第21話 幼馴染
「スモールクリークの代表くん。イーノックくん……だったかな。君を待っているよ」
フランクが……。イーノックは物陰から見守っていた。フランクが撃たれた。それにクラリッサも……。イーノックは歯噛みした。また俺は何もできない。また俺は何もできない。
しかし今回は違った。今はそう、状況を読んでいる。ここであの、アーロンの野郎の前に出ることはできただろう。だがそれをしたところでどうだ? 幾人もいる兵士の餌食になって終わりだ。ここはもう少し、敵の内情をかき乱してから……つまり、もう何人かやっつけた後にアーロンに挑んだ方がいい。そんな算段をイーノックはまとめていた。腰から二丁の拳銃を抜く。弾丸と銃声の合間。イーノックは躍り出て射撃する。
二人仕留めた……荷車の陰に転がり込みながらイーノックは弾を込め直した。この調子でもう何人か仕留めれば、いける。
またも射撃の隙を縫って物陰に転がり込みながら銃を撃つ。三人、四人、五人と数を減らしたところで悠然と前に出た。撃たれる前に撃つ。そういうことができる段階になってきた。
ここにきて援護の手が出た。屋根の上、遥か彼方、そういうイーノックの手が届かないところにいる敵がバタバタと倒れていく。ザカリーだ。イーノックは心の中で彼に礼を言った。狙撃している。俺の届かない範囲にいる敵を片してくれている。イーノックはますます自信を持って前に出た。並み居る兵士を倒していく。元より拳銃の扱いは得意だ。誰よりも速く正確に撃てる。
肩を弾丸が掠めたのは唐突のことだった。まぁ、これだけ派手に撃ち合っていればこちらに弾も飛んでくる。イーノックは荷車の後ろに転がり込んだ。そこから何発か撃ってまた兵士を倒す。
しかし攻防はそこから始まった。どうも狙撃されているらしい。見えない範囲から弾が飛んでくる。狙撃はだんだんイーノックに近づいてきた。しかし遠くからの攻撃ではイーノックはどうにもできない。
ザカリー、頼む。ザカリー……。
心の中で彼を呼ぶ。盟友。あいつもきっとクラリッサが好きだ。彼女を愛している。俺と同じだ。だから覚悟は伝わるはずだ。俺がどんな気持ちでこのローズクリークに突撃したか。分かっているはずだ……。
敵の狙撃がイーノックの脚を捉えた。イーノックは呻き声を上げて倒れ込む。好機とばかりに敵が周りを囲もうとしたが、ザカリーが気を利かせたのか、ヴィクターの仕込みを作動させて敵を吹き飛ばした。よし。イーノックは再び立ち上がると銃を撃った。撃って撃って撃ちまくった。
しばらくすると、こちらを狙撃してくる手がなくなった。ザカリーがうまいことやったか。イーノックは再び心の中で盟友を讃えると、アーロンの屋敷に入っていった。ドアを開けてまず目に入ったガンマン二人をさっさと床に寝転がすと、弾を込め直し階段を上った。
「ようこそ我が屋敷へ」
どこからともなく声がした。イーノックは壁の後ろに隠れると様子を窺った。声は悠々と続けた。
「正直、驚いているよ。あんなに小さな町の人たちが私の軍をここまで追い詰めるとはね」
イーノックは愛銃の撃鉄を起こした。いつでも撃てる。いつでもやれる。
「実際、どうだい? 僕の軍は見るも無残。ほとんど残っちゃいない。また雇い直すのは大変だろうな。銃は拾えば使えるかもしれないが」
はっはっは。笑い声が響く。
「逃げてぇ!」
クラリッサの甲高い声が響いた。直後、ぱしりと乾いた音が聞こえた。
「君も慎ましい女性になるよう教育しないといけないね」
アーロンの言葉にイーノックは唇を噛んだ。
「とはいえ、私も紳士だ。イーノックくん」
どさりと、何かが階上から落ちてきた。階段の下に転がったそれは、どうもベストか何かのようだった。イーノックが様子を窺っていると階上から声が響いた。
「防弾チョッキだよ。どうだい、それを着て私と勝負しようじゃないか」
約束しよう、と、アーロンの声が聞こえた。
