第11話 五人目

 ケンゾウ・ヒガタは東洋人だった。父は一攫千金を夢見て故郷から大陸に渡った人だった。

 ブシの家系だった。しかし開国と共にブシは路頭に迷うことになった。特にケンゾウの家は役柄上、その割を食う立場で、父は早い内から外国に目をつけ、そしてその地で繫栄することを選んだ。ケンゾウの家族は愛刀「イチモン」を連れて大陸へと渡った。

 折しも大陸では東西戦争と呼ばれる戦争が勃発していた。移民に関しては、東側より西側の方が進んだ考え方を持っていたので、ケンゾウは西側として参加した。銃の扱いはこの時慣れた。

 しかしやっぱり、幼い頃から慣れ親しんだ剣術の方が性に合っており、ケンゾウは移民してもなお日頃の鍛錬を怠らなかった。居合、流星、体術。一通りの武芸の鍛錬を積んでいた。これに加え戦争で学んだ銃火器の扱いがケンゾウの武器だった。

 戦争が終わり、豊かになるのかと思いきや西にも東にも不景気がやってきた。ケンゾウたちのような移民はその割を食いやすく、祖国で貧したケンゾウの家は移民先でも貧することになった。仕方がないので、ケンゾウは自身が積んだ鍛錬を活かすことにした。殺し屋を始めた。

 大陸の人間は、さすが銃に対する警戒心は強かった。火薬の炸裂する音が聞こえれば反射的に床に伏せるし、筒状のものが見えれば無条件に警戒する。しかし尖ったものに対する警戒は何故か低かった。ケンゾウは長い髪を太い針でまとめていた。これを主な武器としていた。

 もちろん、この針を武器にするのは昼間の明るいうちで、夜、人目につかずに仕留めるのはやはり刀が主だった。ケンゾウは隠密行動にも慣れており、目標の生活圏に潜り込んでは愛刀「イチモン」を一太刀して去る、という手口で殺し屋稼業を続けていた。

 スモールクリーク隣のリュマには、出稼ぎで来ていた。そこは正当に殺しができる地だった。

 リュマは賭け決闘の聖地だった。保安官がいないからやりたい放題だったのだ。牛を囲うための大きな柵の中に男が二人、取り残される。武器は自由。基本的にケンゾウは銃で挑んだが、弾が切れた時、また相手が見るからに弱い時、弾の節約をする意味で素手で臨むことがあった。もっとも素手というのは見た目上そうなだけであって、実際には髪飾りという武器があった。ケンゾウは鮮やかな身のこなしで髪飾りを投擲し、敵を打つことができた。

 今に始まったことではないが、東洋人は差別される。

 目が細いから、らしい。何を考えているか分からないそうだ。ケンゾウからすれば大陸の人間こそ何をするか分からなかったが、おそらく人種間の意思疎通に問題があるのだろうとケンゾウは睨んでいた。人としての種類が違うのだから分かり合えない。そう決めつけて、ケンゾウは生きてきた。だから初めての酒場に行く時は警戒して中を覗いてから入るし、人種差別のありそうなところにはあまり足を踏み入れなかった。

 その点、スモールクリークはやりやすかった。酒場にもトゲトゲした雰囲気がない。

 リュマでの決闘の帰り。

 リュマで飲むと決闘で負けた奴の関係者がお礼参りに来るので、ケンゾウはいつも少し離れたスモールクリークで一杯ひっかけていた。クラリッサとはそこで知り合った。

「東洋の方? 綺麗な髪ね!」

 彼女は無邪気だった。

「今度髪の毛の結い方を教えて。私どうしてもボサボサになっちゃって」

 ケンゾウは寡黙だった。それは単に大陸の言葉に慣れていないからだったが、しかしこの時ほどしゃべれたらよかったのにと思うことはなかった。少女は笑った。

「ここ、初めてでしょ? つけておくからたっぷり楽しんで!」

 ケンゾウは微笑んだ。どうも大陸の人はこの微笑みを嫌うようだが、しかしクラリッサは微笑み返してくれた。以来、ケンゾウの頭にクラリッサが住みついた。



 いつものようにリュマで決闘をしていた。この日は既に十連戦で、弾薬の消費が激しかったので、十一人目は髪飾りで仕留めることにした。殺すこともできたし、殺すこと自体は違法でも何でもなかったが、この日は気分じゃなかった。相手の頬でも髪飾りで傷つけてびびらせてやろうと思った。

「それじゃ始めだぁ!」

 決闘の立会人が空に向かって銃を撃つ。それを合図に決闘が始まる……のだが……。

「あれ、やべ。ホルスターから抜けねぇ」

 対戦相手がいやに弱かった。そもそも銃の扱いに慣れていない様子だ。ケンゾウはしばし様子を窺った。そして少し待った後、口を挟んだ。

「……ほら、そこのカバーを外して」

「お、ああ! これか! ありがとうよ!」

 と、相手が銃を抜いた。それから首を傾げる。

「で? 撃てばいいのか?」

「……まぁ、多くの場合そうする」

「お前は撃たないのか?」

「……撃たなくても決着がつく場合がある」

「へぇ! そりゃ面白いなぁ!」

 と、相手はいきなり振り返った。柵の向こうに、三人の男がいた。

「こいつ、面白くねぇか?」

 後に知る。

 この間抜けな男はウィルフレッドで、その後ろにいたのがイーノック、ザカリー、そしてヴィクター、だと。

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