10月〈2〉上崎未来は見た

 とっととととととんでもないシーンに出くわしてしまいましたね!!


 ……私、上崎 未来うえさき みくは、ひたすら寮への道を急いでいた。さっき見たものが信じられないあまり、時々つまずきながらになってしまう。


 ほんと、どうしてあそこで深入りしちゃったんだろうね。何でもかんでも首を突っ込みたくなってしまうのは、私の悪い癖だよ。


 もう十月だっていうのに、夏の日差しにやられたのかってくらい顔が熱い。めちゃくちゃ熱い。なにより次にに会ったとき、どんな顔したらいいのかわからないよ……って!!


「うっひゃあ!?」


「えっ!? 上崎先輩!?」


 ああああ、そんなことを思っていたら、早くも出会ってしまったよ。心の準備も何もなかったけど、そりゃ寮に帰るとしたら同じ方向だから仕方ないよね……って、どうしようか。


 たたかう? にげる?


 頭の中に浮かぶ選択肢。私の大声に驚いた鳥たちがバサバサと空に飛び立つのを、ポカンとして目で追ったは、今はすっかり元通りらしい。純朴で奥手だと思っていた彼。でも私はついさっき、別の姿を見てしまったんだ。



 ◆



 思えば、今日も私は朝から魔術の実習漬けだった。四年生の後期にもなれば一般科目はほぼなくなり、魔術の座学と実習が半々。学内での実習だけじゃなく学外に出ることもあって、授業だけでも本当に大忙しなんだ。放課後は放課後で学校祭の準備とか、寮の役員の仕事とか、色々あるしねえ。


 そんな日々の安らぎは、研修棟の裏にある池のほとりで、静かな水面を見ながら一息つくこと……ミルクティーのボトル片手にそちらに歩いて行くと、今日はいつものベンチに先客がいるようだね?


「おや? あそこにおわすは香坂くんじゃないですか」


 遠目だけど、あのツンツン頭は見間違いようがない。この学校に男の子の学生は一人だけだからね。ベンチに座って、空を見上げているらしい。私と同じような考えなのかな。


 お暇なら一緒にお茶飲もうよ……そう声をかけようとしたけど。誰かと一緒にいることに気がついて、あわてて研修棟の陰に隠れた。


 こんなところでお話? でもここからじゃ、相手の子が誰なのかよくわからないなあ。目の前にある木がちょっと邪魔をしてくるね。私は植え込みの陰に隠れるようにしゃがみ込んだ。


 実習着の懐から魔術書タブレットを取り出し、術式を呼び出す。聴覚をちょっとだけ拡大。人の声だけをうまく拾えるように調整することも忘れない。まあ要するに、盗み聞きだよね。趣味が悪いのはわかってるよ。


 でも、ほら。もしトラブルだったら大変だからね。最近は彼もすっかりここに馴染んだけれど、入学した頃は色々あったからけっこう心配してるんだ。それに、何かあった時に下級生の力になるのが、私の仕事ですので。


『あっ……』


『違うの。ごめんね、後ろからのほうがやりやすそうだから』


『な、なるほどな』


『下手くそでごめんね』


『いいよ、ゆっくりで』


 お? 相手が本城さんなのは声を聞いたらわかったけど……まあ、二人は普段からなんとなく仲良しさんに見えるけど、なんだか様子が変というか……一体何をやってるのかな?


 ん? 待って。へ、変なことじゃないよね? 不覚にも、いかがわしいことを頭に浮かべてしまった私は、はやる胸を抑えながら首をギリギリまで伸ばしてみる。でも、やっぱりここからじゃ姿がよく見えない。よし、こうなったら。


 聴覚をもとに戻し、次は『偽装』の術式を呼び出す。それに沿って魔力を練りながら、目の前に生えている木に触れて形態を転写。こうするとなんと、私は木にしか見えなくなっちゃうんだよね。


 不自然にならないように、ゆっくりと場所を移動して。視界が開けたところで、そのまま木になりきりましょう。今はまだ自分の身長と同じ高さしか出せないから、元の木よりは小ぶりにはなっちゃうけど。


 さて、私が想像したようなことをしているわけでもなさそう……よかった、よかった。でも次の瞬間、香坂くんの行動に度肝を抜かれてしまった。


 本城さんに顔を近づけて、そのまま……ええっと。キスしちゃったよ。


 あまりのことに大声で叫びそうになっちゃったけど、唇を噛みしめてグッと堪えた。だって、木が叫ぶわけにはいかないでしょ。枝葉はだいぶガサガサ言ってるだろうけど。


 えっ待って、香坂くんと一緒に買い出し行ってからまだ一ヶ月も経ってないよ? あの時は……どうだったんだろう?


