僕と団子とナゾの寅!

中田もな

僕と団子とナゾの寅!

 僕の家の近くには、ひっそりとしたお堂がある。そのお堂には、僕しか知らない秘密があるんだ――。


「いらっしゃいませ」

 僕の家族は、小さな屋台で団子を売っている。お客さんが多い日には、僕も団子を包むのを手伝わされる。新しいマンガを読みたい日も、楽しみにしていたアニメを観たい日も、僕は焼き団子のパック詰めをさせられた。

「こんにちはぁ、かなでくん。今日も進んでお手伝いしてて、本当に偉いねぇ」

「ううん、『無理やり』だよ」

 僕は近所のおばあさんと話しながら、こんがりと焼き色のついた団子を包んだ。おばあさんは団子が大好きで、毎日二、三本、必ず団子を買ってくれる。

「今度、新作を出すんだって。お母さんが言ってた」

「そうかい、そうかい。それは楽しみだねぇ」

 おばあさんはにっこり笑うと、僕に二百円を手渡した。本当は百円なんだけど、おばあさんは余分に百円くれる。これは、僕のおこづかい。

「じゃあね、かなでくん。また来るねぇ」

「うん、ばいばい」

 おばあさんが行ってしまうと、僕はしばらく一人になった。お母さんは奥にこもって、団子に串を通している。

かなでー! お客さん、まだいなーい?」

「うん、いないよー」

 さっき焼いた団子は、全部売り切れてしまった。次のお客さんが来る前に、新しい団子を焼かないと。

かなでー! 串の通った団子に、タレをぬってー!」

「うん、分かったー」

 僕は串の通った白い団子に、秘伝のおいしいタレをぬった。僕のおじいちゃんのおじいちゃんが編み出した、「究極のタレ」なんだって。

「タレをぬったら、アミの上に置いて、火を通してちょうだーい!」

「うん、分かったー」

 アミの上に団子を置くと、タレの香ばしいにおいが漂って、途端にお腹が空いてくる。僕は団子をひっくり返しながら、焼き上がった一本をつまみ食いして、うちわをパタパタあおぎながら、もう一本つまみ食いした。

「お母さーん、できたよー」

「ありがとー! じゃあ、これもやっといてー!」

 お母さんは「よくやった」と言いながら、僕の仕事をどんどん増やす。もらえるおこづかいの割には、僕の仕事量が多い気がする。

「お母さーん、交代してよー! 僕、うちわであおぐの、つかれたー!」

「もう、何言ってるのー! お母さん、腰が痛いんだからー!」

 ……お母さんはいつも、「肩が痛い」とか「腰が痛い」とか言って、僕に仕事を押しつけてくる。だから、僕はこんな大人にはならないぞと、心の中で誓った。


「こんにちは!」

 僕が団子をアミに並べて、パタパタとうちわを動かしていると、新しいお客さんがやって来た。小学一年生ぐらいの男の子で、屋台のカウンターに身を乗り出している。

「あのね、あのね! お団子、いっぱいください!」

 黄色い着物の男の子は、「いーっぱい!」と言いながら、両手を大きく広げた。ぴょんぴょんぴょん、と跳ねるたびに、首に巻かれた赤いリボンも、ゆらゆらゆらと揺れている。

「いっぱいって、どれぐらい?」

「えーっとね、いっぱい!」

 男の子は数が分からないのか、とにかく「いっぱい」と繰り返す。くせのついた茶色いかみが、庭を走り回る子犬みたいだ。

「いっぱいじゃ、分かんないよ。本数を言ってくれなきゃ、売れないもん」

「じゃあ、ここにあるお団子、ぜんぶちょうだい!」

 アミにのったお団子を指差して、男の子は言う。一、二、三、四……。全部で二十本だ。

「二十本ね。分かったよ」

 僕は団子をパックに包んで、男の子に渡してあげる。男の子は目をキラキラさせて、うれしそうに受け取った。

「わーい! お団子だー!」

 男の子はにこにこ笑いながら、さっさと屋台を後にした。ゲタをからからと鳴らしながら、お堂の方へと帰っていく。……って、あれ? 

