学校祭〈3〉邂逅、からの大事件!?

 母親を見送った後、早めの昼食をとるために一人で外に繰り出した。紺野先生は実行委員会に用事があるというので別行動だ。たった数十分のために着替えに戻るのが面倒だったのでメイド服のままだが、意外と注目されない。


 学校祭ということもあり奇抜な格好の学校関係者ばかりで、それは男性職員も例外ではないからだ。俺もスタッフだと思われたのだろう、途中で何組かの来場者にアトラクションや建物の場所を聞かれたので、丁寧に回答しておいた。


 そうしているうちに、学校祭のメイン会場……本部前広場にたどり着いた。いつもは静かな学校だが、今日はまるで駅前の繁華街のように賑わっている。


 広場の中央に設営されたメインステージでは学生有志がバンド演奏の真っ最中。曲目は今をときめくガールズバンドの最新曲だ。集まった観客はみんなそろって手を叩きながら、飛び跳ねながら大盛り上がりしている。


 そして広場を囲むように配置された模擬店や、飲食店の出張販売の前にはどこも長い行列ができている。自クラスの宣伝に回る時間も欲しかったので列に並ぶことは早々に諦め、本部棟の食堂で腹ごしらえをすることにした。


 解放されたままのドアをくぐる。エントランスホールの奥、右側が売店で左側が食堂だ。無人というわけではないが、お祭り騒ぎな屋外と比べると空気が少し冷たく感じた。


「あな、そこにいるのはたまきくんではないか!!」


 ホールに飾られている観葉植物の影から、透子がひょっこり現れた。朝の控え室にいなかった透子は制服姿。店番の時間は午後からなので、後で衣装に着替えるつもりなのだろう。


「ほほう。なるほど。君には女子の装いも似合うのだな」


 透子はメイド服に身を包んだ俺の全身をくまなく観察すると、秋の空にも似た色の大きな瞳がまばゆく輝かせた。その明晰な頭脳に詰まった企みはその手の魔術が使えずとも見通せてしまう。


「おい、次は女の子の服を着せるつもりだろ。絶対嫌だからな」


「ウケケ。まあそう言わず。一度試してみてくれたまえよ」


「バカ言うな」


 脇腹をつつかれたので頭を軽く小突いた。ケタケタと笑う透子を見て、こちらも釣られて笑う。いつも通りのじゃれあいである。


 人間を着せ替えるのが趣味の透子は、お城のような自宅にそのための専用部屋まで持っている。珠希さんや森戸さんを飾り立てるだけでは飽き足らず、俺にまでなんらかの衣装が用意されている始末だ。可愛い姿の珠希さんを見られるのは嬉しいが、俺まで巻き添えにするのはちょっと勘弁してほしい。


「まあそれは置いといて、よければ昼食を一緒にいかがかね? 連れに君のことを紹介したいのだが」


「えっ、いいけど。邪魔にならないか?」


「ウケケ、案ずることはない。今はかわやに行っておるゆえ、しばし待ちたまえよ」


「わかった」


 というわけで、食堂の前で待つことにした。


 まあ、連れというのはおそらく東都ここを志望しているという妹の透花さんだろう。志望校のこういった催しに、学校見学がてら出向くというのはよくある話だろうし。


 ちなみに彼女は最近、受験勉強で忙しいらしい。会うのは久しぶりだなと考えている俺の横で、透子は観葉植物の葉っぱを観察している。


 名前は知らないが他でもたまに見る、深く切れ込みの入った大きな葉っぱだ。「これを仮面のように被れば変装に使えるかも知れぬ」という呟きをとらえたので、そんなわけあるかと心の中でツッコミを入れる。


 ……相変わらず自由なやつだと思ったところであることに気がつく。先ほど透子は『連れに俺のことを紹介したい』と言ったのだ。別に透花さんとは初めて会うわけではないのでつじつまが合わない。よし、聞こう。


