第8話 二人目
ザカリー・グッドタスクは東側の狙撃手として東西戦争に参加した。父が狙撃兵だった。
父が四年間の戦争で狙撃した敵兵の数は三百と十二。一方ザカリーは百四十七人。しかし父は早くからザカリーの才能を見抜いていた。ザカリーは「当たる」と確信した時しか撃たず、逆に「当たる」と確信すれば何発でも的に当てることができたからだ。
ザカリーは兵士として戦っていた当時、後に「殺戮の森」と呼ばれる戦いに参加したことがあった。シェラ山脈の麓の森で起こった西側と東側との激戦で、立地の関係上、双方の物資補給に難があり、銃を使うことができなくなる場面があった。結果、白兵戦へともつれこんだ戦いだった。
ザカリーはこの森の戦いで父を亡くした。
父は狙撃手としては優秀だったが体格に恵まれず、白兵戦は苦手だった。銃弾が尽き、いよいよ頼れるのはその身ひとつとなった時、父はザカリーに告げた。
「狙撃手は恨みを買う」
そのことはザカリーも身を以て知っていた。西側の狙撃手に対する自軍の恨みたるやおそろしいものがあった。あれを自分も向けられているのだとすれば。背筋が冷たくなることもしばしばあった。
「見つかれば、俺は間違いなく切り刻まれる。でもお前はそうであってはならない。お前には未来がある」
森の中で幾日もキャンプをして過ごしたある日、ザカリーと父は敵小隊に囲まれた。いよいよ命の危機だった。
その時ザカリーと父は山小屋の中にいた。父はナイフを抜いて、ザカリーに命じた。
「俺と反対の方向に全力で走れ! 振り返るな! ひたすら走れ!」
ザカリーは父を尊敬していた。父を失うなんて考えられなかった。しかし父は違った。父はザカリーのためなら命をなげうつことができた。ザカリーはそれを理解するにはまだ若すぎた。
「でも、父さん」
「いいから走れ!」
「父さん」
「走れ!」
言われるままにザカリーは走った。走って走って、ようやく自軍の補給に辿り着けた時、ザカリーは父の銃を持っていた。弾丸はあった。ザカリーは森を見渡せる岩の上に陣取ると、銃を構えた。それから公式記録百四十七人の内九十六人を「殺戮の森」戦で狙撃した。
しかし結局東側は西側に負けた。ザカリーには何も残らず、あるのは父を失った喪失感と、父の小銃だけだった。ザカリーはそれらを抱えて旅に出た。スモールクリークはその末に行きついた場所だった。
ザカリーは酒に浸っていた。眠る時、一人でいる時、思い出すのだ。父の叫び声。父の命令。それらを忘れるために酒を飲んだ。覚えたての酒の味はほとんど分からなかった。
「風邪を引いてしまうわ」
ある夜。ザカリーが酔いつぶれて酒場のテーブルに突っ伏していると、ウェイトレスが声をかけてくれた。ザカリーはそれを追い払おうと思ったが、しかし手が止まった。ウェイトレスの手が、戦争で負傷した自分の右肩に添えられていたからだ。
「引き攣っていますね」
ウェイトレスが心配そうな顔をした。
「戦争の傷?」
戦争中、ザカリーの肩を弾丸がかすめた時があった。傷はその時のものだった。
「休息が必要でしょう。よろしければここの二階をお使いくださいな。マスターには話をつけておきます」
そう、ウェイトレスが去ろうとした時だった。ザカリーは胸に温かいものが宿っていることに気づき、思わず彼女を呼び止めた。それから名前を聞いた。
「クラリッサです」
ウェイトレスは微笑んだ。
「クラリッサ・ヘイウッド」
ザカリーは彼女に恋をした。
それ以来だ
ザカリーが、スモールクリークの酒場に、足しげく通うようになったのは。
*
「俺がいるぜ」
イーノックが「人手がいる」と言った時、ザカリーはすぐに手を挙げた。ザカリーは問題の誘拐があった時、ボロボロの死体を埋めるべく墓場で穴を掘っているところで、クラリッサの受難には立ち会えていなかった。そのことを堪らなく悔いていた。
「戦うなら、狙撃手が必要だろ」
するとイーノックが笑った。
「チキン野郎。やれるのかよ」
ザカリーは笑った。
「臆病者だからこそ戦える」
それからザカリーは、イーノックに向き直るとこう告げた。真心からの進言だった。
「もっと人手がいるだろ」
「いる」
イーノックがいやに素直に答えた。
「当てがいるのか?」
ザカリーは、すっと呼吸をした。
「隣町のリバタイドに、ウィルフレッドという男がいる」
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