「お金、もらってない……!!」

 僕はあわてて屋台を飛び出すと、男の子の後を追いかけた。「毘沙門天」さまのいる、お堂の中に……。


 ……僕はお堂に入って、思わずびっくりした。駐車場からずっと続く、葉っぱの落ちた石の道。その先には、さっきの男の子と同じかっこうをした子が、何人も何人もいたんだ。

「このお団子、とってもおいしい!」

「ねぇねぇ、ぼくにもちょうだい!」

 焼き団子を取り合うように、わいわいとさわぐ子どもたち。……みんながみんな似ているから、さっきの男の子がどれなのか、僕には全く分からなかった。

「ねぇ!」

 僕が思い切って声を出すと、みんなが一斉にこちらを向いた。大きなおおきな黒い目で、僕をじっと見つめてくる。

「団子のお金、払ってよ! これじゃあ、どろぼうだよ!」

 子どもたちは首をかしげて、僕の言葉を聞いている。僕が何を言っているのか、よく分からないみたいだった。

「お金って、なに?」

「どろぼうって、なに?」

 男の子たちは僕を囲んで、何だなんだと質問してくる。僕は思わず頭を抱えて、どうしたらいいか、必死に考えた。……まさか、団子を買いに来たのに、お金のことも知らないなんて!

「ねぇねぇ、団子のお金って、なに?」

「お金はお金だよ! 早く払って!」

「だから、お金ってなに?」

 僕が何を言っても、みんなは「なに? なに?」を繰り返すだけ。僕はもうあきらめて、お母さんに言ってもらおうか、それとも警察に行こうかと考え始めた。


「こら、おまえたち」

 ――そのとき、お堂のわきに立った石の上から、りんと澄んだ声がした。いつもは「狛寅」さまの像が座っている、あの石の上だ。

「人間を困らせてはいけないと、あれほど言ったではないか」

 そこにいたのは、真っ白なかみと、真っ白な目をした、真っ白な着物のお兄さんだった。右側の石に一人、左側の石にも一人、合わせて二人いる。

「その団子は、供えのものではないな? 勝手に人から貰いおって、悪い奴だ」

 お兄さんは石から降りると、男の子の頭をこつんと叩いた。それから僕のほうを向いて、「すまなかった」と謝った。

「人の子よ、どうか許してほしい。この小寅どもは、人の道理を知らんのだ」

「あ、うん……」

 僕はお兄さんたちを見て、段々と状況を理解した。……この子たちは、どうやら「人」ではないらしい。お金のことを知らないのは、人じゃないからなんだって。

「しかし、どうしたものか……。まさか、団子欲しさに、盗みを働くとは……」

「全く、困った奴だ。良からぬことはするなと、あれほど言っておいたのに……」

 お兄さんたちは首をひねって、どうするどうすると話し始める。それが何だか深刻そうで、僕は申し訳ない気分になった。

「別に、そんなに深刻にならなくても……。お金を払ってくれれば、それでいいんです」

 僕がそっとつけ足すと、お兄さんは顔を見合わせて、「ならば、ああするか」とうなずいた。代金に見合う野菜をあげるから、それで許してほしいって。

「おい、おまえら。地蔵の前に置いてある、あの野菜を持って来い」

 男の子たちは言われた通りに、うんしょ、よいしょ、と野菜を運んで来た。白菜と大根、それにサツマイモだ。

「どうだ、人の子よ。これで許してはくれぬか」

「うん、まぁ、いいよ」

 本当はお金がいいんだけど、お兄さんたちはお金を持っていなそうだから、僕はこれで我慢した。お母さんには、怒られるかもしれないけど。

「じゃあ、僕、帰るね」

 僕はお兄さんたちに手を振ると、急いで屋台に戻った。早くしないと、お客さんが来ているかもしれないから。

「おにいちゃん、ばいばーい!」

「またねー!」

 男の子たちは跳ねながら、僕のことを見送ってくれた。赤いリボンを揺らしながら、僕がお堂を後にするまで。


 次の日、何だか気になった僕は、再びお堂の中に入った。お堂はひっそりと静まり返っていて、やっぱり誰もいなかった。男の子たちもお兄さんたちも、誰もだれもいなかった。

 僕はお堂の目の前まで行って、「狛寅」さまの顔を見た。しゅっとした目と、きれいな口。長い手足の近くには、お堂名物の「身代わり寅」が、ちょこんと置かれていて……。

「……あれ?」

 ……僕はその時、あることに気づいた。ばらばらに置かれた「身代わり寅」の周りに、団子の串が落ちていたのだ。この串、僕の屋台のものと、全く同じだ……。

「……あの子たちって、『身代わり寅』だったのかな?」

 何だか不思議なような、だけど面白いような。僕はおかしな気持ちになって、思わずくすくす笑った。寅が団子を買いに来て、おいしいって言いながら食べたんだ!


 ――これが、僕の秘密。誰にも言わないでね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

僕と団子とナゾの寅! 中田もな @Nakata-Mona

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