第20話 狙撃手
ウィルフレッド・スターキーがガトリング砲を特攻で爆破した後、ザカリー・グッドタスクは彼の勇姿と覚悟を胸に刻み、前進した。何がクラリッサにしゃぶってもらいたいだ。派手に散りやがって。ザカリーはウィルフレッドの分も敵を倒すと決めた。
本拠地であるスモールクリークの方で爆発音が聞こえる辺り、あっちは上手いことやっているのだろう。問題はイーノックとフランクが突撃した先、ローズクリークだ。ザカリーは丘の斜面を下ると、ローズクリークを一望できる位置にあった山小屋の中に入った。掘立小屋、誰もいない、ベッドとロープとテーブルだけがある小屋で、ザカリーはまず窓の位置を確認した。おあつらえ向きの窓だった。ここからならローズクリークにいる奴らを撃てる。
ザカリーは真っ直ぐライフルを構えると、窓から銃口を覗かせ三発撃った。ローズクリークの屋根の上で、ガンマンが三人、倒れて落ちた。
弾は山ほど持ってきた。ここから狙撃してイーノックたちを援護する。ザカリーは次の弾を装填すると再び撃った。一発につき、敵兵が一体倒れる。
敵も狙撃されていることに気づいたのだろう。物陰に隠れる兵士が出始めた。だが無駄だった。こちらの様子を窺おうと僅かに覗かせた頭を、ザカリーは確実に撃ち抜いた。かつて一度の戦いで九十人以上を狙撃した腕だ。まず外さないし的確に撃ち抜く。
やがてザカリーはイーノックの姿を見つけた。数多くのガンマンを相手に愛銃のトルト・シングルアクションアーミーで健闘している。並み居る敵をばたばたと倒していくのはさすが我が盟友と言ったところか。ザカリーはイーノックの援護をするために彼の周りを観察した。物陰、屋根の上、そこからイーノックを狙おうとしていたガンマンを片っ端から撃ち落とした。
イーノックもザカリーの援護に気づいたのか、背後を気にせず大通りに出て戦うようになった。ザカリーの発砲音が響き渡っていく。音は岩と岩の間に木霊し、消えていった。ザカリーは撃ち続けた。
異変が起きたのはその時だった。イーノックの肩を弾丸がかすめた。
かすめたことが分かったのはイーノックが不自然に体を捩らせたからだ。そのまま彼は手近にあった荷車の後ろに転がり込むように隠れた。ザカリーは銃から顔を離した。誰だ。誰が撃っている。
しかし荷車の後ろに隠れたイーノックを敵のガンマン数名が囲もうとしていた。ザカリーはすぐにそいつらを撃って地に伏せさせた。あいつらが今イーノックを撃ったのか? イーノックの肩をかすめた弾はどこから……ザカリーの頭の中が疑問符で溢れる。
しかしイーノックも何かに突き動かされているのだろう。やがて荷車の奥から姿を現すと再び大通りを前に前にと進んでいった。ザカリーは狙撃で援護した。だが。
イーノックの近くにあった樽に穴が開いた。やはり誰かがイーノックを撃っている!
ザカリーは再び銃から顔を離して辺りを見渡した。狙撃か? 狙撃されているのか? 目を凝らす。ローズクリークを見やる。屋根の上、物陰、そういうところからイーノックを狙撃しているようなライフルを持った敵は見当たらない。誰だ? 誰がイーノックを狙撃している?
イーノックも狙撃されていることに気づいたのだろう。再び建物の陰に隠れると銃に弾を込め直し、前進を一時諦め敵をやっつけることに専念し始めた。馬に乗って突撃してくる兵隊を次々に倒す。ザカリーも手伝った。だが。
再びイーノックのいた建物の壁が弾けた。やはり撃たれている! そして、そう、ザカリーには気になる点がもうひとつあった。
仮に今、イーノックが狙撃されているのだとしたら。
発砲音はいつした? もしローズクリークに狙撃手がいるのなら、ここまで発砲音が届かないのは分かる。だが視界に入る限りローズクリークに狙撃手はいない。建物の陰にいる可能性はあるがそんなのはおそらくイーノックが見つけている。ザカリーがいる位置はローズクリーク全体がよく見える場所だったので誰かがザカリーの目から隠れようと思ったらそれなりに神経を使う必要がある。なのに影も形も見つからないどころか、発砲音さえしない。何だ、何が起きているんだ。ザカリーの心がささくれ立つ。これはまずい。これはまずい。
イーノックが再び敵に囲まれそうになった。ザカリーは仕方なく疑問を脇に置いておいて発砲する。敵はバタバタと倒れていく。だが、次の瞬間。
イーノックが転倒した。膝から崩れ、どうと地面に倒れる。砂埃にまみれた彼の脚は血に染まっていた。脚を撃たれた!
