永別の冬

 彼女は独り言のように声を洩らす。

「おかしいでしょう。あんなに憎んでいた筈なのに、いざとなったら涙しか出なかった」

 彼女は泣きはらして赤くなった目を細めて笑ったが、僕は笑えなかった。六才で妹と引き離され、施設で育ったという彼女は、危うげでありながら逞しい。僕は、どうしようもなく彼女に惹かれていた。彼女は「一人前」だった。少なくとも、大学院まで進みながら、未だに就職の決まらない僕よりは。

 だから今朝、彼女が取り乱した様子で僕を訪ねた時には心底びっくりした。

 彼女の父親は末期の肺癌で、父親と暮らす妹から報せが届いた頃には、全てが終わろうとしていたのだそうだ。

 笑い声が泣き声に変わる。

「大丈夫。大丈夫だよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る