第5話 目当て

 ひどい有様だった。

 イーノックはその晩、酒場には行かなかった。幼馴染のクラリッサ、そしてその父であり保安官であるフランクが、賭け決闘の件でイーノックを呼び出したからである。

「治安の維持に手を貸してくれて嬉しいよ」

 フランクが目一杯皮肉を言う。

「何せ私は銃が撃てないんでね。君みたいな人がいると助かるんだ」

 フランクは先の東西戦争で右手を負傷、銃が扱えなくなっていた。いや、厳密に言うと狙いがつけられなくなっただけで、散弾銃のような銃なら扱うことはできたのだが、しかし狙った獲物を撃ち抜くことは難しく、拳銃のような小さな武器でも駄目だった。つまりフランクは銃が撃てない保安官だったわけだが、持ち前の投げ縄の腕や投擲の腕でならず者たちを黙らせていた。投げものだけでなく、単純に腕っぷしも強かった。

「君のお父さんには世話になったからね。この町での君の立場を危うくしたくないんだ」

 イーノックの父は戦場でフランクの命を救ったらしい。以来、フランクはイーノックを気にかけてくれている。

「できれば今後あのような危険な遊びはやめ……」

 と、言いかけた時だった。

 立て続けの轟音が聞こえてきた。炸裂する火薬の音、歯車の音。そして最後に、とってつけたように車輪の甲高い音と馬の蹄の音とが聞こえてきた。

 イーノックもフランクも、慌てて武器をとって音のした方に行った。それは本来なら、クラリッサがウェイトレスを務めているはずの酒場の方角だった。

 イーノックは腰に拳銃、フランクは二連の散弾銃を持って駆け付けた。

 酒場は戦場よりもひどい有様だった。

 ずたずたに引き裂かれた住民たち。蜂の巣なんて言葉じゃ物足りない。ミンチだった。腹にどでかい砲を立て続けにぶち込めばどうなるかくらい想像がつく。そういう死体だらけだった。男も女もなかった。

 声が出ない。

 イーノックとフランクがしばらく呆然としていると、やがて一人の男が酒場に駆け付けてきた。

 ザカリーだった。酒場でいつもイーノックと言い合いをしている若い男。ザカリー・グッドタスク。

「ひでえ……」

 イーノックとフランクの言葉を、ザカリーが代言してくれた。彼の手には一応、愛銃のスマイス&ウィルソンがあったが、しかしもう用がないことは誰にも見て取れた。ザカリーは腰に銃をしまうと、破壊された酒場の奥へと進んだ。

 イーノックとフランクも続く。本来ならば、生存者の救護を優先すべきだろうがそんな考えなど馬鹿げているように感じるくらい、破壊し尽くされていた。しかしザカリーが、一枚の無傷な紙切れを見つけた。

「スモールクリークの諸君。挨拶がうるさかったら申し訳ないね。お互いの今後のために、しばらく町を留守にするといい」

 ザカリーが読み上げた文章を、イーノックもフランクも不愉快そうに聞いた。やがてフランクが口を開いた。

「誰からだ」

「アーロン・コールドウェル。これは名刺だ」

「知らない奴だな」

 そう告げたフランクにすぐさまイーノックが噛みついた。

「知らない? 事業家だぞ」

「事業家?」

「この辺の土地を買ってる」

 イーノックは破壊された窓枠に腰かけた。手寂しいのか、腰の銃に手を添えている。

「ここは金がとれた」

 ザカリーが「ああ」とつぶやいた。

「アーロンに目をつけられたんだ。あいつは町を奪うつもりだ」

 しばし、全員黙っていた。

 穴だらけになった壁に、夜風が吹きつけていた。

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