誰だ! 誰がどこから撃っている! ザカリーは焦った。心臓が狂う。呼吸が乱れる。焦りは腕を鈍らせた。ザカリーは三発撃ったが二発外した。馬に乗った敵兵が、倒れたイーノックにとどめを刺そうと突撃していった。
まずい! まずい! 仕方がないのでザカリーは奥の手に出た。イーノックは今、ローズクリークの酒場から少し離れたところにいた。前方の酒場の入り口にある樽は、確か……。
ヴィクターの顔を思い浮かべる。あいつ、うまくやったよな。そう思いながら、ザカリーは樽を撃った。直後、大爆発が起こった。
イーノックを始末しようとしていた兵士たちが吹き飛ばされる。樽には爆薬が仕掛けてあった。馬が悲鳴を上げて駆け抜けていく。イーノックは撃たれた脚を引きずりながらようやく物陰に身を寄せた。彼も銃を撃って爆発から逃れた残党たちを始末する。だが遠目にも、イーノックの息が乱れていることは明らかだった。
誰だ……誰が、いったいどこから……。
ザカリーは考えを巡らせる。しかし考えながら撃つことはできない。狙撃には心の透明さが求められる。ゆっくり、スムーズに。そしてスムーズは速いのだ。イーノックに迫った敵を二人、狙撃で倒した。銃声が木霊し、岩の彼方へ消えていく。
そして分かった。ザカリーの頭に唐突にひらめきが降ってきた。
ザカリーは腰からスマイス&ウィルソンのM3を引き抜くと天井に向かって立て続けに五発、発砲した。天井が破壊される。
と、直後に呻き声が聞こえて、壊れた天井を突き破って男が降ってきた。
屋根が破壊され明るくなった室内で、ザカリーは拳銃を構えた。上から降ってきた謎の男に銃口を向ける。ザカリーはつぶやいた。
「俺の銃声にかぶせていたな」
屋根上から床に叩きつけられた男が呻く。
「俺が撃った直後に撃つことで、自分の銃声を誤魔化していた」
ザカリーは続けた。
「勉強になったよ。室内から撃つときは窓から銃身を覗かせないようにしないとな。そうじゃないと俺がその部屋にいることがバレちまう。お前は俺がこの小屋から撃っていることに気づいて屋根に上った。で、俺が発砲した直後にかぶせるように撃つことで発砲音を誤魔化していた」
「何故気づいた」
スマイス&ウィルソンの銃撃が右の肩を貫いたのだろう。傷口を押さえながら男が訊いた。男はジェフ・ランドルフだった。スモールクリークの地主にして、アーロンの協力者。
「俺の撃った銃声が妙に岩に反響するなと思ったんだ。二発分の音ならそりゃ木霊もするわけだ」
しかし流れ者のザカリーにはそいつが地主かどうかなんてことは分からない。彼にとって目の前のこいつは、ただ自分を欺き味方を殺そうとした卑劣な狙撃手でしかなかった。ザカリーは撃鉄を起こした。
「右肩が砕けたな」
ジェフの右肩は血まみれだった。
「ガンマンとしてのお前は死んだ。選べ。本当に死ぬか。銃から身を引くか」
「銃から身を引くよ」
ジェフは汗まみれだった。
「助けてくれ」
ザカリーはハンカチを出すとジェフの傷口を縛った。ついでに小屋にあったロープでジェフを縛り上げると、そのまま小屋の外に蹴り出した。銃を構える。ザカリーの視界には常にジェフがいた。これで見張りながら、イーノックの援護ができる。
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