「連れって誰なんだ?」


「おお、言い忘れておったな。実はな」


「ああっ! もしや貴様は!!」


 透子の返答を遮る叫び声とともに、こちらに向かってきたのは透花さんとは少しタイプが違うものの、同じくらい可愛らしい子だった。


 背丈は珠希さんと同じくらい。少し薄い色の髪は短く切り揃えられていて、透子がかけているのにそっくりな銀縁眼鏡をかけている。


 着ているのはおそらく学校の制服だ。エンブレムのついた濃紺のジャケットにグレーのチェック柄のズボン、赤のストライプ柄のネクタイ。東都の制服は瑠璃紺色の無地なので、派手な色合いが新鮮に映る。


「やっぱり、そうだ」


 吐き捨てるように言ったその子は、なぜか今にも俺に噛みついてきそうな剣幕だった。たじろいでしまったが、貴様呼ばわりされたり、恨みを買うようなことをした覚えは……ない。


「え? だ、誰だっけな」


「えっと、は……んあっ」


「香坂環くん、お初にお目にかかる。ぼくは六弥礼音ろくやあやねという」


 何かを言いかけた透子を押し退けるように自己紹介をした六弥……さん。こんなに可愛い顔をしているのに、男子みたいな話し方をするのに少し驚いた。


「ん、あれ?」


 いや待て、どうして俺の名前を知っている? 確かに俺はこの世界にたったひとりの男だが、世の混乱を避けるためにその存在は公にはされていないと聞かされている。決して道行く人に名前が知られている有名人などではない、はず。


 もしかして学校祭ドッキリ企画みたいなやつなのか? 慌ててカメラ的なものを探していると、透子が六弥さんの隣に並び立った。


「ああ、たまきくん。紹介しよう。彼はわたしの幼なじみで、婚約者……」


「はあっ!? 婚約者!?!? 透子のッ!?!?」


 それに、婚約者ということは……? あまりにも斜め上すぎる展開は、まあ、ドッキリには違いなかった。



 ◆



 六弥礼音『くん』、年齢は十七歳で某私立高校に通う高校二年生。制服を見たところでわからなかったが、学校の名前はクイズ番組の高校生大会で聞いたことがあった。全国的にも有名な超進学校だ。


 そんなことよりも何よりも……男なの? というのが俺の第一印象だった。言われてみれば確かに胸に膨らみはないが、女の子にだってそんな子は……例えば透子のように。


 なんかごめん、と心の中で謝ってから、チラリと前を見る。


 丸みのある輪郭にぱっちりと大きな目。肌は抜けるように白く、身体も全体的に小さい。やっぱり年上の男だなんて信じられない。名前だって女性の名前じゃなかったか? いや、俺の名前だって女の子とよく間違われるけれども。


 透子はご機嫌そうにサンドイッチをちまちまとかじっているが、ちょうど向かい合わせに座った俺と六弥くんの間にはなんとも微妙な空気が流れていた。


 六弥くんは先ほど挨拶したきり無言で、隣に座った透子がひたすら喋り続けていた。そして、俺は彼が頼んだ食堂の隠れ名物、特大盛りカツカレーから目を離せずにいた。


 大きさは通常のカレー四人前で、俺が頼んだ大盛りのさらに倍盛りである。少なめカレーが売れ筋の女子校にどうしてこんなチャレンジメニューが存在しているのかはわからない。伊鈴先生が好んで食べているという噂は聞いたことがあるが、実物を見たのは初めてだった。


