第19話 手品師

 遠くで派手な爆発があったのを聞いて、ヴィクター・ガーフィールドは銃から顔を離した。振り向く。ザカリーとウィルフレッドがいる丘の方だ。あんなところに爆薬なんてあったか? 考えたが思い至らない。もしかしたら、ウィルフレッドが何かを爆発させたのかもしれない。

 ふと目線を下ろすとヴィクターの銃床の下で蜘蛛が死んでいた。ヴィクターはほんの束の間、その死骸を眺めた。

 再びの爆発。

 町の南、ゲートの外にあるシュワード家の納屋からだ。どうやらあそこの罠が作動したらしい。何人殺せただろうか。ヴィクターは考える。爆薬の規模からして十人はやっつけられる。爆発の衝撃に巻き込むことができればもっと。敵は……ヴィクターは彼方を見やる。

 南のゲートの向こうに二十人くらい構えている。前進してきているのはおそらく三十人程度。その内の十人がさっきの爆発で死んだとして、後二十人。ひとまず何とかしないといけない。

 横を見る。スモールクリークの野郎どもがそれぞれ銃を持って構えている。砂袋で作った銃座に銃身を乗せて、しっかりと遠くを見据えている。ヴィクターは敵の方を見た。接近してきている軍勢がゲートを通過しようとした、その時だった。

 ゲートから黒油が注いで、続いて火が付いた。灼熱の炎が軍勢を焼く。どれくらいやっつけられた……? パッと目に付く人の炎は……二、三、四、五人。五人仕留めた。ゲートは火の手が上がっているからこっちからの侵入は諦めるだろう。次は西側。あっちはゲートがなくて柵だけだから入りやすく見える。案の定、遠くで控えていた二十人が方向転換し始めた。よし、作戦通り。作戦通り。

「みんな、次の算段だ!」

 ヴィクターが声を張ると、銃座に構えていた野郎どもの内半分程度が立ち上がり、ヴィクターについていった。残りの半分は銃を構えたまま南のゲートを警戒する。あっちにもまだ軍勢はいる。でもこの人数で事足りるはず……罠だってまだあるんだ! 

 ヴィクターたちは西の柵がよく見える宿屋の屋根に陣取ると、遠くから接近してくる敵の馬目掛けて一斉に発射した。数人の敵が倒れる。でも駄目だ。銃の扱いになれてない人たちの狙撃じゃやっぱり無理がある。ヴィクターは立ち上がった。誰かが正面を押さえる必要がある。

「僕が下に降りる! 全員援護を!」

 数名が「任せとけ!」と応える。ヴィクターは梯子を使って屋根の上から降りると宿屋の影からライフルを構えた。狙いをつけて、三発。三人倒れた。続けて撃つ……また、何人か。

 罠の方もうまいこと作動しているらしい。敵の悲鳴があちこちから上がる。あれは……多分トラバサミ。あっちのは……おそらく丸太のスウィング。カタパルトも作動した……さすがフランクさん! 彼の罠はどれも上手いこと作動しているらしい。ヴィクターは思わず笑ってしまった。多勢に無勢かと思ったが、意外といけるかもしれないぞ。

 しかしヴィクターのそんな余裕が崩れるのはすぐだった。敵の声とは明らかに系統の違う悲鳴が上がったのだ。近くからだ。もしかして、と振り返る。南側の防御が崩れたか。ヴィクターは慌てて走る。しかし到着した頃にはもう、遅かった。

 陣形が崩れている。十名前後の野郎どもが必死になって逃げてきているところだった。負傷者を抱えた奴もいる。ヴィクターは訊ねた。

「何があった?」

「滅茶苦茶に強い奴が……」

「罠を突破してきたんだ!」

「二人組だった……ありゃ兄弟だ!」

 直後、男の汚い歓声が上がったかと思うと、ヴィクターの目の前にいた二人の男が崩れ落ちた。その体の向こうに、ヴィクターは敵を確認した。二丁拳銃の男と、散弾銃の男……。

 咄嗟にヴィクターは足元のロープを引っ張った。直後、前方で小規模の爆発が起きて砂煙が上がった。目くらましだ。ヴィクターは近くにいた数名の生き残りに向かって叫んだ。

「ここは引き受ける! 早く逃げろ! 早く!」

 威嚇する意味を込めて、砂煙の彼方に向かって数発発射する。しかし先程西の戦闘で何発か撃った後だったので、すぐに弾切れになってしまった。ヴィクターはライフルを捨てると、ブーツを脱ぎ手近にあった岩の陰に放った。それから自分は大振りのサボテンの後ろに立つと、じっと待った。反応はすぐにあった。

 銃声がした。岩に弾が当たる。

「そんなところに隠れちゃ逃げられねぇなぁ」

 敵の片割れが叫ぶ。おそらくだが散弾銃の方。砂煙の向こうからゆっくりやってくる。

 引っかかってる……! ヴィクターは構えた。岩の後ろ、ブーツが少し見えているからそこに隠れていると思い込んでいる。奇襲のチャンス。ヴィクターは腰にあった拳銃、セミントンM1875を構える。

