8月〈3〉はじめてのおとまり・1
一ヶ月の夏休みの期間中のうち、約二週間は閉寮期間とされ寮が閉鎖されてしまう。だからその間、みんなはめいめい実家に帰るわけだけど、私……
まとめた荷物を持って、時々すれ違う寮のスタッフさんに頭を下げながら、寮を出た。昨日の大掃除が終わった後、すぐに実家に帰ってしまった学生がほとんどで、寮の中も、正門に向かう道も人通りはすでにまばらだった。
今日もスッキリと晴れていて、とても暑い。できるだけ日陰を選んで歩くと、セミの合唱が一際大きくなる。一生懸命探してみても姿は見えないけれど、きっと数え切れないほどいるんだろうな。
送迎車用の駐車場に学生が何人かいるのを横目に、私は正門前のバス乗り場を目指す。他にバスを待つ人はいなかった。ほどなくしてやってきたバスに乗り込んで、最寄りの駅を目指す。
駅前で少し買い物をして、そのあとは教えてもらった通り、さらに電車を乗り継いで数十分。
たどり着いたのは
「
突然呼びかけられ、びっくりして肩が跳ねた。そっと振り向くと、そこにはあまりにもそっくりな
「はじめまして、本城珠希です。しばらくお世話になります」
「淑乃の母です。いつも娘と仲良くしてくれてありがとうね」
私の挨拶に笑って答えてくれた淑乃ちゃんのお母さんは、淑乃ちゃんにそっくりの顔立ち。でも、服装は可愛らしい感じで、ふんわりとしたブラウスに膝下丈のスカート。花柄の日傘を差して、片手には大きく膨らんだ保冷バッグを持っている。
いつも通りにTシャツと細身のジーンズ姿の淑乃ちゃんも、買い物袋を片手に下げていた。
「珠希さん、お土産買ってきてくれたの? 嬉しい!!」
「うん。淑乃ちゃんが好きだからと思って」
淑乃ちゃんは私が提げている袋にさっそく反応して、目をキラキラさせていた。中身は駅前のケーキ屋さんのシュークリームだ。天井までクリームがぎっしりと詰まっている、淑乃ちゃんお気に入りの一品。ご家族の方も好きだといいんだけれど。
「お気遣いありがとう。帰ったら、お茶を入れておやつにしましょうね……あっちの駐車場でお父さん待ってるから、行きましょ」
お母さんが指さす方へ、三人並んで歩き出した。
◆
おととい……要するに終業式の前日のこと。休み時間に耳をそばだてれば、周りの子はみんな夏休みの話題で盛り上がっているようで、教室はいつもよりも賑やかだった。
家族旅行にプールにショッピング、はたまたデートなんて言葉が聞こえる。いいなあ……私は頬杖をつき、今日は誰も座っていない隣の席をチラリと見た。
実家には帰ることを許されていない私。母からはホテルにでも泊まるように言われていた。でも、ここ数日はいろいろあって予約を入れるのをすっかり忘れてて……寮に戻ったら急いで探そうと思いながら、再び前を向いた。
「ねえ、珠希さん。寮が閉まる期間は、お母さんがぜひ泊まりにいらっしゃいって言ってたわ」
「えっ!?」
いつのまにか
「うちの母も、今度は本宅に招待したいと言っておって……どうかね?」
「透子ちゃんも!?」
事情があって実家に帰れないという話は、前にしたことがあったけど。話を聞けば、どちらも閉寮期間中まるまるご実家に泊めてくれるという。気持ちはとても嬉しいけど……本当にいいのかな。
答えに迷っていると、なぜか二人はじっと見つめあっていて。どうしたんだろう? 首を傾げた時だった。
「「最初はグー!!」」
突然、火花が散った。間髪入れることなくホイ、ホイと十数回の勝負を繰り広げて止まり、肩で息をしながら睨み合う二人。
「なにこれ、全然勝負がつかないじゃない!」
「ぬう。またあいこかね……!」
「えっ、二人ともどうしたの?」
「珠希さんはうちに泊まってもらうわよ!」
「いんや、我が家だ。よしのちゃん、悪いがさくっと負けてくれたまえ」
「嫌よ!! 絶対負けないんだから」
……えっと……どうしてかな? そんな疑問が浮かんで、いちおう口は開いたけど言葉にできなかった。圧されてしまうほどに二人は真剣だったから。
白熱した戦いにクラスのみんなの視線もいつのまにか釘付け。二十五回あいこが続いたところで、休み時間が終わってしまった。
次の休み時間に両者話し合いをした結果、閉寮期間の前半を淑乃ちゃんの家で、後半を透子ちゃんの家で過ごさせていただけることになった、というわけだ。
◆
淑乃ちゃんの家は住宅街の中にある戸建てだった。玄関の前のスペースや下駄箱の上には雑貨がセンスよく飾られて、まるでカフェにでも来たみたい。手入れが行き届いているとわかる素敵なお家だ。
『狭いからびっくりしないでね』と言われていたけど、それは私がお嬢様育ちだと思っての言葉だったんだなと悟った。たしかに実家はそうかもしれないけど、私はもう追い出された身で帰ることはないし、ただ広いだけで冷たい空気が満ちた家なんて自慢できるものでもないし。もし、将来暮らすなら絶対こっちの方がいいな。
「ああ。珠希ちゃん、上がってね。スリッパはこれを使ってちょうだい」
失礼ながらキョロキョロしてしまっていると、上がりかまちに真新しいピンクのスリッパが揃えて並べられた。甲の部分に大きなリボンがついていて、とても可愛い。どう見てもお客様用のものではなさそうなんだけれど、もしかして、私のためにわざわざ準備してくれたのだろうか?