 高校生男子……食べ盛りなのは俺だって同じだが、それにしてもちょっと遠慮したいという量を、俺よりふた回りは小柄な六弥くんがすごい勢いで胃袋に収めていく。


「たまきくん、食べないのかね? 冷めてしまうでござるよ」


「ああ、そ、そうだな。食べ、食べるよ」


 我にかえってようやくスプーンを動かし始めたが、俺はまだドッキリの可能性を疑っていた。だって、こんな展開はあまりにもぶっ飛んでいる。


「あやねどのは相変わらず食いしん坊でざるな。素晴らしいぞ」


「大したことないよ。美味しいものはいくらでも食べられるし」


 透子の賞賛? に六弥くんは涼しい顔で返すと、口元をハンカチで拭いながら、俺のカレー皿に目を向けてきた。


 こちらの大盛りカレーは残り半分ほど。「お前はそんなものか」とでも言いたげだが、食べる量で張り合っていったい何になるのだ。透子がいる手前黙っているが、あまり気分は良くない。


 無理やり残りをかきこんで、米粒を残さずさらってから手を合わせる。透子も食事を済ませたところで、食器を返却し食堂を後にした。


「んー、すまない。ちょっとお花摘みに行ってくるでござるよ」


 食堂を出るやいなや、透子はふらりと廊下の奥……トイレのある方へに消えた。


「ちょっと背が高いからって調子に乗るなよ」


「あ」


 ああ、そうだ、彼もここにいたのだった。かすがいたる透子に消えられてしまっては気まずさが何倍にも膨れ上がる。ついでに六弥くんの頬もなんとなく膨れている。


 確かに俺の方が背は高い。身長差はそうだな、俺の唇が彼のおでこに触れそうと言ったところか。うーん、嫌な例えだ。やっぱり食事が終わった時点で即解散にしておけばよかった。なんとも重い空気がスカートの下をくぐり抜けていく。


「なあ、女子校に通えてさぞかし楽しかろうな香坂環くん。男子なら誰しもが憧れる夢の国じゃないか」


「いやまあ楽しいといえば楽しいけど、それは普通の学校でも同じだろ」


 やっぱりこれかと肩が落ちた。誤解されがちだが、別に男がひとりだからって無条件でモテやしないし、チヤホヤもされない。仲のいい子はいてそれなりに楽しく過ごせてはいても、女子校にいる男子なんてどちらかというと邪魔者寄りの存在でしかないのだ。


「ほら、やっぱり楽しいんじゃないか。どうして男のくせに魔力なんか……血筋はぼくの方がはるかに優れているというのに。確かに君のご母堂はこの国でも指折りの腕を持つ魔術師のようだが、本当にそれだけでか? そんなの納得できるか」


「わざわざ調べたのかよ……」


「もちろんだ。なぜなら透子を狙う奴はもれなくぼくの敵だからだ。倒すべき敵のことについて隅々まで調べるのは当然だ」


「いや、狙ってないし」


「透子を好きにならないなんてお前ちょっと変わってるな。はあ、何でこんなパッとしなくて見る目もなさそうで頭も回らなさそうな奴が『たったひとり』なんだ。それになんか女装してるし。気持ち悪」


 六弥くんは吐き捨てるように言うと、懐から手帳を取り出し、ペンを動かし始めた。


 好き勝手言われ腹が立ってきたので、ここぞとばかりに身長差を利用し手帳を覗き見してやる。そこには俺の誕生日、出身地、母親の名前、その他にも俺の情報がいろいろと書き込まれていて、鳥肌が立った。


 透子の婚約者ってことは多分どこかのお坊ちゃんだろ? もしかして、立場を利用して手に入れたってことか? うわあ。


「あのさ、なんだよそのメモ。気持ち悪いのはどっちだよ」


「あっ、勝手に見るな。ああクソ、ぼくにも魔力があれば。お前の好きになんかさせないのに」


 バカバカしい。これ以上付き合ってやる義理もないのでさっさとこの場を立ち去りたい。でも、透子に黙って行くのも逃げるみたいでシャクだ。


「やっほー! 香坂くん! もしかして食堂行ってたの? 空いてた?」


 ムカムカしすぎて胃に穴が開きそうになっていたが、たまたま通りがかった三井さんになんだか救われた思いだった。これで六弥くんから離れられる。ここぞとばかりに彼に背を向けた。


