第3話 金持ち

 貧しい者? そんなのを心配する理由はジェフにはなかった。

 鋭い銃声。遠く離れた案山子。それに括りつけられた砂袋が弾ける。立て続けにもう一発。砂袋の底が破れて、乾いた砂が大地に零れた。銃床から体を離したジェフが考えたことはひとつ。あの砂袋を撃ち抜いたように。空に輝く星を落とし、我が富を、財産を、もっと増やしたい。

 ジェフが持っている土地は枯れているものが多かった。作物なんてとれやしない。大陸横断鉄道に買わせるために西部の土地を早い者勝ちだと言わんばかりにいくつか押さえたが線路はジェフの所有する土地のわずかに北を通っていってしまった。つまりジェフの持っている土地は何の金にもならなかった。

 しかし土地があればそこに人々を住まわせることができる。人が集まればそこに経済が発生し、経済があると社会が生まれる。ジェフはスモールクリーク周辺の土地を押さえている地主だった。そしてそんなジェフの元へアーロン・コールドウェルがやって来た。

 アーロンは紳士だった。採掘した金の六十%を渡すから土地の権利が欲しい。そう言ってきた。悪くない取引だった。もっとも、アーロンが「採掘した」と主張するゴールドが果たして本当に採掘された金の総量なのかという問題はあるが、それでもあの枯れた土地が金になるのは魅力的だった。そもそも今ある「財産」と呼べるもの自体が金にならなかった。あの近辺の土地を手に入れて得た「財産」。それは人々からの尊敬。だが町民からの尊敬など金にならぬ。

「では決まりということでよろしいですね」

 アーロンと握手をした。見た目の割に細い指で、ジェフは自分の手に骨が食い込むのを感じた。

 ジェフ・ランドルフ。趣味は射撃。

 この間は空飛ぶハゲワシを五頭撃ち殺した。その前はバイソンの心臓を撃ち抜き一撃で仕留めた。銃の腕、狙撃の腕には自信があった。しかし先の東西戦争には従軍しなかった。

 ランドルフ家は土地を買うことはできる程度には裕福だったので、西のゴールドラッシュにもそれほど魅力は感じなかった。東の貧しい連中が西の金脈に嫉妬してしかけた戦争だったがそんなのはランドルフ家にとっては下々の者の争いだった。そしてランドルフ家は州政に口出しできる程度には強い家柄だった。ジェフは父の口利きで州の兵役を逃れた。撃つのは楽しい。だが誰かに撃たれるのはまっぴらだ。

 西に買った土地も、ゴールドラッシュ目当てというよりは大陸横断鉄道を敷こうとしていた国に買わせることが目的だったので、その狙いが外れた今、いっそのこと売り払って金に換えてしまおうかとさえ思っていたのだ。アーロンの訪問はそんな折だった。しかも土地の金だけではなく、採掘された金の売り上げもくれるという話だ。

 弾を装填する。レバーを引き、構える。狙いを定める。深呼吸。引き金。

 発砲音が轟き、遠く離れた案山子に当たる。

 十字に結ばれた木の枝の、ちょうど真ん中。人で言う心臓の辺りを、弾丸は撃ち抜いていた。

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