に照らされる中、それをそうっと伸ばしてみてはっとする。


「……うわ、すっかり忘れてた」


 紙に記されているのは「好きです。放課後待ってます」の文字。可愛らしい紙に書かれたそれは今日学校に来た時下駄箱に入っていたものだ。机の奥に突っ込んだ後はすっかり記憶からなくなっていた。


 危なかった。危うく女子の告白をすっぽかすところだった。だが、便せんの隅にひっそりと書かれた名前に覚えはない。正直どんな顔でどんな性格かも分からない。顔を合わせて好みじゃなかったなんてことがあれば、面と向かって断るのも面倒だ。もしそうだとすればすっぽかした方がいいのかもしれない。


 けどそんな考えで時間を消費する必要はない。僕は目の前の検索欄に文字を入れていった。


「僕は彼女の告白を受けるべきか」

「正解」


 僕がやることはこれだけでいい。これだけで簡単に物事は済ませられるのだ。

行くか。攻略サイトが正解だと言っているのだ。これが最善なのだろう。


 赤く日差しの差し込む教室の席を僕は立って彼女が待っているであろう学校の裏へと歩き出す。名前も知らない相手だったとしても、好みだとか悪ふざけだとかそんな心配は特になかった。


 だってから。このサイトがそれでいいと言っているのだから。僕は指し示された攻略チャートの上を進めばいい。


 どんな相手だろうかと勝手な妄想を繰り広げながら、僕は足取り軽く茜色の廊下をゆっくりと歩いていった。

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