第7話 一人目

 イーノック・エイムズは東部の出身だった。デラウォール州デラウォール川の流域。植民地時代の入植者が作った町、ルウスで暮らす商人の家系だった。綿の貿易で財を成したエイムズ家は早い段階で大陸の西を目指した。彼らのような早期開拓者を人々は60'sと呼んでいる。

 エイムズ家は東西戦争においても西側を支援していた。本家は東部ルウスにあったものの、思想は開拓者そのもので、エイムズ家は裏切り者と罵られながらもその姿勢を崩さなかった。エイムズ家は西部開拓者、及び西側陣営の多くをその財力を以て助けた。クラリッサの父、フランク・ヘイウッドもこの時助けられた人間の一人だった。

 しかし戦争に疲弊はつきものだった。エイムズ家は戦争で財産のほとんどを消費、結果として副業である西部開拓を進めないと資金が回らない状態となった。この頃イーノックの父ジェイムスが死んだ。

 イーノックは若い頃から戦争に参加していたこともあって商才がなかった。彼は早くにエイムズ家の事業に見切りをつけ、本家屋敷を売りに出すと、その金を持って西部へと進んでいった。ほとんど身一つでの移動だった。

 戦争には西側が勝利した。その関係もあってクラリッサの父フランクはスモールクリークという西の端の小さな町だったが保安官にもなれ、その安定した立場でかつての恩人の息子、イーノックを迎え入れた。しかしイーノックは戦争で心を傷つけていた。彼は決闘に明け暮れ、命を何とも思ってない風に振舞っていた。

 しかしイーノックにも大切なものはあった。幼馴染にして自分を助けてくれたヘイウッド家の娘、クラリッサだ。

 イーノックはクラリッサと言い争いばかりしていた。それは単にお互いが意地を張っているからであって、イーノックとしてはクラリッサをじゃじゃ馬と罵りながらも、心の中では彼女の優しさに惚れ込んでいた。つまらないことで口論をしては、イーノックは一人、町の片隅で自分の馬鹿馬鹿しさを嘆いていた。もっと素直になれたら、クラリッサに花の一つでも贈れるのか、なんてことも考えていた。

 実際、クラリッサに花を贈ろうとしていたこともあった。綺麗なアクセサリーを見つけて、それをクラリッサにあげようと思っていたこともあった。しかし彼女を前にするとどうしても駄目だった。美しい彼女を前にするとどうしても、照れてしまうのだ。そうして照れ隠しの罵詈雑言を彼女に浴びせ、怒った彼女が言い返し、という具合にいつもの口喧嘩が始まるのだった。

 だがイーノックはどうしようもないくらいにクラリッサを愛していた。彼女のためなら幾千の銃口も怖くないと思っていた。

 しかし、実際はどうだ。

 アーロンが二度目の襲撃をした時、イーノックは騎兵の銃口に震えた。幾千どころか、たった二十やそこらのライフルが怖くて動けなかった。イーノックは自分が堪らなく嫌いになった。何が命も惜しくないだ。何が彼女の幼馴染だ。

 だから町民が「クラリッサか、町か」について話し合っている時、彼は一人だけ自分の銃を磨いて、それから遺書をしたためていた。決死の覚悟で突撃して、そうして彼女を救うのだ。そう思っていた。町民がクラリッサより町をとることは目に見えていた。

 しかしイーノックのそんな予想を、町民たちは裏切った。町民の一人、町の銀行の支配人であるジェンキンスがこう告げたのだ。アーロンは女もとって町もとる可能性がある、と。

「現状、銃口を向けられてるこちらは言うことを聞くしかない」

 ジェンキンスは続けた。

「クラリッサも町も、どちらも奪われたとしても、結局反撃できない。状況はゼロか一かだ。全て奪われてゼロか、全て守り切って一か」

 なら俺は一に賭けるぜ! 誰かが叫んだ。その声をきっかけに多くの男たちが「一だ! 一だ!」と叫び始めた。女もそれに加わった。子供たちまで「いち! いち!」と叫んだ。

 イーノックは涙が出そうだった。そしてほとんど泣いていた。しかし町民たちは、彼に泣くことを許さなかった。元兵士にして町一番の決闘の達人である彼に、助言を求めたのだ。戦いに勝つにはどうしたらいい、と。

「人手がいる」

 イーノックは涙を飲み込みながら答えた。

「人手がいる」

 かくして決まった。イーノックはアーロンに立ち向かうための人手を集めることになった。

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