 あと、本城さんは……最近、毎日髪型に気合入ってるなーとは思ってたけど、そういうことだったの? 全然わかんなかったよ。


 考えれば考えるほど心臓が激しく打って、その度にどうしても葉っぱがサワサワ擦れてしまう。風も吹いてないのに一本だけこんなことになってるのって怪しすぎるよね。もし試験だったら減点だ。


 一方。二人は唇を離したあとも、じっと抱きしめ合っていた。これは嫌がっているのを無理矢理とかじゃないってことでいいよね? じゃあ、周りがどうこう言うことじゃないかな。


 そっと偽装を解いて、研修棟の陰に身を潜めた。ミルクティーを持っていたことを思い出して、キャップをひねってひと口飲んだ。甘いなあ。まだドキドキしてる。


 ところで、どうして私はショックを受けてるんだろうね? 別に彼のこと意識してたとか、好きだったとか、そんなわけじゃないよ?


 でも、あの小さかった香坂くんが……いや、何言ってんの。親戚のおばちゃんじゃないんだから。出会ったのは今年の春なんだから、すでに大きかったって。


 でもね。地方こそ違えど、私とおんなじように田舎出身の彼のことは、どうしても三つ離れた弟の姿と重ねちゃって。なんだか可愛いなってずっと思ってたの。


 もし好きな子がいるのなら、彼は奥手そうだから応援してあげなきゃって思ってたんだけど……まさかまさかのそのまさかだよ。あの人畜無害そうな香坂くんが、しっかりオオカミさんの顔を持ってるなんて思わないじゃないですか。



 ◆



 逃げるようにその場を後にして……そして、鉢合わせしてしまった。


「あ、香坂くんだ! ん? 顔真っ赤だね、体調悪いのかな? 保健室行ったほうがいいんじゃない?」


 めちゃくちゃ早口になっちゃった。って、余計なことまで言ってるよね? 覗き見してましたって自白してるようなもんじゃん! 落ち着け、顔に出すな。相手はまだ一年生、読まれたりするわけがないんだから。


 それでも気まずいったらないけど、目を逸らすのも怪しいから必死でこらえてると、先に目を逸らしたのは香坂くんだった。向こうもめっちゃくちゃ気まずそうだね。やっぱり覗き見してたのがバレてますか?


「えっ? あ? えっと……なんでしょうかね、今日ちょっと暑いからかな……」


 目はちょっと泳いでるけど、いつもの人の良さそうな笑顔。バレてはないのかもと、ひと安心したけど……彼はなぜかネクタイをしてなくて、シャツのボタンも外してる。


 そのうえ、開いた襟元からシルバーのペンダントが見え隠れ。そ、そういうものを身につけるタイプだったんだね、意外だよ。


「せ、先輩?」


 目を丸くして私を見る姿は、完全に今まで通りの香坂くんではあるけれど。


 ……思えば、彼も半年でずいぶん大人っぽくなったよなあ。弟もそうだったけど、男子も恋するとまず眉毛を整えるものなのかな。それに、たぶん背も伸びたよね。ちょっとキュンとしちゃうね……えーっと、違う違う。


 なんでそんな格好なのかな? 本当に暑かったから? そんな、学校の中、ましてや外でそんな……以上のことなんかしてないよね?


 あっでも…………最初に聞こえた会話ってやっぱり…………。


 いや待って、私はいったい何を考えているのかな?



