本編 霧の塔

プロローグ

 5年前、何の変哲の無いこの街の少し離れた場所に大きな塔が見つかった。

 その塔は一夜にして現れ、誰が作ったのかも分からない。遠くからだと、霧で全容が把握できずその姿も確認することが出来なかったため、実際はいつ出来たのかも不明だ。


 その塔は『霧の塔』と呼ばれている。


 ――ここは『サクラタウン』


 私『サクラ』が育った街である。

 他に見られないピンクの花が咲く木が一年中枯れずに咲き続ける街だ。

 私の名前はこの街の名前から付けられたもの。


 そして、私は今日14歳になる。


「おはようお母さんー!!!」

「あら、おはようサクラ。今日はいつにもまして元気ね」

 いつものように朝の支度をして部屋を出ると、リビングにはもう母さんがいた。

「だってだって!私は今日遂に14歳だよ!!

 やっと私は冒険者になれるんだから!!!」


 冒険者、それは人々を襲う魔物を倒し、人々の生活を支える職業の一つ。

 私がずっとなりたいと思っていた夢をようやく叶えることができるのだ。

 

 興奮しないはずがない。

 そんな私の様子を見てか、母さんはとても嬉しそうに笑っている。


「ふふっ、そんなに冒険者になりたかったの?」

「うん!だってお母さんも冒険者だったんでしょ?お父さんも言ってたし!!」


 私のお父さんとお母さんは元冒険者で昔は色々な大陸を冒険し、

 一つの国を救った英雄だなんて噂もある。

 聞いてもお母さんたちは何も言ってくれないけど。


 私はお母さんや先輩のような『冒険者』に憧れている。

 先輩というのは私より数年早く冒険者になった幼馴染のお姉さんだ。

 冒険者として先輩だから今は先輩と呼ぶことが多い。

 昔みたいに『カレンお姉ちゃん』なんて呼ぶ機会は今はあんまりないかな。


 この街は14歳になると、適性検査を受けて、そこの審査に合格すれば冒険者となる試験を受けることが出来る。

 他の大きな街、例えば冒険者ギルド本部の『ゼロタウン』だとある程度の実績があればすぐに冒険者になることが出来るんだけど、

 この街では試験をクリアしないと『冒険者』になることが出来ない。

 だけど試験を受ける過程で冒険者としての能力をスキルアップさせ、大成した冒険者が沢山居る。


「それじゃあ私、ギルドに行ってくるね!!」

「いってらっしゃい、気を付けてねー……ってもう出て行っちゃった」

 私はお母さんの返事を待たず外に出て、一直線にギルドへ向かった。


「サクラでーす!適性検査受けに来ました!!!」

 私はギルドへ入ると大声で叫んだ。

 ……ちょっと大声過ぎたかも、周りの冒険者の人達がギョッとした顔でこちらを見ている。

「はいはい、大声は止めてください。

 準備は出来ているので少し座ってて待っててくださいね」


「す、すいません……」

 私は周りに笑われながらロビーの近くのソファーに座った。

 ……うぅ恥ずかしい……。

 でも受付のお姉さんの言う通り少し待つみたいだし、大人しくしてようかな。


 しばらくすると奥の方から眼鏡をかけた緑の髪の女性がやってきた。

「お待たせしました。私があなたの適性検査の担当官のミライです。よろしく

 お願いします」

「は、はい…!よろしくお願いします」

「ふふふ、元気な方ですね。それじゃあロビーの奥に進んでください」

 私は緊張でガクガクしながら言われた通りロビーの奥に進む。


「あ、あの適性検査ってどんなことをするんですか?」

 適正検査は冒険者としての資質を備えているかを見るために、様々なテストをするらしい。

 そのため、事前に説明があるのだが、その前に色々不安になってきちゃった……。

「大丈夫ですよ、適性検査といっても難しいことはありませんから」

「そ、そうなんですか?」

「まずこの器具で体のサイズを測りますね」

「えっ……体のサイズ……ですか?」

「はい、体格は生まれ持った才能ですからね。その後に筋力などの検査や魔力の適性検査なども行います。サクラさんは女の子だから体重とか体のサイズを測られるのは抵抗があると思いますので、私が担当官になりました」

