第2話 とある屋敷のぬいぐるみ

 長い廊下を進む。度々目に入る何処かへ繋がる扉は無視し、二階へ上がる階段を探す。


「それにしても持て余すね、こんなに部屋がいるのかい? 殆どが物置古屋だよきっと」

憶測の偏見で連なる扉を眺めながら廊下を鳴らして歩いていく。


「..さっきから何かに見られている気もするが放っておくよ、ここはあたしの〝管轄外〟だ。あの子にでも任せるとするさ」

周囲の視線、一人だけではない気配。どれかが依頼者の可能性はあるが、用があるなら向こうから寄ってくるだろう。


「さぁてと、階段はどこかねぇ?

さっさと上にあがって事を終えたいものだ」

従順な行動は確信があるからだ。

求めるものは二階に存在する、間違いは無い



「客室...。」

奥の部屋からしらみ潰しの捜索をする助手が先ず辿り着いたのは客人を招く部屋だった。


「というよりは応接室か、ここにいないならやっぱり二階かな。何処にいるんだろ?」

部屋を隈なく探そうにもあるのは二つのソファに挟まれたテーブルのみ、人どころかインテリアすらも最小限に留められている。


「本当にココで合ってるよね、住所は正しいはずなんだけど...。」

宛てられた紙にはきちんと場所が記されていた。ロイサスがそれを間違えるとも考え難い、だとすれば依頼主が何処かに隠れている。


「一体どこに...」

何となくソファに目をやると、隅の方に小さなクマのぬいぐるみが座っていた。


「‥かわいい、忘れ物かな。」

背もたれに掛かっていないのに傾く事なくソファに座っている、器用に置かれたものだ。


「お客さんですかー?

人を探しているんですけど、知らないかな」

ぬいぐるみに話しかけてみる。当然返事が返ってくる訳は無く、暫く見つめたあと直ぐに我にかえり捜索を続行させる。


「本当に何も無い部屋だね、お金持ちの屋敷って凄いものが飾られてたりするイメージあるけど。こんなに片付いてるものなの?」

ここまで歩いてきた廊下にも、派手な装飾は見られなかった。見かけたのはそれこそソファに座る小さなクマのぬいぐるみくらいで....


「……あれ、なくなってる?」

先程まで置かれていたぬいぐるみがソファの上から消えている。下に落ちてもいない、部屋には彼女一人しかいない。掴んで動かさない限りは移動したとは考えにくい。


「…扉、空いてる..。」

しっかりと閉めた筈の入り口のドアが僅かに開いて外への隙間をつくっている。


「他にもお客さんがいるみたいね..」

仲良くなれる気は余りしない。


『バタンッ』 「え?」

うっすら開いた扉が音を立て確実に〝外側〟からの衝撃を受けて閉まった。


「本当に誰かいるの....?」

部屋の中に居るのが恐ろしくなり、扉を開けて外へ出た。廊下へ飛び出したのはいいものの、どの部屋に入っていいのかが分からない


「…あれ、開かない」

隣の部屋のノブを捻っても扉がひらかない。

次の部屋、また次の部屋も同じ調子で、最後の部屋の手前まで結局一枚の扉も開く事は出来なかった。


「もう、なんなのこの家...ん?」


『バンッバンッ』

残る橋の部屋の扉の前で、小さく何かが弾む音が響く。コルノータの足元付近、扉の下側の縁辺りで小さく扉が鳴っている。


「これ一体何の音....」

目線を足元の床にまで下げると、扉の下側を一心不乱にぬいぐるみの腕が叩いていた。


『バンッバンッバンッ』 「え、クマ!?」

部屋で見たものに似たデザインの小さなテディベアがただ腕を振って扉に打ち付けている


『バンッバンッバンッバンッ』


「入り口をノックしてる?

..中に誰かがいるのかな、依頼主さんかも。」


『バンッバンッバンッバンッ...グルンッ!』

捻った首がこちらをじっと見つめる。


「ひっ..!」 『……』

物言わぬワタの化身、戸を叩く腕は既に止んでいる。顔に表情は無いが、酷く怒っているような雰囲気を感じる。


『タ...』 「え、ちょっ..!」

腕が止まり脚が動く、一歩こちらへ踏み込むと、それはもう止まらない。


『タタタタタタタッ‼︎』 「ひぃっ!」

床を鳴らして駆け寄ってくる、近くまで来ると跳び上がり身体を広げた。


「こっち来ないで!」

宙に飛び込むぬいぐるみを振り払うように、手に握るオーナーの荷物をぶつける。


『ピギャッ』 「……あ。」

大きながま口バックは程度の良い打撃武器と化しぬいぐるみを吹き飛ばし、廊下の壁へと激突させた。


『ピ..ピピ...』


「ごめんね、飛んできたからつい...」


『ピ..ピピ...ピピピィッ!!』

奇声を上げ苦しみ出すぬいぐるみの顔は綿を吹き出し醜く歪んでいた。奇声は屋敷中に響き渡り、痛みを盛大に伝達する


「何の声だい、やかましいねぇ。

..あれが依頼主だとしたら厄介なもんだね」


『ギィィ..』 「ん?」

ため息を吐いていると近くで扉の開く音がした。鍵を開け、何かがこちらを誘っている。


『ガチャ』『ガチャ』『ガチャ』『ガチャ』


「……え、なに..?」

部屋の扉が一斉に開き、中からぬいぐるみたちが廊下を覗く。


「うわっ!」

視線の先には原型を崩した綿の固まり。


『ピギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャッ!!』


連中は牙を剥き、壁にもたれかかった味方に一斉に駆け寄るとその身を喰らい始めた。


「ひいっ‼︎」

 口元には赤い液体が付着している。壁には小さな血溜まりがあり、クマのぬいぐるみの姿は無かった。周囲のぬいぐるみ達は事を終えると、その場で元の綿の塊に戻る。


「...なんだったの、これぇ..。」


『……』 「あれ。」

床に転がっているぬいぐるみが動いている、というよりは何かに強く引っ張られている。


「‥向こう側?」

ナンシーのいる方へぬいぐるみが引っ張られている、何かが強く異質な力を放っている。


「..おや人形達が。

成程ね、この上にいるのかい?」

吸い込まれるようにぬいぐるみが階段の上で開く扉の中へと飛ばされる。入り口は既に開いている、ならば赴くのみと手すりを掴みゆっくり階段を登っていく。



 「……へぇ、アンタが依頼主かい。」


『わたしのクマちゃん...直してぇっ..!!』

長い黒髪が床まで垂れ下がり、長い腕から延びる爪が壁中を傷だらけに引っ掻いている。


「酷いねこりゃあ..。

軽い気持ちで来たんだけどね、随分な大仕事になるかもしれないよ」

下半身が部屋と一体化している、最早二階という空間が彼女そのものなのだろう。腹部には屋敷中から呼び出したぬいぐるみがびっしりと縫い付けられている。


「てっとり早く〝アレ〟で片付けるか。

...おっとしくったね、バックをあの子に預けたままだ。」

肝心の仕事道具が手元に無い、これでは万全な作業が出来ない。


『ぬいぐるみを...返してぇっ..!!』


「暫く応急処置といこうかね。」

懐から針を取り出し手持ちの糸を通して一先ずの縫合を施す。

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