 ◆



 未だ彼氏がいたことない私にとって、やっぱりあの光景はあまりにも衝撃的だった。ドラマなんかでもそういうシーンはちょっと恥ずかしくて、目を逸らしてしまうこともあるのに、知ってる子同士の……はあ。暑いなあ。


「未来? 今日はどうしたの? みんな心配してるよ」


 ようやく落ち着きを取り戻して、寮の自習室で勉強していたら、三井千夏……ちーちゃんに声をかけられた。


 四年生になると個室があてがわれるから、勉強は自分の部屋でしてる子がほとんどだけど……私は寮生役員だから、みんなが声をかけやすいようにできるだけ自室にはこもらないことにしてるんだ。


 でも……みんなが心配してるって? 私、そんなにわかりやすかったんだね。


「あー、具合……悪くはないけど、うーん悪いかも」


「変なの……体調がってわけじゃなさそうね。話なら聞くけど?」


 ならば、ここからは女子トークおしゃべりと決め込みますか。荷物をパパッとまとめ、自習室を出て談話スペースへ移動する。ローテーブルや長椅子が置いてあって、ここでは唯一テレビを見ることもできる場所。


 いつもはそれなりに人が集まる場所ではあるけど、今はサークルだったり課題に取り組んでいる子が多い時間だから、私とちーちゃんふたりだけ。


 うん、込み入った話をするにはちょうどいいよね。こんなこと友達に聞くのは恥ずかしいけど、腹をくくった。


「ちーちゃんってさ、男の人と付き合ったことある?」


 我ながら、藪から棒もはなはだしい。ちーちゃんは目を丸くした。


「なによ突然……あるわけないでしょ。自由な恋愛なんて認めてもらえないわよ。学校は小学校から女子校、そのままエスカレーター的に魔術学校。そのあとは親が決めたお見合い。これがお約束。まあ、未来はその辺をどうこう言われることないのかな」


「……だねえ」


 ちーちゃんは三井家、いわゆる魔術の名門出身。私みたいな田舎者にも分け隔てなく接してくれるけど、実はれっきとしたお嬢様だ。そういうお家には血統を重視するところが多くて、お相手はところから選ぶものなんだって。


 対する私はの出身。父方の遠い親戚に一人だけ魔術師さんがいるけど、あとは素質なしの人ばかり。だからここに来て初めてそっちの世界を垣間見て、本当に驚いたんだよね。


「まあ、なにくそ! と思ってたこともあったけど。今は楽でいいかなって考え。どうせ勉強忙しくてそれどころじゃないし、両親もそれでうまくいってるしね。そもそも魔術学校に出会いなんかないじゃない」


 そう言うと宙を見て、短いため息。花の十代女子にしては冷めた考えだね。まあ、これが特別珍しい考え方でもないというのは、ここで四年過ごしててひしひしと感じていましたけど。


「でもさ、今は男の子いるじゃない?」


「……香坂くんねえ、すごくいい子だとは思うよ。でも、うちは姉妹して釘を刺されてるかな。友人として付き合う分には別に構わないけど、絶対にそういうことにはなるなって……ふうん? そういうことなの?」


 珍しくニヤついて、眼鏡を押さえるちーちゃん。おいおい。色恋には興味なさそうな顔をして、君だって実はそんな感じなんじゃないか。でも、香坂くんとそういうことになっちゃいけないって、どうしてだろうね?


「ああいや、違う違う。私じゃないよ? もしも、香坂くんが本城さんと……ってなったらどうかなーなんて? 思ったりして……」


 ああ、何を言ってるんだ私は。口が滑ってるにもほどがあるよ。でもそれを聞いたちーちゃんはなぜか難しい顔。じっと考え込んで……ためらいがちに口を開く。


「うーん、本城さんか。もし本城だとしたら、古式魔術の宗家だから……ウチ以上に相手の血筋にはすごくこだわるだろうし。もしかしたら、生まれる前から相手は決まってるって感じかも」


「え、そうなの!?」


 想像以上の回答が飛び出したぞ。若いうちにお見合いするってだけでもびっくりしたのに、生まれる前からって……そりゃもうとんでもないことだね。すごい世界に来たもんだ。


「うん。古い家はそういうところが多いよ。家と家の繋がりもすごく大事にするし……でも、どうしてそんなこと聞くわけ? 確かに二人は仲がいいけど、同じクラスだからってだけじゃない? 別にそんなんじゃなさそうだけど」


「ああああああ」


「未来!?」


 見てしまったんですとも言えないから、頭を抱えるしかなかった。


 そりゃこの時期の恋がずっと続くことなんて、そうそうないって分かってはいるよ? でも、二人とも可愛い後輩だもの。やっぱり末長く幸せでいてほしいじゃない。


 でも、よく考えたら自分の恋もまだなのにさ、後輩のことでこんなにも悩むことになるなんて。私はやっぱりそういう性分なんだなあと思いましたとさ。はあ。



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