13 マリウラの「父」への思い

「そう、その領民からの訴えがあったのですよ」


 ほう、とラルカ・デブンは声を上げた。


「先の侯爵は、非常に良い統治をなさっていた。夫人もお子様達も、領民に愛されておりました。だからこそ、唐突に隠居して自分達を見捨てるとは思っていなかった、とのことです。ですが代わりにやってきた貴方が侯爵を名乗っている以上、何も言うことはできなかった、と。現在他の領民になっているからこそ、現ランサム侯爵の行動のおかしさを多数証言してくれましたよ」


 は、と彼は肩を竦め頭を掻いた。


「切り取れば済むと思ったが、そういうところでボロが出たか」

「かつて燃えていた思想の中では、領民は皇帝陛下の元皆平等――それは、今回の動きの中では矛盾しなかったのですか?」

「そんなものはもう捨てていたさ」

「なるほど。まあ他の五人も、既に流刑地で、それなりに考えを変えてはいます。しかしそれでは何故、わざわざ信じてもいないことのために動こうとしたのですか?」

「何も昔の思想のために動いた訳じゃない。手紙の主に、帝国をひっくり返そう、という誘いがあったから乗っただけのこと」

「つまり、その部分が、かつての熱意とつながっていたのですね」

「若い頃はひっくり返してやることが正しいと思ってたんだよ。だが今はひっくり返すことは犯罪と知ってる。が、犯罪と知っていてやりたくなることもあるんだよ」

「父上」


 そこへマリウラが声をかけた。


「お前はただの引き取った色仕掛けハニトラ要員だ。俺の娘じゃあない」

「いいえ、それでも五年間、私に様々なことを教えて下さったのは貴方です。そのことを私は大変感謝しております」


 よせや、と彼は目を伏せ、手を振った。


「宜しいですか?」


 マリウラはバルバラにそう訊ねた。

 諾、との仕草を見せる。


「確かに私は色仕掛け要員です。セイン様にできるだけ都合の良い女として近づきました。そしてこのひとは、確かに指名手配犯かもしれません。ですが、私に対しては、――辺境伯の存在に関しては、確かに教えていただけませんでしたが、私の境遇では絶対に受けられない教育と、充分以上の生活を与えてくれた恩人です」

「お前はいい女だから、そのうち囲おうかとも思っていたかも、だぞ」

「そうは見えませんでした」

「貴方の子供も生きていれば、彼女とそう変わらないくらいですね」

「私にとって、私を売った親よりも、貴方の方がよっぽど大切です」


 以上です、とマリウラは発言を終えた。


「では、ラルカ・デブンに関しては、帝国司法省に受け渡します。そしてマリウラ・ランサム侯爵令嬢」

「はい」

「貴女は彼の言う通り、色仕掛け要員でした。そしてそのまま計画が進めば、セイン殿と結婚する可能性もあった訳ですが、貴女は彼に関してはどう考えておりましたか?」

「申し訳ないと考えております」

「マ、マリウラ?」

「私はあくまでこの父上の命による色仕掛け要員でした。それが役目であり、セイン様には格別な感情は抱いてはおりません」

「……」


 セインは唖然として彼女を見る。


「セイン様、申し訳ございませんでした」


 マリウラは彼に向かって一礼する。


「私もまた、帝国司法省に捕まるのでしょうか」

「いいえ貴女は道具にすぎない。ただ、道具にしては非常に良い教育を受けてきた様ですので、国内の慈善施設で働いてもらうのが相当だと考えます。その辺りは、チェリ王国の国内法で対処願います。ので、貴女の身柄は今後王国の司法局に引き渡します」

「寛大な処置、感謝致します」


 そう言って、マリウラは見事な貴婦人の礼をした。


「それでは本日の審議は以上になります。明日正午より、再び審議の続きに入ります」


 そしてその日の審議は終わった。

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