第18話 学者
「七人いる」
ザカリー・グッドタスクがつぶやくと、ウィルフレッド・スターキーは携帯ボトルを傾けてバーボンを飲んだ。アルコールが喉を焼いて、ウィルフレッドは元気が出た。
「でかい砲を持って来ているな」
「どれどれ」
ウィルフレッドは双眼鏡を使って敵の方を見た。なるほど、確かにアーロンの軍と思しき武装した連中が馬でかっぽかっぽとこちらに来ている。馬の後ろには大きな台に据えられた砲。布が被せられているのでどんな武器かは分からないが……とにかくでかい鉄砲だな、とウィルフレッドはバーボンを傾けた。喉が焼けてげっぷがでた。
「おっ、ありゃあ……」
と、ウィルフレッドの目線がある人物に釘付けになった。爆弾魔もどきの学者崩れはにやりと笑う。顔馴染みの姿が見えたからだ。
「バスケス・ルルフォじゃねぇか」
ウィルフレッドはまたボトルを傾ける。バスケス。バスケス・ルルフォ。アーロンの下で研究していたウィルフレッドが唯一嫌った学者もどきの兵士崩れで、いつもウィルフレッドの研究の足を引っ張ったのでレポートを改竄してやろうとした結果、巡り巡ってアーロンの事務所ごと爆破してしまったきっかけになった人物である。そう、ウィルフレッドにとっては宿敵だった。なのでザカリーを急かす。
「ほらよ、あそこに髭面の間抜け……間抜け面の髭……まぁとにかく髭の男がいるだろ」
「どいつも髭を生やしてるぞ」
「だっせぇ帽子被ってるやつだよ」
「白のハットか?」
「それそれ。そいつ撃っちまってくれよ」
ローズクリーク西、スモールクリークとの間にある小高い丘。ザカリーとウィルフレッドはそこでローズクリークとスモールクリークを同時に見張る算段でいた。ザカリーが必要に応じて丘の上を移動し狙撃によって二方向の援護をする。戦闘経験に乏しいウィルフレッドがこの丘に配置されたのは、ヴィクターが事前に仕掛けておいたシトログリセリンを使った爆弾がきちんと機能しているかを監視するためだ。万が一うまくいかなければ導火線を使って手動で爆破する。そういう手筈だった。
ローズクリークとスモールクリークの間にあるこの丘は、大きな岩石が転がっていて、地形の隆起や陥没があり、狙撃をするにはやや不利な地形だったが……しかしザカリーにはさしたる問題に見えなかった。彼は森の中で狙撃をしたことがある。物陰から物陰に移る僅かな隙を狙って、それも正確に狙撃ができる。
銃声。まず一人仕留めた。双眼鏡で覗いていたウィルフレッドが歓喜の声を上げる。
「やるなぁ、お前」
しかしザカリーは褒められても嬉しそうにはしなかった。当たり前のことだからだ。
「あの気持ち悪いハットの男を仕留めてくれよ。バスケスっつうんだ」
「敵の名前なんかいらない」
ザカリーは冷酷だった。狙撃手は常に冷静で、時に残酷でないといけない。
「白のハットの男は砲の後ろにいて狙いにくい。周りの兵士をまず片す」
立て続けに二発。ウィルフレッドの双眼鏡の向こうで、男が二人、崩れ落ちた。敵兵は混乱していた。撃たれているぞ!