「私の書斎に来てくれないか。大丈夫、撃ちはしない。私も男だ。正々堂々君を下して、その上でクラリッサをものにしたい」
書斎は階段を上って右手だよ。札も出ている。
アーロンは親切に案内を口にした。それからクラリッサのくぐもった声が聞こえて、アーロンが遠ざかったのが分かった。イーノックは恐る恐る壁の後ろから出た。
床に落ちていたベストに目をやる。しばらく様子を見たが何か細工をしている様子はなさそうだ。手に取る。革製のベストに見えるが妙に分厚い。防弾チョッキというのはまぁ、信用できるだろう。これであいつが何を目論んでいるのか、分からないが。
案内の通りに進む。階段を上って右手。書斎と書かれたドアがあった。ドアは薄っすら開いていた。
「来たまえ」
アーロンの声。
「大丈夫、撃ちはしない」
それでもイーノックは警戒する。
「ベストを着たまえ。防弾だ。それを着れば撃たれても平気だろう」
イーノックはベストを着なかった。すると痺れを切らしたのだろう。アーロンがドアを開けて姿を現した。
「来たまえよ。そう畏まらずに」
アーロンはベストを着ていた。分厚い、防弾の。
イーノックは恐る恐るアーロンの方に近寄った。アーロンは歓迎するかのようにドアを開けた。
果たして書斎に入った。まずイーノックの目に飛び込んできたのは縛り上げられたクラリッサだった。口にはハンカチを噛まされている。
頭に血が上ったが必死に堪えた。するとそんなイーノックを嘲笑うようにアーロンが口を開いた。
「ベストを着たまえよ。私とゲームをしよう」
アーロンが銃を抜いた。見たことがない銃だった。
「お互いベストを着て、同じタイミングで撃ち合うんだ。防弾とは言えまともに撃たれたら多少の怪我は避けられない。撃ち合いを繰り返して、倒れた方が負け。どうだい? 簡単だろう?」
「頭を撃てば済むじゃねぇか」
イーノックの言葉にアーロンは笑った。
「撃たないよ」
「信用ならねぇ」
「分かった。こうしよう」
アーロンはデスクの上の聖書を手に取った。
「神に誓う。私はこのゲームで君の頭を撃ったりはしない」
イーノックはしばらくアーロンを見た後、自分も告げた。
「俺も神に誓う。お前の頭を撃ちはしない」
アーロンはにやりと笑った。
「これでフェアだね」
イーノックはベストを着た。その間、アーロンはじっと待っていた。
「まぁ、ほら、白状させてもらうと……」
アーロンはへらへら笑っていた。
「僕は彼女の心を折りたいんだよ。彼女の前で救いの手である君を殺せば、彼女も気持ちを入れ替えて、僕の女になるかもしれないだろう? だから君には死んでもらいたくてね」
さぁ、始めようか。
ベストを着終わったイーノックにアーロンが銃を向ける。イーノックも腰で銃を構えた。
「今からコインを投げる。床に着いたらそれが合図だ。撃ち合おう」
いいね? とアーロンが念を押した。イーノックは沈黙でそれに応じた。
アーロンが左手でコインを弾いて宙に放った。放物線を描いて、やがてそれは床に着いた。ちゃりんと音がした。
銃声。双方から立て続けに二発。計四発。ダブルタップでの撃ち合いだった。
直後、イーノックが後方に飛ばされた。ドアに当たりドアが破ける。クラリッサがくぐもった悲鳴を上げた。アーロンがにやりと笑って立っていた。
「ああ、失礼」
アーロンが呻くようにつぶやく。
「君のベストは革製だったかもしれないな。そう、ほら、防弾性にちょっと問題があったかもしれない。立て続けに撃たれたら……ダブルタップで二発撃ち込まれたら命の保証はなかったかもな。それは謝るよ」
もう聞こえては、いないかもしれないけどね。
そう笑った、アーロンが……。
がくりと膝をついた。アーロンは驚いて自分の胸を見た。ぽたりと何かが、口から垂れた。血だった。痛みは遅れてやってきた。
「お前の銃は……」
イーノックの声が聞こえた。
