第4話 暴虐

 早撃ちはイーノックの専門だった。誰かに師事して学んだか? まさか。下手すりゃ弟子が師匠を撃ち殺しだ。

 やることは簡単だった。ホルスターからいち早く抜いて銃口を相手に向ける。引き金を引くのは「引いてやるぞ」なんて思う間もない内に。

 賭け決闘はよくやっていた。お互い命を賭ける誓いを立ててから、囲いの中に入って早撃ちの腕を競う。どっちが早く抜くか。どっちが早く倒れるか。砂漠を風が駆け抜ける間に、全てのことが決まる。

 彼には美学があった。「殺しはしない」これだ。先の東西戦争で、彼はいやというほど死人を見てきたし、作ってもきた。銃の扱いはこの時慣れたものだが、拳銃については独学だった。戦争で使うような小銃と拳銃じゃ勝手が違ったからだ。イーノックは小銃の使い方はいまいちだった。じっくり座って狙いをつけて撃って、ということができない。その点早撃ちは一瞬で事が済む。

 戦争の間、兵士の間で流行っていた「決められた時間内にいくつ的を破壊できるか」というゲームでイーノックはいつも一番だった。非常時用の武器である拳銃の扱い方、そして早撃ちの腕はこの時磨かれたものだった。

 ファニングショット。そう呼ばれている。引き金を引きながら撃鉄だけを操作する。撃鉄を前後させるだけの動作で六発撃ちきる。イーノックは瞬くうちにこれが出来た。一つの銃声で六発ぶち抜いたなんてこともしょっちゅうだった。

 スモールクリーク外れ、男の盛り場。

 出稼ぎに来た炭鉱夫や、労働者、そしてそいつらから金と心を搾り取る娼婦どもがたむろする場所。スモールクリークでも一番治安が悪いところだ。保安官の悩みの種。

 かつて牛が入れられていた柵の中。二人の男が並ぶ。お互い命を捨てる覚悟でいて、契約も交わしている。誰かが瞬きした。その瞬間に決着はついていた。

 一発の銃声と呻き声。イーノックの腰には煙を吹く銃があった。相手は手を押さえて呻いていた。

「出直してこい」

 イーノックは銃をホルスターにしまった。

「賭けは俺の勝ちだな」

 歓声。イーノックはもてはやされた。

 これは賭け決闘だ。もちろん命を落とす奴もいる。胸に風穴があくのはまだいい方。弾丸が貫通すればそれだけ傷も浅い。最悪なのは弾が体の中で回転して止まっちまった奴だ。内臓も骨もズタズタにされて、スモールクリーク一の名医でも治せない。ご愁傷様だ。肺と心臓の両方がやられることは滅多にないので、撃たれてもまだ息がある。「死ぬのか、俺は死ぬのか」そう思いながら死んでいく。かわいそうだが、賭け決闘はそこまでが娯楽だった。

 血生臭い? 泥臭い? いやいや。こんなのはまだまだ序の口だ。この後スモールクリークを襲った事件のことを考えれば。



 酒場のダンと呼ばれる酔っ払いが、小便をするために町はずれに行った。もちろん酒場に便所はあったが、ダンは町はずれのサボテンを気にかけていて、仕事に行く前にサボテンに挨拶するのが日課だった。そして酔っ払った時、養分だと称して自分の小便をサボテンにかけるのがお決まりだった。この日もそのつもりでサボテンのところへ行った。

 蹄の音がしたことには気づかなかった。気づかないくらいに酔っ払っていた。ふと見上げると立派な紳士がいた。ダンは笑った。

「いや失礼。催しちまって」

 ダンがへへへ、と笑うと紳士は鼻で笑い返した。それから告げた。

「私も催してな」

 紳士の銃が抜かれたのと、ダンが額に穴を開けられたのとは、ほぼ同時だった。



 酒場。にぎわっている。男も女も酔っ払っていた。そこにいきなり、投げ込まれた。

 眉間から血を流している、ダンの死体が。

 一瞬で酒場はパニックになった。女たちは逃げまどい、男は敵襲であることを察しテーブルを倒して壁を作り、それぞれの銃を構えた。しばしの沈黙の後、何かが聞こえた。それは車輪の音だった。

 決着は一瞬で着いた。酒場が蜂の巣になったのだ。

 聞こえてきたのは歯車が回転する音と、野太い銃声だった。およそ人が持てる銃の範疇を超えた、どでかい口径の銃、いや砲だった。後に人々はそれがガトリング砲と呼ばれる最新兵器であることを知った。本来は軍用の兵器だったのだが、アーロンは実家の伝手と自らの財に物を言わせそれを手中にしていたのだ。

 穴だらけの酒場に入る。

 男も女もズタズタになっていた。血や内臓でそこら中が汚れていた。呻き声を上げる人間がいたのでアーロンは自慢の軽い拳銃で頭をぶち抜き黙らせた。それから、名刺入れを取り出し、自分のカードと伝言を一言添えた。


〈スモールクリークの諸君。挨拶がうるさかったら申し訳ないね。お互いの今後のために、しばらく町を留守にするといい〉

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