第13話 交渉

 アーロンの拠点のひとつは、スモールクリークの丘を越えた先の町、ローズクリークにあった。派手な町だ。賭博場とでかい売春宿がある。

 スモールクリーク一帯の権利を持つ富豪、ジェフ・ランドルフはそこに呼ばれた。アーロンに招かれたのだ。

 ジェフは基本的に部下を五人はつれて歩く男だった。それは用心棒が二人、秘書が一人、馬車の馭者が一人、それから道中の話し相手が一人。ジェフはどうにも一人になるのが苦手で、寝室にも犬のベラを連れていないと入れないくらいだった。

 しかしその点ローズクリークは問題なかった。町は賑やかだったからだ。

「どうだ! 最新式ライフル、シンチェスターM1873だ! 本数限定で入荷!」

「流離のマジシャン、ヴィクター・ガーフィールドによるショーだよ! 今夜! どうだい、見ていかないかい?」

「ねぇ旦那、私といいことしない……?」

 町の最奥部。立派だが慎ましい……そう、アーロンの稼ぎからすれば慎ましい……屋敷の前に馬車が停まると、中から柄の悪い二人の男が出てきてジェフを迎えた。背格好は随分違うが同じ目を持っていたので兄弟だと分かった。小っちゃい方が咥えていた葉巻を捨てた。

「ランドルフさんかい」

 多分だが、小っちゃい方が兄だな。ジェフはご自慢の人間観察眼でそう判断してから答えた。

「アーロンさんに会いに来たんだが」

「聞いてるよ」でかい方が笑った。多分こいつは弟だ。

「ついてきな……二人までなら連れてきていいぜ」

 ジェフはすぐさま秘書と話し相手を控えさせた。馭者は馬車にいなければならない。用心棒二人がジェフに続いた。凸凹兄弟に連れられ、ジェフ一行はアーロンの元へ向かった。

 屋敷の三階、暗くてだだっ広い部屋にジェフは通された。自分だったらこんな広い部屋に一人で取り残されるのはごめんだな、と思っていると、闇の中に潜んでいたアーロンが声を上げた。

「ジェフさん。お越しいただきありがとう」

「ローズクリークはいい町だな」

 お世辞を言う。本当は自分が住んでいる屋敷から一歩も外になんか出たくない。

「さて、お越しいただいたのは他でもない。スモールクリークの土地売買についてなんですが……」

 アーロンが思った通りのことを話し出したのでジェフはそれを遮った。

「基本的にそちらの条件を飲むつもりだ。他に何か伝えたいことでも?」

 するとアーロンは話を遮られたことに明らかな不快感を示すとこう告げた。

「町民を動かすのが手間でしてね」

 と、アーロンがごとりとデスクの上に何かを置いた。ジェフが目をやると、それは最新型のライフル、シンチェスターM1873だった。

「意味は分かりますね?」

 口調こそ丁寧だったが、しかしアーロンは冷徹だった。ライフルが殺しを意味することくらい猿にでも分かる。

「一応、許可をとっておこうと思いましてね」

「許可というのは?」

「あなたの土地に血が流れる」

 今度はアーロンもハッキリ告げた。

「ここで選んで欲しい。血を流すことを黙認し、儲けのいくらかを受け取るか。あるいは黙認せず、土地も儲けも、あるいはそれ以外も……」

 アーロンが腰に手をやる。ちらりと見える。彼が特別に作らせた、最軽量の拳銃……。

「……失うか」

 有体に言えば脅しだった。例え土地の所有者とは言え、これから起こることに口出しはさせない。そういう意思表示だ。

 しかしその程度で済めばまだ優しい方だっただろう。アーロンはさらにその上を要求した。アーロンはシンチェスターをジェフの方に押しやった。

「賛同してくれるなら、一緒にやってほしいんですよ」

 沈黙。何も言わない。

「……射撃が趣味だと聞いていますが?」

「ああ、趣味だね」

「……動く的に興味は?」

 あった。それに実際、ジェフは野ネズミや野ウサギを撃つのが好きだった。要はその、延長だ。

 話は簡単なのだ。趣味でやる射撃を、どこの誰とも知らない、貧しい町民たち相手にやって、その後金鉱の儲けの一部をもらう。何だ。遊んで金をもらうんじゃないか。

 ジェフは笑った。この新しい銃の性能を試してみるのも、いいかもしれない。

 するとその笑顔に気をよくしたのだろう。アーロンは薄暗闇の中から立ち上がると歯を見せた。

「実は今、町民に取引を持ち掛けているところなんですがね……」

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