「分かりました!」

 女性としてはちょっと体重を知られるのは嫌だもんね。


 測定自体は簡単なものらしく、特に問題もなく終わった。


「これで終わりです。30分程したらサクラさんの名前を呼びますからそれまでロビーのソファーで座っててください」


 良かった……ようやく終わった。

 私は言われた通りにロビーに戻り、名前を呼ばれるのを待った。


 そして――

「サクラさーん」「は、はいっ!!!!?」

 名前を呼ばれた瞬間、自分の体がビクッと跳ねてそのまま立ち上がる。


「これが適性検査の結果です。そしておめでとうございます。

 これでサクラさんは『冒険者見習い』として霧の塔へ挑戦することが出来るようになりました」


「ほ、本当ですかっ!!やったー!!!」

 私は思わずその場で飛び上がって喜んだ。あ、でもこれまだ見習いなんだよね。

 それでも最悪見習いにすら満たないと言われることもあるみたい。


「はい、なのでこれから早速塔へ向かいましょう」

「わー!っていきなりですか!?」


 霧の塔は5年前に見つかってから様々な冒険者がその内部を調査されている。

 上の方の階層は深い霧のせいで見ることは出来ないものの、それでも100階以上の階層が存在することが判明している。

 しかしそれ以上の階層はベテランの冒険者でも難しいと言われるほどで、最大何階まであるのかは今だに不明だ。


 私のような『冒険者見習い』は霧の塔の下層、つまり1~5階までを攻略することで晴れて『冒険者』になれる。


「初めてのダンジョン攻略ということで緊張していると思いますが、5階までは難しくありませんよ。

 数日あればサクラさんなら十分にクリアできると思います」

 そ、そうなのかな……?私、それなりに剣術と魔法の訓練はしたけどあんまり自信がないよ。


「あ、それとこれがサクラさんの適性検査の結果です。

 サクラさんの能力が大まかに数値化されて記載してるので読んでみて下さい」

「わー、ありがとうございます、どれどれ……」


 私は渡された一枚の紙を見た。そこには私のステータスや習得している魔法などが記載されていた。


【名前:サクラ 職業:冒険者見習い】

 レベル 1 HP 25/25 MP 12/12 攻撃力10(+3) 魔力 10 素早さ 10 防御力5(+5)

 装備:ショートソード(+3) 皮の服(+5)

 所持技能:剣の心得Lv3

 所持魔法:マジックアロー、ファイア、ファーストエイド

 補足:

 全体的な初期ステータスは高めのバランスタイプ。

 早熟タイプで最初はグングン強くなりますが、その後は伸び悩むことが予想されます。剣も魔法も才能がありますが、このままでは器用貧乏になりそう。


「き、器用貧乏……!?」

 うぅ、そんなこと初めて言われた……。


「それじゃあサクラさん、戦闘の準備は出来ていますか?」

「はい、大丈夫です!!」

 回復ポーションと魔法の霊薬は1個ずつ持ったし、お腹が減った時のパンもある。

 ちなみにポーションはHP回復、霊薬はMP回復アイテムだ。


「それなら今から行きましょう。

 霧の塔の入り口の所でギルド職員が待っていますので、

 そこでまず手続きしましょうね」

「はい!」


 私は担当のミライさんと一緒にサクラタウンの西に建てられている霧の塔へと向かった。およそ街から5キロ程度離れた場所、周囲には大きな湖と、何よりも深い霧に包まれていた。


「ここが霧の塔……!」

「はい、この湖の先が霧の塔のある場所です」

 私は改めて霧の塔を見上げた。

 ……上の方は霧が深くて全然見えない。これ一体どれくらいの高さなんだろう。

 そして下の方は湖に囲まれており、その中心にポツンと塔が立っている。


「……」

 あれ?これってどうやって入るの?


