いつか、どこかで

「逃げるのよ」

 闇の中で若い女の声を聞き、少女は驚きのあまり卒倒しかけた。

「わたし、かみさまにささげられるの」

「神ですって? 人を喰らう神などいるもんですか。さあ、いらっしゃい」

 女の手が少女の手を掴んで引っ張り上げる。

「不安だったけど、間に合って良かった」


 長い道のりの果てに、輝く空が少女を迎えた。

「もう大丈夫」

 手が離される。女の右手の甲に魚の形の痣を見たのを最後に、少女の記憶は途絶えている。


 十年ほどが過ぎた、ある日のこと。彼女は焼けた鍋で火傷を負い、病院で治療を受けた。

 数日後、包帯を解いた医者が云った。

「不思議な形だね」

 右手に目を落とした彼女は声を上げて泣いた。


 そこには、いつか見た魚の痣があった。

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