「ちょっと派手よねえ。お母さんが選んだのよ。珠希さんは可愛いの好きって言ったら買ってきたのがそれだったんだけど」
私の視線の意味を勘違いしたのか、淑乃ちゃんは苦笑いした。そう言う彼女は何の飾りもない紺色のシンプルなもの、お母さんは大振りの花柄でレースのついたものを履いていた。顔はそっくりだけど、好みは正反対みたいだ。
「ううん、すごく可愛くて好きだよ。あの、ありがとうございます」
「どういたしまして。淑乃はそういうのは嫌だって買わせてくれないから、選ぶのが楽しくって。実はパジャマも買っちゃったのよ。あとで持ってくるわね」
「もう、お母さん。はしゃぎすぎなのよ……恥ずかしいわ」
淑乃ちゃんはため息混じりにそう言うけど、お母さんはにこにこと笑っていて。こんな仲良し母娘を見ていると、ぷつりと胸を刺すものがあった。羨んだって、仕方がないのにね。
荷物を客間に置かせていただいて、淑乃ちゃんの部屋を見せてもらったりしているうちに、リビングに呼ばれた。
ドアを開けると紅茶の香り。テーブルにはポットと人数分のカップ、私が持ってきたシュークリームと、他にも焼き菓子……いろんな種類のクッキーやマドレーヌが並び、どれもとっても美味しそうだった。
聞けば、今朝お母さんと淑乃ちゃんが二人で作ったものらしい。淑乃ちゃんはお菓子を作るのが上手で、その腕前はサークルの先輩も驚くほどだけど、お母さん仕込みだったんだと納得した。
お父さんもリビングに現れテーブルにつき、お茶会が始まる。
「そうだ、珠希ちゃんには彼氏とかいるの?」
「えっ!? えっと、あの」
学校の話題なんかで盛り上がっていたところ、お母さんから薮から棒に問われ、どう答えたらいいのかわからずうろたえてしまった。
そんな私を見て淑乃ちゃんが目を細め、口の両端を釣り上げる。環くんにいじわるするときによくしている顔だ。さては、言う気だね?
「……いるわよー。まだ付き合いはじめたばっかりだけどね」
「ちょっと、淑乃ちゃんってば」
やっぱり。思わず眉をしかめたけど、淑乃ちゃんは動じることなくしたり顔のままだ。
「あらあ! 羨ましいわ! ね、話聞かせて。なんせ、淑乃が恋してるのは漫画に出てくる男の子ばっかりだから面白くなくて」
「えっ!? ちょっと! お母さん!! どうして私の話なんか!!」
顔を真っ赤にして叫ぶ淑乃ちゃん。寮にも何冊か漫画を持ち込んでいるのは知っていたから、なんとなくそんな気はしていたけど、やっぱり二次元に王子様がいるタイプだったんだね。そんなに素敵なら私も読ませてもらいたいな、なんて。
「だってー。魔術学校には女の子しかいないからしょうがないかもしれないけど。でも、男の先生はいるわよね? かっこいい先生いないの?」
「いるにいるけど、だからといって好きになんかならないわよ」
「えー、つまんないわね。女子高生は恋する生き物なのに」
「もう、いい歳して変なこと言わないでくれる!?」
かっこいい先生かあ。私はあまり興味がないし淑乃ちゃんからもそういうことは聞かないけど、クラスの子に人気がありそうのは数学の秋元先生とか、紺野先生とか? 佐々木先生が好きって子もいるかな、女の人だけど。
娘のそっけない答えに小さく頬を膨らませたお母さんも、もしかして淑乃ちゃんと同じで少女漫画好きな人なのかな? そういえば、この膨れた表情も母娘でそっくりだ。
「ぼ、ぼくはちょっと散歩にでも行ってこようかな……」
……淑乃ちゃんのお父さんはコーヒーを飲み干し、気まずそうに笑うとそろっとリビングから消えてしまった。
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