第3話 とある娘の遊び心
腕と腕を拘束するように縫合、しかし直ぐに解かれてしまう。糸の太さを変えても同じ、応急処置では彼女をまるで止められない。
『直してえっ..!!』
「わかってるよ、だから暴れるな。」
力任せに壁を引っ掻き爪を突き立てる
「その爪、マニキュアでも塗ったらどうだい?少しは女らしくなると思うよ。」
『ピギャッ!』 「なんだい」
腹のぬいぐるみ達が牙を剥き、依頼主と分離して襲ってきた。彼女を守っているつもりか口をあんぐり開けて首元を狙う。
「あんたら邪魔だね、少し静かにしてな」
裂けた口元を糸で縫合ししっかりと閉じた。
『ピ...』
「悪いが相手はアンタらじゃない、依頼主は他にいるからね。」
身体に糸を通してなんとなくわかった
彼女の悲痛な叫び、ほつれて解けない硬い糸
「待ってな、今直してやるからさ。」
8歳の誕生日のとき、貰ったぬいぐるみをずっと大切に持っていた。茶色いクマのぬいぐるみ、彼女が何より好きな宝物。
「オーナー!
ご無事ですか...って、何ですかコレェ!?」
「漸く来たかい。
何を隠そう依頼主さ、ニース・クルーエル」
目の前の異形に怯えるも名を聞いて仰天する。
かけ離れたイメージと、悍ましい事実
「齢八つの可愛い子だよ。」
助手の腕からバックをもぎ取り中身を漁る
中から取り出したのは大きなハサミ、両手で握り、ニースの胸の前にて刃をかまえる。
「断ち切るよ、アンタの糸」
重ねた刃が身体を貫くと、中心の因果が断ち切れ解放される。その後に改めて縫合する
「見せたくなけりゃ言いな、目瞑るから」
身の中心を裂き壊れた核が姿を現す
「何これ....ぬいぐるみ?」
切り刻まれ綿を溢れさせたクマのぬいぐるみがくたびれた様子で倒れていた。
「触れるよ、いいね?」
依頼はぬいぐるみの修繕、針で糸を通すには過去の記憶に触れなければならない。
ナンシーはクマの身体表面に掌を添える
「ニース、それいつも持ってるな」
「大好きなんだクマちゃん!
だってお父さんが買ってくれたんだもん、ずっと一緒にいるんだ。」
「良かったわね、お友達が出来て。
..それじゃ私たちは行ってくるわね」
「またな、ニース。」
両親はよく二人で旅行に行っていた
〝わたしを置いて〟
「クマちゃん、お父さんとお母さんちゃんと帰ってくるかな? いつ帰ってくるかな?」
問いかけても返答は無い。
一人で寂しくないようにと父親が買い与えたが、彼に名前は付いていない。以前ニースが名を聞いた事があったが父は冷たく言った。
「クマのぬいぐるみなんだからクマだろ?」
両親は暫く帰って来ないと思う。
仕事というのは言い訳だ、どこか遠くへ遊びに行っている。ぬいぐるみも何処かで買ったお土産であったが、買って来たのは一度きり
「クマちゃんも一人でさびしいよね。
...そうだ、お友達を増やしてあげようか!」
父親がよく受話器を使って誰かに電話していた、仕事の話をしていた連絡先は覚えている
「おウチにあるいらない絵とか使わない道具を売ってお友達を呼んであげるね。」
横から盗み見ていた番号に電話を繋ぎ、商人を家に呼んだ。
「ニースちゃん、久し振りだね!
それで...どれを売ってくれるんだい?」
「こっちの部屋にあるもの全部、使ってないと思うからお金と交換しよ!」
ロビーから右に階段を登った先の部屋に置かれた品の数々、物が溢れすぎで最早倉庫と化している。
「いいのかい?
これだけの品々....かなりの額になるぞっ..‼︎」
紙とペンを取り出し計算をし始めた。
元は客室である筈の部屋が皆欲望の巣窟となったのは、父と母による見栄と欲望が作用している。ニースには理解出来ないが、それを解らないとはっきり伝えられる程深く接する事の出来るタイミングが一度も無かった。
「大人はみんなこれが好きなの?」
「あぁそうだ、大好きだよ」
「おじさんも?」
「勿論だ、こんなに素晴らしいものはない!」
「だったらあげる、全部持っていって。
その代わりぬいぐるみを買える店を教えて」
「ぬいぐるみ?」
「そう、私が好きなもの。
一番素晴らしいと思ってるものだよ」
おじさんは笑顔で教えてくれた。
ぬいぐるみが並ぶ店、まさに楽園だった
「クマちゃん、お友達増えてよかったね!
沢山部屋が出来たから、皆んなで使えるね!」
スペースの空いた部屋に買ったぬいぐるみを一つずつ飾り並べてあげた。
「楽しいね、クマちゃん!」
二人きりの寂しい家は、友達だらけの愉快な城に変わった。この頃にはすっかり忘れていた、一緒に住んでいた元々の住人の事など。
「ニース、これはどういう事だっ!!」
「なによこの人形!
置いてあったものは何処にやったの!?」
「皆んなの為におじさんに売ったんだ!
これで寂しくない、私楽しいよ?」
『「ふざけるなっ!」』
家に帰ってくるやいなや元の住人は家の中の友達を踏みつけ投げつけ傷つけた。
「こんなものっ!!」
「やめてよお父さんお母さん!」
「うるさいわよ!
そんなもの..そんな汚いぬいぐるみの為に!」
「...汚い?
そんな事言わないでよ、私の..友達だよ....?」
「黙れ!
こんなもの、こうしてやるっ!」
ニースの一番の親友は目の前で無惨に引き裂かれ、ゴミ同然に投げ捨てられた。
「アナタがこんなもの買い与えるから調子に乗ったのよ、最悪なガキよっ!!」
「まったくだな!
本当に選択を誤った、こんなクズに金を使うなどバカげていたよ本当にな!!」
「..さない。」
「何か言ったか?」
「許さない..私の、わたしのクマちゃんを....」
彼女はもう、何もかも失っていた。
全てを奪われたのか、自ら捨てたのか
『返してっ!!』
いや、初めから何も持っていなかったのだ。
「..縫合完了。
帰るよ、コルノータ」
深い切れ目を塞がれたクマのぬいぐるみが部屋にポツンと佇み見つめる。
「いいんですか?
ぬいぐるみ、あそこに置いたままで」
「いいんだよ。
アタシが頼まれたのは修繕だ、回収までは知らないさ。わかったらさっさと帰るんだ」
仕事を終えたと愛想なく階段を降りていく。
心残りはあるが、業務以上の振る舞いは出来ずその後もついていくしかなかった。
「じゃあね、クマさん。」
残されたぬいぐるみに手を振り、階段を降りようと足を掛けたそのときだった。
『またね、ありがとう』
「…え?」
「何してんだいコルノータ、置いてくよ」
「あ、待ってくださーい!」
これでいいんだ
なんとなく、そんな気がした。
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