混乱が砲を使わせるのに時間はかからなかった。パニックになった男の一人が砲を覆っていた布をどけた。そしてザカリーはすぐに銃を引っ込めた。
「ガトリングだ!」
と、叫ぶのと同時に大量の弾丸が雨霰と二人のいる岩に撃ち込まれた。轟音が響き渡る。
「これじゃ狙えない」
ザカリーが呻く。
「あの砲をどうにかしないと」
しかしウィルフレッドは楽しそうだった。にやにや笑ってボトルを傾けると、ザカリーに訊ねた。
「なぁ、俺今からあいつのところに馬で行くよ。援護してくれるか?」
ザカリーは言い返した。
「死ぬ気か? あんな中に突っ込んだら命がないぞ」
「どっちみちねぇよ」
ウィルフレッドは岩の向こうに目をやった。
「このままガトリングの火力に任せてここまで進撃されちゃあ、砲の餌食にはならなくても炙り出されて殺される」
あーあ。ウィルフレッドは笑う。
「死ぬ前にクラリッサに俺のイチモツを咥えてもらいたかったな」
「お前……」
ザカリーが呆れる。
「頭の中はそれしかないのか?」
「男なんてそんなもんだろ。お前も隠さず言えよ。クラリッサちゃんにしゃぶってもらいたいってよ」
ザカリーが何も言えないでいると、ウィルフレッドはスモールクリーク側の斜面に控えさせておいた馬を見た。
「俺が斜面を下って南側から突撃する。ガトリングはすぐに方向転換できないだろうから兵士どもが銃で撃ってくるはずだ。お前も俺と一緒にこっそり南側の岩の後ろに移動して援護してくれ。俺がガトリングを何とかする」
「何とかするってどうやって……」
呆れるザカリーにウィルフレッドは三度笑った。
「ヴィクターにいいもの教えてもらったんだ」
「いいものってお前……」
しかしザカリーの声はウィルフレッドに届かなかった。彼は砲撃の合間を縫って馬に飛び乗ると、斜面を一気に駆け下りた。ザカリーが慌てて続く。
ザカリーは手頃な岩の陰に身を潜めると、ウィルフレッドに気づき射撃してくるガンマンたちを二名、仕留めた。敵は残すところ二人。その内一人はバスケス・ルルフォだった。彼はガトリングを方向転換させようと動き出した。もう一人が拳銃でウィルフレッドを狙う。
ザカリーは援護射撃をした。ウィルフレッドを狙うガンマンを狙撃で邪魔する。しかし敵に近づいていく的であるウィルフレッドを守り切ることはできなかった。ウィルフレッドが被弾した。立て続けに三発。腹に当たったようだ。
「あの馬鹿……!」
ザカリーは岩の陰で呻く。
「だからやめろって……」
しかしウィルフレッドの馬は止まらない。彼は馬の上で力なく俯くと、そのまま馬の揺れに耐えきれず体を落とした。落馬。馬が走り去って、ウィルフレッドは地面に置いて行かれた。
ガンマンが攻撃の手を止める。ザカリーは様子を見るほかなかった。下手に攻撃してまたガトリングをお見舞いされても困る。しかしこのままガトリングを放っておいても、ローズクリーク側のイーノックとフランクを援護できなくて困る。どうする……どうする……と困惑するザカリーの向こうで、バスケスが動いた。残った一人の部下に、落馬したウィルフレッドを引きずってくるよう命じたのだ。
ザカリーは撃つか迷った。ウィルフレッドに息があるなら援護すべきだろう。しかしここからじゃ生死の判断がつかない。ザカリーは注意深く観察した。バスケスはガトリング砲の後ろに隠れていて撃てなかった。唯一の部下はウィルフレッドを引きずっている。狙おうと思えば、狙えた。だがあいつを殺すとこちらの居場所がバレて、ガトリングの雨が降り注ぐ。
ザカリーが迷っている内に、バスケスの部下はウィルフレッドをバスケスの下へ連れていった。バスケスは笑った。
「おい間抜け」
ウィルフレッドは血まみれの顔を上げる。彼はまだ生きていた。
「そっちの情報を吐けば生かしておいてやる。まずは狙撃手の居所を吐いてもらおうか」
「ああ、それならよ……」
ウィルフレッドは遥か後方の岩を指す。ザカリーが隠れている岩だった。
「そこの三角帽子みたいな岩があるだろ? あの陰だ」
バスケスが笑った。ガトリングを準備する。弾丸の雨で炙り出したところを殺してやろう。そう判断する。
「なぁ、なぁ、待てよ」
ウィルフレッドがバスケスを止める。
「俺はもう駄目だ。死ぬ前に一杯やっていいか」
ウィルフレッドはポケットから携帯ボトルを取り出した。バスケスが笑う。
「勝手にしろ」
そう、ガトリングに手をかけた、その時だった。
ウィルフレッドが酒瓶を口にした……と思うとその瓶は、瞬く間に筒状の何かに変わった。バスケスの顔が青ざめた。
「お前それはシトログリセリンの……」
ウィルフレッドが笑う。
「すげえだろ? 友達から教えてもらった手品なんだけどよ。こう、まずみんなの意識を右手に持っていった後左……」
爆発。
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