「あの、この先に行くには……どうすればいいんですか?」

 霧の塔は湖の中心にそびえ立っていた。

 しかし、そこに入る道は何処にも見当たらない。


「それはですねぇ、これをどうぞ」

 私はミライさんに一枚のカードを渡された。

 そこには私の名前と先ほどのステータスが細かく書かれていた。

「あの、これって?」

「サクラタウンの冒険者にだけ手渡される特別製ギルドカードですよ」

「へぇー」

 そう言って私はギルドカードを首に掛けた。

 落とさないように服の下に通して、肌身離さず持っていようっと。


「では行きましょうか」

「えっ、どうやって?」

 しかしミライさんは私の質問に答えずに真っすぐ進んでいく。

 すると、ミライさんは湖の上を歩いてそのまま塔へ行ってしまった。


「え、え?」

「サクラさーん?早く来てくださいー!」

「えぇ!?どうやって水の上を歩いたんですか!?」

「大丈夫です!そのまま歩いて来れば」

 私は恐る恐る湖の上を足を踏み出し――そのまま足を置いた。


「あれ、歩ける……」

「はい、普通に歩くことは可能ですよ」

 私はゆっくりと前へ進みながら塔へ向かって行った。


 ◆


「着きましたよ、ここが霧の塔入り口です」

 霧の塔の入り口には一人の男性が私達を待っていた。


「ミライさん、その子が今回の?」

「はい、将来有望な冒険者見習いのサクラさんです」「……」

 その言葉を聞いた私は思わず赤面してしまった。


「はっはっは、可愛い反応だなぁ。

 僕はこの霧の塔の案内人を任されている『ミスト』という者だよ」


「よ、よろしくお願いします……」

 私は恥ずかしくて俯いたまま挨拶をした。


 ミストと名乗った男性は身長180センチくらいで、細身の体型をしていた。

 髪の色は白髪の短髪をしていて、優しそうな顔をしていた。年齢は多分30歳前後だと思う。

「ふむ、噂通り可愛らしい子だね。それじゃあ塔に入る前に済ませようか」


 そう言って、ミストさんは唐突に服を脱ぎ始めた。


「いやああああああああああっ!」

「ぐはあああああっ!?」

 私はそれを見て、叫び声を上げながら顔面を殴りつけてしまった。


「ちょ……ミストさん、大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫……ふふ、中々良いパンチを持っているじゃないか……」

「ご、ごめんなさい!!つい反射的に殴っちゃいました!!」

「ああ、いいんだよ……こんなおじさんをいきなり見たらそりゃ驚くよね……うん、気にしないでくれ……」

 そう言って、ミストさんは立ち上がった。


「この変態不審者……じゃない。ミストさんはですね。

 霧の塔限定で使える特殊な魔法を使えるのですが、どうも服を脱がないと上手く魔法を発動できないのです。怖いですよね」

「そ、そうだったんですか……」


 ミライさん変態不審者って言ったような気がするけど……。

 え、この人変態なの?


「まずは準備としてサクラさんに魔法を掛けさせてもらうよ。

 この魔法は霧の塔のみ永続的に掛かる魔法だから、次からは掛け直す必要はないよ。それでは早速行こうか!!」


 そう言って、変態ミストさんは詠唱を始めた……。

 ……詠唱しながら上半身脱ぎ始めた。やっぱ変態だこの人。


「………!!」

 私は色々な意味で緊張しながら様子を見守る。

 それから1分程、ようやくミストさんの魔法が発動した。


「<リターン>」

 私の周囲に大きな魔法陣が展開され、次の瞬間には消失した。

 私自身、特に変化は見当たらないけど……。


「……はい、これで準備は整ったよ」

「え?これだけ、ですか?」

 魔法陣が発動したけど、私には何の変化も無い。


「大丈夫ですよ。サクラさんはこれでこの塔を安全に攻略出来ます」

「安全って?」

 この塔は魔物が居るって話だけど……。

 そんなことを思ってたらミライさんが説明してくれた。

「今のはサクラさんが仮に塔で致命傷を負った時、瞬時に街に戻される魔法です」

「え、そんな便利な魔法が!?」

 つまり死ぬことないって事じゃん!!


「はい、ただし効果範囲は霧の塔の中だけ。外では効果は発揮されません。

 仮に塔の外にいるような魔物と戦闘してやられてしまったら普通に死にます」

「な、なるほど……」

 外で戦闘はしないようにしとこう……。


「リターンの魔法発動すると怪我も無かったことになりますが、

 サクラさんがこの塔で得たアイテムや上昇した能力も戻されてしまいます」

「えっ、全部戻るんですか?」

「はい、それだけでなく持ち込んだアイテムは全部紛失し、お金も半分に減らされてしまいます」

「うわっ、それは嫌かも……」


 全てリセットされるのは痛い。

 というか強さまで戻っちゃうって事?まるで時間が巻き戻ったみたい……。


「でもちゃんと生きたまま塔を脱出できれば持ち越せるので頑張ってくださいね」

「わかりました」


 私は改めて気を引き締める。

 要は倒されなきゃいいんだ。目指すは一発クリア!!


「それじゃあ、私たちは街でミライさんの帰還を待っています。

 見事、霧の塔五階まで攻略して、そこからポータルで戻ってきてくださいね」

「ちなみにポータルは5階だよ。そこまでぶっ通しだけど頑張って」

「はい、頑張ります!」


 それから、私はいくつか塔のルール説明を聞いて、

 気合いを入れてから霧の塔の中に足を踏み入れた。


「行ってらっしゃい、貴女に女神の加護がありますように」

「まずは見習い試験、彼女はどこまで行けるか、だね」



――現在の状態――

【名前:サクラ 職業:冒険者見習い】満腹度100/100

 レベル 1 HP 25/25 MP 12/12 攻撃力10(+3) 魔力 10 素早さ 10 防御力5(+5)

 装備:ショートソード(+3) 皮の服(+5)

 所持技能:剣の心得Lv3

 所持魔法:マジックアロー、ファイア、ファーストエイド

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