scissor swing〜シザー・スウィング〜

アリエッティ

第1話 とある裁縫屋

 小さい頃から、ぬいぐるみが好きだった。

ワタを布でくるんだけなのに物凄く可愛くて、遊んでいてもずっと楽しかった。


 「見てみてーこのくまのぬいぐるみ!」


 「あら可愛いわね、ニースの友達?」


「そう! 私のおともだち!」


ニース・クルーエル 8才

クルーエル家の一人娘

大人しく控えめな性格でかなりのインドア派


「依頼はぁ...ぬいぐるみの修繕だね。」


「クルーエル家ってあの大きな屋敷の住人ですよね、中の人見た事ないな。」

情報の書かれた紙を握る老婆の前で首を傾げる若い女、部屋の一室は基本的に老婆の家でありオフィス。彼女はそこで働く助手的存在


「なら良かった、今日で初めてお目見えだね。

いくよ、道具は忘れずにね」

大きながま口バックの中には仕事の道具、主に針と糸の類が多く収納されている。


「それにしても珍しいですよね、デリバリーの裁縫屋なんて。他に聞いたこと無いです」


「だからこそやってるんじゃないか、他の人間がやってる事をあらためてやったってそんなのつまらないだろ?」

色々模索した上での決断なのだろうか。

〝マイナーニッチを己の力に〟

それが彼女、ナンシー・ベルガモットの人生における方針である。


「他に疑問は?

..無いならいくよ、迎えはもう来てる。」

高級志向なのだろうと初めは思っていたが、単に人混みが苦手なのだろう。周囲の物を高価にすれば無駄な人が寄ってこない、彼女は自己防衛の為にセレブを気取っている。


「…ロイサスさんって何者なんですかね?」


「決まってるさ、運転手だよ。」

役割は明確で正確な定まり、運転手は車を運転する。裁縫屋の助手は裁縫道具を持って社長に着いてくる、ただそれだけだ。


「余計な詮索はしないようにしてるのさ、距離を保てば役割が生まれる。人間なんてそんなものなのさ、人じゃないなら別だがね」

肩書きを気にしなければカテゴリーは同じ、優劣を付けたところでたかが同じ人間だ。


「前に言われた事を思い出しました」


「あんたとは他より少し距離が近いみたいね」

頭を撫でて、優しく笑う。

彼女に向けられる唯一の人間味でもある


「でも忘れちゃならない事もある。いくらあたしが人嫌いといってもね、ロイサスもあんたもあたしの意思で雇ってんだ。」

役割を与えてるのが社長なら、責任を持つのもまた社長。そしてその任された役割を全うするのが社員の責任である。


「そのがま口を守る。

それがあんたの仕事だよ、コルノータ」


「…はい!」

携えられて道具鞄をしっかりと握り直す。


「あと書類の整理と、部屋の掃除と、報酬の管理と報告書の制作と...」


「もう! あなたも働いてくださいっ‼︎」

広いリムジンの車内に大きく声が鳴り響く。

いつもそうしている頃には現場に着いている


「忘れ物するなよ?

終わる頃にまた迎えに来るからよ。」


「有難う、帰りにスタンドでも寄っていきな」

車を降り窓の外からチップを渡す。受け取り軽くお辞儀をすると窓を閉めて去っていった。


「..何処から来てるんだろ、あの人」


「言ったろ、詮索は無しだ。あたしたちが興味を持って弄れるのは依頼者の事だけ、あとは他人と考えな。わかったら中に入るよ」

格子状の扉を開くと、広大な庭園が広がっていた。その奥には依頼主の住む大きな屋敷。


「やっぱり大きいですねぇ..。」


「久し振りに見たが、これは持て余すね。

しかし洋館というのはなんたってこんなに薄気味悪く感じるんだろうか?」

天候が不調な訳では無い、ホラー映画なりの影響で生じたイメージなのか。表面に何処となく影が張っているように見えてならない。


「さっさと済まして帰ろうか、小さな家に」


「ですね…。」

大きな扉を軽く掌で押すと、直ぐに開いた。


「施錠すらしてないとは..歓迎されてるね、ノックをしないこちらもこちらだが」

依頼をしたのは向こうだと堂々と踏み込む。

人嫌いからしてみれば気遣いはかなり難易度が高い行為だ、大胆以外の遣り方は知らない


「こんなにスペースがいるのかい、唯の入り口だろう?」


「ただのじゃありません、洋館ですよ」

普通の客人は来ない派手な空間であれば、玄関が広いのも頷ける。ホールを抜けた先の広間は、更に大きく派手な光景が広がっていた


「うわぁ、映画みたいですねぇ..‼︎」


「絵に描いた洋館だね、こりゃあ。」

広間の両脇に階段が付いている、その先には幾つも使いきれない余分な部屋があるのだろう。それならばこちらから訪ねずとも初めから客室に通して貰いたいものだ。


「依頼主はどこだい?」


「..さぁ、入り口までくればお迎えしてくれると思っていたんですけど。」

本来ならばそうだ

家の大きさに圧倒され中まで入ってきてしまったが、普通ならば直ぐに住人が顔を見せる


「探せってことかねぇ..贅沢な娘だ」


「仕方ありませんね、私は一階を周ります。

ベルガモットさんは二階をお願いします」


「わからないよ。

二階っていったい何処にあるんだい?」

階段の向こうに続いているのはあくまでも一階の廊下と部屋の数々、今いるこの場所はただの広間に過ぎない。


「部屋の奥....ですかね?」

単純な〝行けばわかるさ〟の精神で先へ進めという訳だ、実に洋館らしい。


「取り敢えず上にあがろうかね」

何処にあるともわからない二階の散策を頼まれたナンシーだが面倒な半面同時に安堵している側面もあった。二階があったとしてどれ程の規模かは分からないが、少なからず階段を登った先の無数の部屋を無視して通過できるのはかなり有難い事だ。


「おちおち落ち合おうじゃないか」


「おちおちおち..はい、そうしましょ!」


「なんだい?」「いや別に..。」

本当に意味の無い部分を気にしてしまった、コルノータはよく細かい部分を気にしてしまう癖がある。詮索嫌いのナンシーとは異なる独自の性質がたまに無駄を生んでしまう。


「それじゃあ、捜索開始だ!」

広い洋館で二人の余所者が彷徨い歩く。


彼女らはデリバリーの裁縫屋

ベルガモット・スウィングからの刺客


オーナー ナンシー・ベルガモット

アシスタント コルノータ・ジャスキン


少数精鋭の便利業者である。

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