「ああ、行くなら今のうちじゃないか」


「やった! うちのクラスのやつめちゃくちゃ混んて忙しいからあんまり時間なくて……模擬店並びたかったぁ」


「大変だな。俺はこれから気合い入れて宣伝回りだよ」


「がんばれー! 私も後で行くから!」


 彼女が所属する一年三組は『星空の迷宮』というアトラクションを二組と、専科で幻像術を専攻する六年生と合同で出展している。体育館を目一杯使った大掛かりなものだと学生の間では話題になっていて、俺も模擬店が終わり次第、友達と行く予定にしていた。


 そこで突然、三井さんに腕を引かれた。そのまま観葉植物の影に連れていかれる。相手は三井さんなのに心臓が高鳴ったのに自分でも驚いて必死で首を振ったが、続けて目の前に顔が近づいてきたのであまり意味をなさなかった。


「ねえ、絶っ対たまちゃんとふたりで来て。サービスするから」


 鼻息荒くささやかれた。なんか嫌な予感がする。


「サービスって何だよ」


「もちろんカップル向けの何かだよ。とっておきのがあるから。あとね、中は真っ暗だからイチャイチャし放題だよ」


「……お、お気遣いどうも」


 思いもよらない攻撃に顔が熱くなってきて、目も合わせられなくなった。そんな俺を見て三井さんが得意げにウインクをしたのと同時に、「貴様……やっぱりけしからん」というかすかな呟きが。


 盗み聞きかよ。誤解を解くのもめんどくさいので、聞こえなかったことにしようと決めた。





 …………さて、すっかり忘れてきたが、透子はまだトイレから戻ってきていない。もしかして腹を酷く下しているんじゃないかと心配になったが、突然一つの可能性が頭をよぎった。


 そうだ今なら頼める人がいる。話を終えて食堂に入ろうとしていた三井さんを慌てて呼び止めた。


「三井さん、悪いけどそこのトイレに透子がいるかどうか

 見てきてくれないか?」


「え? 四宮さん? わかった、見てくる」


 十数秒後。


「あの、誰もいなかったけど」


「「やっぱりな!!」」


 俺と六弥くんの声が綺麗に重なった。同じ言葉が出たということは、フリーダム綿菓子娘はどうやら婚約者の前でも同じような調子でいるらしい。


 彼も透子の扱いにはきっと苦労しているのだろう。好きな人に振り回されるというのもまた、幸せの形ではあるだろうけども。


 それはそれとして、透子は一体どこへ?


 まさか本当に花を摘みに行ってしまったのだろうか。ていうか、午後からの店番はどうするつもりなんだろうか。まさかトンズラ……ありえる。あいつには授業をサボった前科がある。呆れて唇が引きつった俺の横で、六弥くんは険しい顔をしていた。そして。


「誘拐だったりして」


 六弥くんが絞り出すように出した一言はまさに、青天の霹靂だった。


「は!? 誘拐!? ま、まさか」


 とっさにそう言ったものの、よくよく考えれば透子はお金持ちのお嬢様。よからぬ輩に狙われていても全く不思議ではないのだ。真っ青な顔の六弥くんの方を向く。俺の提案に乗ってくれるかはわからないが。


「ろ、六弥くん。とりあえず、一旦落ち着こう。あいつが行きそうなところにいくつか心当たりがある。先に確認してから警備に通報しよう」


 ゴクリ、と唾を飲む音がした。六弥くんは迷っているのか少しだけ目を泳がせると、小さく頷く。


「君の力を借りるというのはしゃくだが、致し方ないな。わかった。ついて行く」


 意外とあっさり了承してもらえたので胸を撫でおろした。


 しかし、本当に身代金目的誘拐だとしたら……『謎の魔術師出現』以上の大事件の予感に、背筋が凍りついた。

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