君の奴隷

 その日、亜姫あきは久し振りのフリーだった。


「伊藤亜姫だ!」

 商店街を抜けた街路で上がった、ばかでかい叫び声。げらげら笑いながら年上らしい男たち――大学生?――が駆け寄ってくる。

 僕は亜姫を見た。亜姫は口元だけで笑っていたが、目が笑っていなかった。

「郁郎、先に帰りな」

 不機嫌な声で亜姫が云った。それは提案でも助言でもなかった。命令だった。僕は何度か爪先で地面を蹴って亜姫の気が変わるのを待ってみたけど、亜姫は「早く」と云っただけだった。僕は後ろを何度も振り返りながらその場を後にした。頭をそびやかして立っている亜姫が、僕は心配で仕方がない。


「初めて生で見たよ!」


 少し離れた所から眺めた僕の恋人は、確かにアイドルだった。

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