9月〈?〉俺と先輩

 ※注・9月〈1〉より少し前の話になります。


 新学期に入って最初の土曜日。俺は学校最寄りのホームセンターにいた。


 先ほど買ったものを台車やカートから軽トラックの荷台に手早く載せ替えていく。ペンキが数色。木材が大小合わせて数十本、土と植木鉢、花の苗。あと、組み立て式のスチール製ラックが二台。他にも細々したものが入った袋が何袋かある。


 空になったカートや台車を返しに行っていた先輩が戻ってきた。


「よし、これで全部ですかね?」


「ありがとう! いやー、男の子はやっぱり力持ちだね!」


 そう言いながら慣れた手つきで荷台にロックをかけ、先輩は笑う。まだ夏の暑さを残した陽射しの下、未だ枯れぬひまわりのようといったところか。上崎先輩は底抜けに明るい人なのだ。


「ああ、いや……そうなんですかね?」


「うんうん、やっぱり腕っ節では敵わないかな。魔術使っていいならひとりでも余裕だったんだけど、私もまだ学生だからねー」


「先輩は頼りになるんで、時々忘れそうになりますけどね」


 たしかに『軽量化』でも使えば、男手なんか全く必要ないだろう。しかし、で魔術を使うことはできない。俺も目の前の人も、学年は違えど未だ魔術学生の身分だからだ。


「おっ、褒めてくれてありがとう。よし、そこの自販機で飲み物買おっか。ごちそうするよ」


「すみません」


 駐車場の端にある自販機を指さす先輩。ちょうど喉が渇いていたので、お言葉に甘えることにした。



 ◆



『香坂くん、荷物持ちとして私めに同行願えないかな?』


 先日、上崎未来うえさきみく先輩に声をかけられた俺。別に予定もなかったし、いつも世話になっている先輩の頼みなので、二つ返事で引き受けた。


 学生寮の集まりだけではなく、各クラスの委員長副委員長が所属する代表委員会でも顔を合わせることが多い上崎先輩。上級生の中では最も親しい人といっていいと思う。


 先輩は十月の終わりにある学校祭の実行委員長も務めており、早くもその準備のために奔走しているそうだ。


 しかし、この人はいったい幾つの役職を兼任しているのだろうか。学校内のどこにいても突然現れるイメージがある。カラッとして表裏のない性格とは裏腹に、なかなかミステリアスな存在だ。


「そういえば先輩、車の免許持ってたんですね」


「うん、去年の夏休みに取ったんだ。私の地元ってど田舎で、車がないと暮らせないから」


「ああ、俺の地元も同じです。そうか、やっぱり早いうちに取った方がいいのかな」


 頭の中に浮かんだ地元の景色……一応バスは走っているが、本数が少ない。通勤や買い物などにはどうしても車が必要なので、運転免許は生活必需品といってもいい。俺はあと六年はこちらにいるが、いずれは……うーん、どうするんだろうな。


「就職したら時間取るの難しいかもだから、学生のうちがいいかもね。まあ、免許持ちがバレると、こうやって学生会からもお使い頼まれたりしちゃうんだけどね」


 先輩はあははと笑うと、スチール製ラックが入った大きな段ボール箱を指さす。これは学生会室に新しく置かれる物なんだそうだ。


「それは先輩がなんでも引き受けてくれるからじゃないですかね?」


「あはは、頼られちゃうと断れないんだよー。さて、時間ないし早く帰ろう!」


 二人して店から借りた軽トラックに乗り込む。先輩が運転席、俺は助手席。行きはバスで来たが、帰りは二人きりでドライブというわけだ。彼女がいながら先輩と二人きりとだなんて、俺はもしかして悪いやつか? 浮気者とか言われてしまうんだろうか?


 いやでもこれは用事だからと自らに言い聞かせ、胸を押さえながらシートベルトを締める。ほどなくして軽トラックは発車した。



 ◆



 運転するのが好きだという上崎先輩はずっと鼻歌を歌っていてものすごく機嫌がいい。俺はそれを聴きながら窓の外を流れる景色を眺めていた。九月になりほんの少し暑さが緩んだとはいえ、まだ秋になったという実感とは程遠い。


 ホームセンターを出発して五分ほど経ったが、ずっと互いに無言だった。さすがに少し気まずいかなと話題を探した時、上坂先輩が口を開く。


「香坂くん見てると弟のこと思い出すんだ」


「弟さん、ですか?」


「そうそう。歳も香坂くんと一緒だから余計に。背が伸びて生意気になったけど、かわいいんだよね。今は好きな子がいるみたいで、なんか私にまでカッコつけちゃって、それがまた」


「は、はあ……」


 歳が一緒の弟さん……まるで我がことを言われているようで、少し恥ずかしい。再び喉が渇いてきたので、麦茶のボトルのキャップをひねる。


 きょうだいか。森戸さんは俺と同じで一人っ子だが、三井さんは姉妹で同じ寮だし、透子も紺野先生もきょうだいがたくさんいる。


 うちは家庭の事情が特殊なので、もう望めないだろうが……もしいたらどんな感じなのだろうと、想像したことくらいなら何度でもある。お兄ちゃんと呼ばれたとしたら、ちょっとこそばゆいだろうな。


「ねえ、香坂くんも好きな子くらいいるでしょ?」


「んんっ!?」


 ちょうど麦茶を含んだところだったので、噴き出しかけてしまって鼻の奥が痛い。不意打ちにわかりやすくうろたえてしまったが、これではイエスと言っているようなものである。焦る俺を横目で見た先輩はなんだか得意顔。


「あ、図星か。まあそりゃそうだよね。周りはみんな女の子なんだからひとりくらいは……って大丈夫かな?」


「いや、平気です……って先輩前! 信号赤です!」


「ああっと! 失礼!」


 急ブレーキ。シートベルトが身体に強かに食い込んだ。背後から音が聞こえたので振り返ったが、荷台に積んだ荷物が動いただけのようだ。交差点に入る前にきちんと止まれたことにホッとする。


「いやいや、うっかりしてて申し訳ない。そっか、それで? その子とはどうなのかな? 告白したりしたの?」


「ああ、えっと……それは……」


 先輩は謝りつつも追及の手を緩めてくれるつもりはなさそうだ。


 付き合っていることは秘密にしよう。それが夏休みの間に珠希さんとふたりで決めたこと。別に隠すこともないと思ったが、俺の微妙な立場を思えばそうした方がよいのではと彼女が言ったのだ。


「うん、お姉さんはいつでも君を応援しているぞ。彼女ができたら絶対教えてね」


「ああ、えっと……はい?」


「ふふふ」


 完全に弟扱いされているな。先輩の包み込むような笑顔が恥ずかしくて、尻の下がモゾモゾとする。早く学校に着いてほしい……あと五分の道のりが、果てしなく遠いものに思えた。

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