 散弾銃の男が叫ぶ。喜びの声だ。そして岩の後ろを見て、虚をつかれる。靴しかない。そのことに驚く。

 チャンスだ……! ヴィクターは狙いをつけて引き金を引く。いや、引こうとした。直後、後頭部に固い何かが押しつけられた。

「弟は間抜けなんだよ。まぁ、そこがかわいいんだがよぉ」

 それが銃口だと気づくのに時間はかからなかった。

「だが俺は慎重派だ。岩とサボテンがありゃ弟に岩を見させて俺がサボテンを見るくらいの気は回るのよ」

 後ろにいたのは……二丁拳銃の方だった。ヴィクターは固唾を飲む。しまった。油断した。一瞬で全身の力が抜けてしまう。

 ヴィクターの胸には恐怖より無念さの方が強くあった。ここまでか。せめて最後に、クラリッサに手品をひとつ見せたかったな。例えばそう、こんな風な……。

 新しく編み出したトランプマジックを思い浮かべる。僕の、僕の新作なんだ。きっと喜んでくれる。これを見せたかった……。そう思った時だった。

「丘の方で爆発があったな。ありゃバスケスがうまいことやったに違いねぇ」

 二丁拳銃の男が銃でヴィクターの頭を小突く。まだ何か、警戒しているのだろう。ヴィクターがトリックを仕込んでいないか探っているのだ。それでこちらに心理的な揺さぶりをかけている。

「丘にも人を配備していたか? 爆発があったってことは、まぁあの間抜けだろうなぁ。ほら、何て言ったっけ?」

 すると岩の方を見に行っていた、間抜けの散弾銃、弟の方がへらへらしながらやってきた。

「ウィルフレッドだよ兄貴。あのくそ野郎」

 へっへっへ、と兄が笑う。

「あの間抜け、事務所吹き飛ばして仕事を失った間抜け。今度は自分を吹っ飛ばしたか。間抜け。間抜け」

 ヴィクターの中で何かが起こった。それはまるで、そう、火打石を打ち付けたような微かな何かだったが、だが強かった。ヴィクターは両手を挙げた。セミントンM1875を捨てる。

「ぼ、僕は手品師マジシャンなんだ」

 ホールドアップしたまま、兄の方を振り返る。間抜けな弟、散弾銃の男が、ヴィクターを追い越して兄の隣に立った。ヴィクターは続けた。

「死ぬ前に手品マジックがしたい」

 弟が兄を見る。兄は応える。

「駄目だ死ね」

「簡単なやつだ」

 ヴィクターは縋る。

「見て損はない。新作なんだ。どうだ? 見るだけ。銃は捨てただろ?」

 足元のセミントンM1875を蹴る。兄弟の足下に銃が滑り込む。

 弟が拾った。にやにや顔が憎らしい。

「ほら……ほら……」

 ヴィクターは片手を挙げたまま、ポケットに手を突っ込んで一組のトランプを取り出した。そっと、兄弟の方に差し出す。

「一枚とって。好きなところから。……おっと! 僕に見せたら駄目だよ。札を覚えて。いいから覚えて……覚えた? じゃあ、好きなところに差し込んで……そう、そう。ゆっくり」

 ヴィクターの指示通り、弟の方がカードを一枚抜き取り、兄の方に見せる。ハートのA。兄も弟もしっかり札を覚えた。

 カードをヴィクターの持つトランプの束の中に差し込む。ヴィクターはホールドアップ状態であることを示すかのように顎を上げたまま、トランプを両手で切った。

「よく切って……混ぜて……組み替えて……」

 シャッフルに次ぐシャッフル。何度も何度も丁寧に切り、そしてまた差し出した。ヴィクターが告げる。

「てっぺんに来る札が何と……」

 君たちの選んだ札だ。

 ヴィクターは札をめくる。スペードのキング。兄弟が笑う。

「違うぞ間抜け」

 兄が堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに銃を振り払ってトランプの束を弾き飛ばす。

「そうら、手品も終わったろ。死ね」

「まぁまぁまぁ!」

 ヴィクターは叫んだ。

「待てよほら。何か忘れてないか?」

 ヴィクターはホールドアップしたまま、右手をパチンと鳴らした。直後、ヴィクターの掌にあったのはトランプの札だった。ゆっくりと、めくる。

「ハートのA」

 ヴィクターは笑う。

「君たちの選んだ札だ」

 呆気にとられたように兄弟は笑う。

 まず弟の方が銃を……下ろした。

「ハッハッハ。大したも……」

 銃声。ヴィクターが放ったのだ。刹那、彼の頭にあったのは友達の言葉だった。友達。ウィルフレッド・スターキー。

 ――頼むよ。セミントン・デリンジャーのあんちゃん――

 そう、僕の愛銃は、そう……ヴィクターは心の中で叫ぶ。

 僕の愛銃はデリンジャーだ! 掌に収まるくらい小さい、二連発の……たった二連発の超小型拳銃だ。

 そしてその内の一発を今放った。弾は……弟の眉間に叩き込まれた! 

 どっと倒れた弟に驚き兄が銃身をふらつかせる。ヴィクターはそれを見逃さなかった。すかさず一歩踏み込み兄の懐に入るとデリンジャーを顎髭に擦りつけた。兄が震えた。

「お、お前、手品師マジシャンじゃないのか……」

「銃を使う手品師マジシャンだ」

 デリンジャーの銃口で顎の骨をなぞる。兄が震える。

「た、頼む……命だけは……ころ、殺さないでくれ……」

「お前は僕の友達を笑った」

 銃口を強く顎に突きつける。

「死に値する」

「悪かった……悪かったよぅ」

 兄が泣き始める。

「謝る。謝るから……頼む。どうか、殺さないでくれぇ」

 ふと、ヴィクターは兄の後ろを見た。ちらほらと、男たちがやってきている。敵じゃない……さっき逃がした野郎どもが仲間を連れて戻ってきたんだ。ヴィクターは笑う。

「よし。じゃあ僕は許そう」

 兄の両手から銃を奪うと、シリンダーを回し弾を抜き取った。それから銃を地面に放ると、それぞれ遠くに蹴飛ばした。これで丸腰だ。

「けど彼らはどうだろう。君に大切な仲間を殺されているからな……」

 ヴィクターが兄の後ろに目をやる。銃の他に、鋤や鍬を持った男たちが寄ってくるところだった。振り返った兄が青ざめた。ヴィクターは笑った。

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