「お前の銃は見たところ、特別性だ。小型で銃口が小さい。多分軽くて早撃ちに向く銃だな。二発撃ってくるだろうことも想像がついたよ。革製とは言え、ベストがありゃあ、お前の小さな銃だ。二発撃たないと効かないかもな」
破れたドアの向こうから、イーノックがふらりと立ち上がった。
胸のベストには二つ、穴が開いていた。だが血は出ていなかった。
「けどお前の銃は軽い。そう、軽いんだ。軽いとどうなるか。一発撃つと銃口が跳ねるんだよ。その後にもう一発撃つと、狙いが少し逸れるんだ。つまり一発目と同じ場所に当てることはもちろん、一発目に近い場所に当てることさえできない。弾がばらけるんだ」
イーノックはベストを脱いで床に放った。それから続けた。
「お前が俺のベストに細工をしただろうことは分かっていたさ。お前のベストだけ頑丈なのを用意したんだろう。鉄を使ったか、あるいは絹で編み込んだか。何にせよお前の胸に穴を開けようと思ったらこっちも二発以上撃たないといけない。ファニングショットは得意だが……まぁ、ダブルタップが限界だな。胸に二発。だが俺の銃は重い。そう……」
アーロンは胸を見た。弾はお互いに近い場所に二発、めり込んでいた。そうしてできたクレーターはしっかりアーロンの肋骨に食い込んでいた。折れた骨が肺を突き刺していた。アーロンは口から血を吐いた。
「俺の弾はまとまって当たるんだよ。大口径のでかい弾が立て続けに近い場所に食い込む。だから二連続の射撃も威力が増す。ところがお前の銃は軽さを追求するあまり弾が小さい。ばらけて当たりゃ威力も減る。考えてみりゃどっちがただじゃ済まないかは明白なんだ。お前、気づかなかったのか?」
アーロンが呻きながら床に額を擦りつけた。イーノックは銃をホルスターに戻すと、黙ってクラリッサの元へ行った。ボウイナイフで彼女の戒めを解く。ハンカチも外す。
イーノックはクラリッサを抱きしめた。クラリッサもイーノックを抱きしめた。それから一瞬見つめ合って、お互いキスをした。二人は初めてひとつになった。二人は初めて素直になれた。
「すまない。遅くなった」
イーノックの謝罪にクラリッサが答えた。
「待ちくたびれたわ」
もう一度、キスをする。甘いキスだった。だがクラリッサには少ししょっぱかった。イーノックの血の味がしたからだ。彼は全身全霊でクラリッサを救いに来てくれた。そのことが嬉しかった。
だがそんな二人を、アーロンはただ見ているだけではなかった。
肋骨は折れた。肺に穴が開いた。呼吸は苦しい。おそらく手当を受けなければ長くはないだろう。しかし! アーロンは諦めていなかった。まぁ、そうさ。頭は撃たない。神に誓ったからな。だが背中は? 背中は契約外だ。そしてあの間抜けは今、女に現を抜かして俺に背を向けている。銃もホルスターにしまって……馬鹿な奴! 馬鹿な奴!
アーロンは銃を拾った。それから静かに、そう、羽毛が舞い降りるように静かに銃口をイーノックの方に向けると、それから引き金を引いた。銃声が聞こえた。
男の呻き声が聞こえた。血が噴き出て床を汚した。イーノックが震えながら振り返った。アーロンの額に穴が開いていた。
「お父様の仇よ」
イーノックに抱きついていた、クラリッサの手が。
イーノックの腰に回っていた、クラリッサの手が。
イーノックの銃を抜いていた。
イーノックの銃は火を噴いていた。アーロンが銃を構えたまま息絶えていた。
「男の子って後片付けをきちんとしないわよね」
クラリッサが銃をイーノックのホルスターにしまった。
「出来の悪い子にはお仕置きをしなくちゃ」
それからクラリッサが貪るようにイーノックの唇を吸った。イーノックは黙ってそれに応えた。貪られるまま、イーノックは目を閉じた。クラリッサの柔らかさがイーノックを包んでいた。
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