第12話 六人目
フランク・ヘイウッドは保安官だった。しかし銃は撃てない。
先の戦争で利き手を怪我していた。どうも肩の高さまで腕を持ち上げるということができない。一瞬、腕を振り抜く程度のことならできるが、腕を肩の高さに保ったまま狙いをつけようとすると激痛が走り手が震える。小銃もそうだが、拳銃なんて使えたものじゃなかった。必然、腰に据えて発砲ができる散弾銃などに落ち着く。
しかし散弾銃は殺傷力が高すぎる。町中で起きた喧嘩騒ぎを収めるのに散弾銃はやりすぎなのだ。その辺、匙加減が難しかった。だから部下のアンドレイ・カッリェーロに現場仕事をさせることが多く、自分はなるべく事務作業に当たるようにしていた。
愛娘が一人いた。クラリッサだ。娘のためなら散弾銃の弾さえ飲み込めると思っていた。実際娘の危機にはそうするつもりだった。
しかしフランクが留守にしている間に事件は起きた。
アーロンによるガトリング襲撃の翌日。フランクは来る追撃に供えて準備をしていた。しかしその日は攻撃がなく、住民たちも不安がっていたので、フランクは翌日、つまり酒場襲撃のあった二日後に、隣町のリバタイドとリュマへ応援を要請しに出かけた。その最中に事件があった。
「あんた! クラリッサが……クラリッサが……!」
妻が震える声で事態を知らせた。その瞬間、フランクは己の間抜けさを呪った。
*
イーノックが人手を集めていると知り、志願することにした。しかし保安官として民間人に銃を向けるのには覚悟がいる。ならず者ならさておき、相手は事業家、社会的地位もある。この戦いに参加したら自分は保安官ではいられない。そう思い、バッジを置く決意をした。
保安官事務所で辞職する意図と今後の仕事について書類をまとめていると、部下のアンドレイがやってきた。彼は小さくつぶやいた。
「ダンが小便ついでに殺されてから、何もかもうまくいきませんね」
フランクは小さく呻いた。それには特に意味はなかった。
フランクはバッジを置いた。それから部下に告げた。
「今日からここはお前の持ち場だ」
保安官として、国から与えられていた銃もバッジと一緒にデスクに置く。
「うまくやれよ。まぁ、お前は俺と違って器用だから平気か」
「どこへ?」
アンドレイに訊かれて答える。
「娘のところだよ」
*
イーノックを説得するには工夫が必要だとフランクは思っていた。だから準備した。
スモールクリークから少し離れた場所にあばら家がある。誰も使っていない家屋で、砂嵐や風にさらされてボロボロになっているが、野盗がアジトに使ったり、浮浪者が一晩の宿に使ったりはできるほど建付け自体はしっかりしていた。イーノックはそこにいるとフランクは踏んでいた。真昼間。フランクはそこに行って準備をした。
戸板が軋む。誰かが入ってきた。いや、誰かなんて考える必要はなかった。イーノックに違いないからだ。
ドアが微かに開く。そして次の瞬間。
天井にぶら下がっていたロープが大きくスウィングした。先には尖った木の杭。当たればひとたまりもない。イーノックが反射的に発砲する。
銃撃を受け、木の杭が破壊された。と、今度は木の杭がなくなり、天秤に吊りあうものがなくなったことで、天井から土嚢が降ってきた。イーノックは咄嗟に転んでそれを回避する。だが。
銃口を突きつける。フランクが二連の散弾銃をイーノックの後頭部に向けていた。イーノックが銃を落とし、両手を挙げる。
「どういうつもりです」
フランクが笑う。
「こうでもしないと、納得しないと思ってな」
しかしイーノックは続けて問う。
「どういうつもりです」
「東西戦争で、俺は利き腕を壊した」
「それは知ってます」イーノックが唸る。
「俺は今のこの状況がどういうことかを聞いてるんです」
「デモンストレーションさ。俺が戦争で得た知識、戦いの知恵をお前に見せるためのな」
フランクは銃を下ろした。
「俺を仲間に加えろ」
正気ですか? イーノックが振り返る。
「銃も撃てない保安官が軍隊相手に何ができるって言うんです?」
「トラップに、投擲、それから指揮だ」
フランクは強い目でイーノックを見つめた。
「俺も加えろ」
イーノックはしばし黙った。それから呆れたようにため息をつき、すっと手を差し伸べた。
「死んでも知りませんよ」
フランクは笑った。
「娘を守る。ただそれだけだ」
がっちりと、握手をした。
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